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第九十二話「さすがに法律もここまでは効力及ばないでしょ」

「おまたせしました! 角貝の壺焼きと皿貝のお刺身、ウォーキングフィッシュと貝のスープ、それとパンです」


 両腕に銀のお盆を乗せたウェイトレスが三人掛かりで運んできたのは、出来立ての貝料理の数々だ。

 シアが選んだそれらの料理は、すべてアルトレットの近辺で穫れた食材を用いた古くから地元の人々に愛されるローカルフードである。


「わぁ、おいしそう!」


 次々とテーブルに並べられるそれらを見て、ララは歓声を上げる。


「これが角貝の壺焼きって言ってたっけ?」


 彼女は自分の目の前に置かれた大皿の上に並ぶ貝を見て言う。

 角貝は円錐状にねじれながら伸びる巻き貝で、表面に無数の突起がついている。

 その貝殻を壷に見立ててじっくりと焼き上げたそれは、ふつふつと蓋が開閉して濃い貝の香りを放っている。


「そうそう。貝殻は熱いから気をつけてね。この串を使って食べるの」


 シアは皿と共に運ばれてきた串を指さして言う。

 ララたちは初めて見る料理の食べ方に戸惑いつつも頷いた。


「この皿貝という貝は、とっても大きいですねぇ」


 そう驚きの声を上げるのはロミである。

 彼女は美しく皿に並ぶ白く大きな貝柱を見ていた。


「皿貝は、名前の通りお皿みたいに大きな貝なの。実際貝殻をお皿にして焼く料理もあるわ。貝柱がとっても大きくて味も濃いから子供にも人気ね」

「へえ、初めて見る貝ですね」

「これは肝も珍味で癖になるのよねぇ」


 あれがまたお酒に合うのよ、とシアはごくりと唾を飲み込む。

 残念ながら今回それは食卓にないようだったが、近い内に絶対食べさせて上げるわ、と彼女は息巻く。


「スープもおいしそうだ。透き通ってて、優しい香りがする」

「貝とウォーキングフィッシュの乾物で出汁を取ってるからね。じっくりことこと煮込んでるから、色は薄いけど味は濃いわよ」


 パンと共に全員の前に置かれた木皿には、透き通った琥珀色のスープが入っている。

 丁寧に貝と魚で出汁を取ったその透明なスープは、二つのうまみがぎゅっと凝縮されている。


「まあ長々と解説してるのもあれだし、食べましょうか」

「そうね! いただきますっ」


 そう言うわけでララはマイ箸、三人は各フォークやスプーンを手にとった。


「んんー! お刺身おいしいわね。するっと通るのにしっかりとした味がするわ」

「この醤油というものがいい仕事してますね」

「ああ、その醤油はアルトレットじゃなくてもっと遠方の島国から伝えられたって聞いてるわ。これのおかげで随分と料理の幅が広がったんだって」


 今回テーブルに並んだすべての料理に関わる醤油という調味料は、ずっと昔にアルトレットへと漂流してきた異国の人々によって伝えられたものだとシアは言う。

 それまでは塩と共に焼くか、香草などと共にスープにするか、というバリエーションに乏しい料理しかなかったアルトレットに、その魅惑の調味料は数々の絶品をもたらした。


「壺焼きみたいにちょいっと垂らすだけでも香りがふわっと漂って、とってもおいしいのよ」


 串を手に取り器用に貝柱を取り出しながらシアが言う。

 それを見て、ララも見よう見まねでそれに倣う。


「むむ、中々難しいわね。あっ、切れちゃった……」

「ふふふ、まだまだ修行が足りないようね」

「そんなに技術を要する食べ物だったとは……!」


 途中で肝が千切れて殻の中に残ってしまい、ララはしょんぼりと肩を落とす。

 そんな彼女を見下ろしながら、シアは見せつけるように優雅に綺麗に取り出されたそれを食べる。


「お、できた。中々おもしろいな」

「うええ!? イールもできてる?」

