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第九十一話「いらっしゃいませ! 四名様ですか?」

 ララたちがロッドから降ろした荷物を部屋に運び入れ、持ち歩く物だけに身軽に固めてロビーに戻ると、シアは一人で暇そうに長椅子に腰掛けていた。

 ミルの姿が見えないことから、彼女は仕事に戻って話し相手がなくなってしまったのだろう。

 彼女は小さく欠伸を漏らすと青い髪の先をつまんでいじっていた。

 あらゆる所で謎が多く掴み所のないシアだが、一人静かに座っていると深窓の令嬢のような冷厳な雰囲気を醸していた。


「おまたせ、準備できたわよ」


 ララは廊下からひょっこりと頭を出してシアに声をかける。

 彼女はぱっと振り向くと、とたんに唇を逆さ弓に曲げて立ち上がった。


「来たわね。イールちゃんとかロミちゃんとかは?」

「すぐ後ろにいるわよ」


 ララがそういうと、すぐにその後ろから身軽な服装となった二人が続く。

 身軽とは言ってもイールは相変わらず鎧と剣で武装はしているし、ロミの神官服も同じくである。


「じゃあ全員揃ったわね。そうしたら出発しましょうか」


 三人が揃っているのを見て頷くと、シアは早速宿を出る。

 ララたちも素直にそれに続き、アルトレットの町へと繰り出すことになった。

 遠くに潮騒の響く町はこれまでララが訪れたハギルやヤルダなどの大都市と比べると静かだが、村と比べるには大きい。

 地方の穏やかで過ごしやすい都市、そういう印象をララは持っていた。


「ねえシア、どこで何を食べるの?」


 ふらふらと先頭を歩くシアに、ララが尋ねる。

 彼女はふっとララの方へ振り向くと口元を緩め、おもむろに立ち止まる。


「アルトレットに来たら、やっぱり貝料理は外せないわ。となればまず最初に訪れるべき店はここ、『白鯨』よ!」


 自信たっぷりに腰に手を起き、彼女は目の前の建物を見る。

 周囲の景観にとけ込む木造一階立ての店だ。

 鯨を象った看板が軒先に掲げられ、大きく『白鯨』と共通語で書かれている。


「『白鯨』……? ああ、鯨っていうとでかい魚か」


 白鯨という単語になじみのないイールは少し考えた後、ぽんと手をたたく。

 彼女も風の噂で、海には島さえ飲み込んでしまうような巨大で恐ろしい魚の怪物が泳いでいると聞いたことがある。

 この白鯨というものもきっとそれの類に違いないと、イールは頷く。


「大きなお魚ですか。なんだか木の生えた島みたいにも見えますけど」


 看板の形を見て、ロミが言葉を漏らす。

 普通の魚とか異なる、大きなこぶに尻尾がついて潮を吹く鯨のシルエットは、彼女には多少なり違和感を覚えるのだろう。


「白鯨ね……。この星にも鯨はいるのねぇ」


 これも収斂進化っていうやつかしら、とララは感慨深く感想を心中で述べる。

 ナノマシンによる翻訳はかなり高い精度を誇り信頼できるため、やはりこの星にもララの知る鯨のような生物が泳いでいるのだろう。


「鯨のことを知ってるのはララちゃんだけ? まあ鯨は気のいい子たちばっかりよ」


 そう言ってシアは吹き出すと、ドアを開けて『白鯨』の中へと滑り込んだ。

 ララたち三人もそれに続き、店内へと入る。


「お邪魔しまーす。おお、中は結構広いわね」


 ララは入口の前から内部を一望し、感嘆の声を漏らす。

 表からは分からなかったが、この建物は縦に長い間取りをしているらしく、ずっと奥までテーブルが並んでいる。

 地元の住人と思わしき筋肉質な人々が三々五々テーブルを囲み、思い思いの料理を食べながら談笑に耽っている。


「どうです? いいお店でしょうお客さん」


 シアは揉み手をし腰を低く曲げながらララに声をかける。

 芝居がかった彼女の様子に苦笑しながらも、ララは素直に頷いた。


「内装は落ち着いててとっても好きな雰囲気だわ。料理の香りもとっても食欲を刺激するし」

