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第八十五話「なんだろう、これ。すごく沢山……」

 延々と続くかと思われた熾烈な論争は、結局ララが渋々頷くことで決着が付いた。

 こんなことで言い争うのも幼稚だと彼女自身も自覚していた。


「はぁ……、でもやっぱり気は進まないわね」


 ララは覇気のない足取りでイールの隣を歩く。

 テントとたき火を片づけた三人は、少しでも早く目的地へ向かうため早々に丘を出発していた。

 それはつまり刻一刻とウォーキングフィッシュの生息地に近づいているということでもあり、ララの心は沈んでいる。


「まあそう言うなよ。ウォーキングフィッシュの香草焼きもフライも美味しそうに食べてたじゃないか」

「味は好きなのよ。むしろ味が好きなだけに、あの外見が際立つというか……」

「確かに変わった外見ですけど、そこまで驚くものなんでしょうか」


 ロミが頬に手を当てて疑問を示すと、ララは大仰に首を振って頷く。

 体はぬめりとてかりのある生々しい魚そのものだというのに、足だけは何か別の生き物の物を強引に取り付けたような、言うなれば子供が戯れに作り上げた粘土細工のような歪で異様な外見なのだ。

 その姿を初めて見た時の衝撃は強烈で、なかなか頭から離れない。


「はぁ、なんとかしてその生息地を迂回していく道はないのかしら」

「特に命の危険があるわけでもないのに、無理して迂回する道理はないな。むしろ道中に何匹か捕ることができたら臨時収入になって懐も暖まる」


 ララの悲壮な声を軽く流し、それどころかほくほくとした笑顔で言い放つイールに、彼女は逆三角形の目を送った。


「まあまあ、そんな怖い顔するなって。ほら、そろそろ生息域に入るぞ」


 そんな会話をしているうちに、足下の土が少しずつ湿り気を帯び始める。

 ウォーキングフィッシュが好む湿地に、三人と一匹は足を踏み入れたのだ。

 ララは心なしかイールの方へと体を寄せて顔を強ばらせる。

 露骨に動きの堅くなった彼女に気づき、イールは思わず苦笑した。


「そんなに緊張しなくてもも、ウォーキングフィッシュは大人しいから大丈夫だよ」

「そ、そんなこと言ったって……」


 しまいにはぎゅっとイールの服を掴んでしまうララ。

 年相応の少女のような反応に、二人は少し面食らう。


「ナノマシンさえあれば敵なしだと思うんですが」

「そういうものでもないのよ。生理的嫌悪というか、本能的に無理というか」


 今まで散々彼女と彼女の扱うナノマシンの圧倒的な性能を間近で見続けている二人には、彼女のしおらしい反応が新鮮に映った。

 しかし人には多かれ少なかれ苦手なものはあるものだと思い直し、納得する。

 イールにも、ロミにも、そういった物には覚えがあった。


「ま、それじゃあララは真ん中を歩いてればいい。前はあたし、後ろはロミで担当しよう」

「そうですね。それなら大丈夫ですよね」

「うぅ……。それなら、がんばる……」


 既に青い瞳に涙さえ浮かべ始めているララに、二人は顔を見合わせる。

 そうして、隊列を整えると、また歩き始めた。


「二人は何か嫌いなものないの?」


 草原を歩きながら、ララが二人に尋ねる。

 しばらく歩いたことで多少精神にも余裕が出てきたようだった。


「あるけど、言わない」


 ララの質問を、イールは素っ気なく拒否する。


「ええー、私だけ嫌いなものを知られてるのって不公平だと思うんだけど!」

「お前は自分から曝け出してるだけだろうがっ」

「人を痴女みたいにーー!」

「そ、そこまでは言ってないと思いますけど……」


 頬をリスかハムスターのようにぷっくりと膨らませるララの額を、イールが指先でこつんと突く。

 一点集中の鋭い攻撃に、思わずララは額を押さえて仰け反った。


「ぼーりょく反対よー!」

「ララが変なこと言うからだよ」


 これは当然の行動だ、とララは鼻を鳴らす。

 今回に関してはイールに軍配が上がるため、ロミも苦笑である。


「ほら、そんなことより」

「なによーそんなことって」

「ウォーキングフィッシュが三匹、こっちに向かってる」

「ひっ。ごごご、ごめんなさい!」


 イールの冷静な報告に、ララは一転して勢いよく頭を下げる。

 華麗なまでに素早い手のひらの返しっぷりにイールもそれ以上何も言わなかった。

 代わりに彼女は腰から剣を引き抜くと、前方をにらむ。

 草の根本をかき分けて、表情のない黒い瞳が六つ顔を出す。


「うひっ」

「ララは下がってろ。ロミ、後ろの二匹を拘束してくれるか」

「分かりました」


 イールの指示を受けて、ロミはすぐに詠唱を紡ぐ。

 周囲を漂う魔力が収束し、濃縮される。

 やがて肉眼でも視認できるほどにまで濃くなった魔力が、青白い光となって彼女を包み込む。