「おー、上手いじゃない」


 ララの隣で角貝に挑戦したイールはあっさりと成功し、手先の器用さの格の違いを見せつける。

 イールは取り出した細長い貝柱と肝を、大きく口を開けて食べる。


「ん、ちょっと苦みがあるけど、それが逆においしく感じる。……これは酒に合いそうだ」

「というか、貝って大体お酒に合う気がしますね」


 皿貝の刺身に舌鼓を打っていたロミが言う。

 確かに、総じて味の濃い貝類は酒の肴にもぴったりだろう。


「貝なのにサカナとはこれ如何に。ぷぷっ」


 こっそりと小さく呟かれたララの言葉はしれっと流され、シアだけが困ったようにぎこちない笑みを浮かべていた。


「そういえば、イールもロミもお酒飲んでるところは見たことないわね」


 お酒の話題は出たが、そういえばと思い出してララが言う。

 それなりの日々を二人と共にしてきたが、彼女たちが杯を傾けて楽しんでいる様子を見たことはない。

 そんな彼女の言葉に、イールとロミは考え込む。


「そうですね。あんまり日常的には飲みませんね。儀礼で身を清める為に口に含むことはありますが」

「あたしも酒豪というほどじゃないからな。むしろ弱いくらいさ」

「ええっ、イールってお酒弱いの!?」

「なんだ、なんでそんなに意外そうな顔してるんだ」


 思わず驚きの声を上げるララに、イールはむすっとして言う。

 てっきり毎晩樽の山を築く蟒蛇かと思いこんでいたとは口が裂けてもいえない。


「そういうララはどうなんだ? 酒は飲むのか?」

「え、私? んあー、どうなんだろ……」


 イールの質問に、ララは困って首を傾げる。

 飲もうと思えばおそらく普通に飲めるだろう。

 むしろナノマシンが瞬時に分解してしまうために酔うことすらなく体の容量いっぱいまで飲み続けられるはずだ。

 確信がもてないのは、単純に彼女がお酒というものを飲んだことがないからだった。


「私の元々いたところだと、私はまだ未成年だからお酒の類が禁じられてたのよね」

「ああ、そういう国もあるらしいな。酒は体に悪いとかで」

「そうそう。量を弁えればいいらしいけどね」


 ララの星だけでなくこの世界にもそういった法律のある国はあるらしく、案外彼女たちはすんなりと納得する。


「ちなみにこの国にはそういう決まりはあるの?」

「いや、ないな。本国の方だとあるのかもしれないが、辺境にはとりあえずない。あっても多分飲む奴は飲むだろ」

「まあ、それもそうかもね」


 四捨五入したら二十歳だからセーフ! と誰にあててか言い訳しながらぐびぐびとロング缶を開けていた友人を思いだし、ララは遠い目になる。

 理論上は永遠に生きることが可能なため、今でも生きている可能性はあるが、どうだろうか?


「シアはやっぱり沢山飲むの?」

「そうねぇ、まあ人並みってところかしら。夜にのんびりと小さいコップで楽しんでるわ」


 シアは貝の乾物をアテにして楽しむのが好きなのだと言う。

 というよりは、アルトレットの町ではそういった飲み方が一般的なのだと彼女は補足する。


「そうだ。夜は塩の鱗で酒盛りしましょうか。色々お店回って買い集めて飲みましょ」

「おお、いいな。そういう楽しみ方はあんまりしたことがない」

「わたしも神殿に挨拶に行ったら、神官の方に色々聞いてみますね」

「お酒かー。わ、私もいいよね。さすがに法律もここまでは効力及ばないでしょ」


 小声でぶつぶつと言い訳をつぶやきながら、ララも頷く。


「お昼食べてる最中だけど、夜も決まっちゃったわね」

「この店がボリュームを売りにしてなくて良かったわ」


 気が付けばあらかた無くなったテーブルを見て、ララは満足げな息をついた。

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