「貝の匂いがすごいですよね。お客さんのテーブルのほとんどにも貝殻がありますし」

「『白鯨』は貝料理の専門店なのか?」


 店に入った三人を最初に出迎えたのは、濃厚な貝の香りだった。

 まるで建物全体に染み着いているかのように、それは店の空気そのものを塗り替えている。

 貝の豊かな香りは、ただそれだけで食欲を刺激する魔性の香りだ。

 長い旅の末にウォーキングフィッシュの群に襲われ、心身共に疲弊している三人の空きっ腹には少々堪える。


「イールちゃんの言うとおり、ここは貝専門の店よ。アルトレット周辺で穫れる貝を使った料理が食べられるの」


 アルトレットを語るなら外せない場所ね、とシアは確信を持って言う。

 漁、中でも貝の収穫が盛んなアルトレットを象徴するかのような、そんな店である。


「いらっしゃいませ! 四名様ですか?」


 ララたちが入り口の側に立って話していると、薄い亜麻色のワンピースに白いエプロンという装いの獣人族の少女がやってくる。

 他にも何人か同じ服の少女たちが客の対応をしているところを見るに、この店のウェイトレスのようであった。


「ええ、四人よ。案内お願いできるかしら?」


 シアが代表して答え、彼女たちはぴこぴこと耳を動かすウェイトレスに連れられて店の奥へと入っていった。


「こちらのお席でよろしいでしょうか?」

「ええ、ありがとう」


 案内されたのは店の奥、少し高めのスツールが並ぶカウンターにほど近いテーブルだった。

 ララたちが椅子に腰を落ち着けると、すぐにウェイトレスがメニューを持ってやってくる。


「ご注文が決まりましたら、またお声かけくださいね」


 そう言ってにっこりと笑うと、ウェイトレスはぱたぱたとその場を離れる。

 ワンピースの腰にある穴から出たふさふさの尻尾が、ゆさゆさと揺れていた。

 そんな尻尾の先をぼんやりと見つつ、ララが言葉を持らす。


「あの子も獣人だけど、ミルみたいにどんな獣の血というか、要素? が入ってるのか分からない子のほうが多いよね」


 ミルは誰がどう見ても可愛らしい白兎の獣人である。

 長い耳も、短い尻尾も、赤い瞳も、それを表す。

 しかしララがそれまで見てきた獣人――優秀な労働者として働く彼ら彼女らを見た限りではミルのようにはっきりと獣の種類を断定できる耳や尻尾をした獣人はいないように思えた。

 耳も尻尾ももふもふとしていて、犬のようにも思えるが犬ではない。

 かといって猫でも狼でも虎でもない。

 獣人の尻尾、獣人の耳としか言いようのないものだった。


「元々はミルみたいにはっきりと種類の分かる獣人ばっかりだったのよ。けれど混血が進んで、そういったものが平均化されていったみたいね。それにほら、ミルの兎なんかは犬と猫よりも特徴的でわかりやすいっていうのもあるわ」

「ほえー、そういうことだったのね」


 シアの説明に、ララは感心したように何度も頷く。

 ということはミルの家系はずっと兎の獣人同士が結び合った家系であるようだ。


「最近だとミルみたいな純血種は中々いないの。獣人の国ならその限りでもないみたいだけど」

「獣人の国?」

「獅子王が統治してる国。アレオ王国って言ったかしら」

「アレオ王国で合ってる。この国の隣にある、土地の大半を広い森が占める自然が豊かな土地――らしい」


 眉を顰めるシアの言葉を引き継ぎ、イールが説明する。

 とは言いつつも辺境からは大森林か山脈を越える必要があるため、彼女もまだ行ったことはないらしい。


「さてさて、お話を始める前に何か頼みましょう。おすすめを教えて上げるわ」

「それもそうね。何があるのかしら――」


 話に花が咲きそうになるまえにシアがメニューを差し出す。

 それを見れば体は正直なもので、きゅうと小さく鳴いた。

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