 その間に、イールは猛然と走り出す。

 緩い地面を蹴り、一瞬にしてねらいを定めた一匹に肉薄する。

 思考を越える状況の変遷に、ウォーキングフィッシュの小さな脳は一瞬だけ動きを止める。

 その一瞬が、命取りになる。


「はっ――!」


 一閃。

 銀の煌めきが宙を切る。

 遅れて鮮血が吹き出し、ウォーキングフィッシュは自分の顔に灼熱の痛みを感じる。

 声の鳴らない口を開き、虚無を映す瞳がイールをとらえる。

 それが、その魚が見た最後の光景だった。


「次ィ!」


 余韻に浸る間もなく、イールは次の獲物へと狙いを定める。

 力量を見誤った事を身を持って感じた二匹の魚は、本能の警鐘に従い身を反転させようとする。


「『――求めるものに虚偽の安寧を、黒き贄に永久の拘束を』!」


 しかし、その直前。

 脳が指令を発し、シナプスを通じシグナルが筋細胞へと達するその僅かな一瞬。

 半透明の細い腕ががっしりと彼らの艶めかしい足を掴む。

 か細く頼りない見た目とは裏腹に、ねじ切らんとばかりの膂力で握りしめる腕により、ウォーキングフィッシュはその動きを拘束される。

 何より予想外の出来事に思考回路はクラッシュし、本能に制御されていた欠片ほどの平静は一瞬にして瓦解していた。


「らっしゃぁぁああ!」


 無論、その隙を逃すほどにイールは甘くはない。

 拘束から逃れようと遮二無二にもがくその魚たちを、彼女は一刀の下に切り捨てた。

 一切の戸惑いもなく、躊躇も存在せず、ただ淡々と敵を屠る。

 イールとロミは互いの呼吸を合わせた連携により、息さえ乱れることなく三匹を絶命させた。


「さて、さっさと拾って捌くとするか」

「うぅ……。やっぱり持って行くのね」

「重要な収入源だし、それ以上に殺したからにはそれなりの理由を持たせないとな」


 浮かない表情のララを余所に、イールは腰に差したナイフを引き抜く。

 簡単に頭と内蔵を落とし、沢で血を流したそれを、彼女はロッドの背中に乗せた保存箱の中へとしまった。


「いくらここがウォーキングフィッシュの生息域で、その数が数えることも大変なくらいに多かったとしても、それがお遊びで狩る理由にはなりませんから」


 地面に倒れて土の付いたウォーキングフィッシュを洗いながらロミが言う。

 ただその場で立ちすくんでいたララは少し唸り、ぷるぷると首を振る。


「うぇぇ……。はあ、しょうがないよね」


 小さくそれだけ呟いて、彼女はため息をつく。

 そうして彼女はおもむろに歩き出すと、地面に倒れていた三匹目のウォーキングフィッシュの尾鰭を掴むと沢まで持って行った。


「なんだ、掴めるじゃないか」

「この距離が限界よ! あと動いてるのは無理だからね!」


 若干喉を振るわせて言うララを、イールは生暖かい目で見る。

 そうして、彼女が丁寧に泥を落とした魚を受け取ると手際よく捌いてしまった。


「はぁ、これからもしばらくこんなのが続くのかしら」

「まあここはウォーキングフィッシュの楽園みたいなところですから。十歩も歩けば当たると言いますし」

「そ、そんなにたくさんいるの!?」

「いや、流石に言い過ぎだとは思うが……」


 至極真面目な顔で恐ろしいことを言い放つロミに、ララがさっと顔を青ざめさせる。

 案外彼女も茶目っ気があるんだな、とイールは意外そうにロミを見た。

 そうして、イールがララから受け取った最後の一匹を保存箱に入れた時のこと。

 遠方からかすかに異音が届くのを、ララの鋭敏な聴覚が拾い取った。


「ねぇ、何か聞こえる」


 声を落とすララに、二人もすぐに身構える。

 それはだんだんとこちらへ近づいてきているようだった。

 ビチャビチャと泥を踏みならす無数の足音だ。


「なんだろう、これ。すごく沢山……」


 ララは怪訝な顔で周囲を見渡す。

 一見したところ、何も変わった様子はない。


「みなさん、あれ!」


 そのとき、ロミが驚きの混じった声を発する。

 彼女の指さす方向を二人が見る。


「ちょ、何アレ!?」

「よく分からんが、普通じゃなさそうだな……」


 それは、波だった。

 灰色の波がうねりながらこちらへ向かってくる。

 ぬらぬらとした粘りを見せるそれは白濁し、細かい泡を立てている。

 陽光に反射する無数の鱗が見えた。

 黒々とした瞳がおびただしい数並んでいる。


「あれは……ウォーキングフィッシュ!?」


 悲鳴混じりにララが言う。

 彼女にとっては、まさに悪夢の顕現だろう。

 波のように押し寄せるそれは、体を互いに擦り付けるようにして殺到する無数のウォーキングフィッシュの群だった。

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