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第八十一話「これからまたしばらくは野宿生活かー」

「あなた達、もう出発するの?」

「ええ。温泉も満喫できたしね」


 コンテがテトルと共に帰路に就いたその翌日、ララ達は荷物を纏めて翡翠屋のロビーに立っていた。

 リルは物憂げな表情で彼女たちの顔を眺め、ふっと口元を緩める。


「それなら、仕方ないわね」

「またいつか、きっと来るよ」

「その時までにはもっと翡翠屋も大きくしておかないとね」


 そう言って、彼女は腰に手を当てる。

 隣に立っていたクッカも無邪気な笑みを浮かべてそれに倣う。


「温泉もお料理も、とっても楽しませて貰いました。ありがとうございます」

「そう言ってくれるとデルも喜ぶわ」


 彼女がちらりと視線を後ろに向けると、柱の陰から小さな頭が覗いている。

 人見知りな夫の相変わらずな様子に彼女はため息をつく。


「それにしても、ここ数日は忙しそうだったわね」


 その言葉に、三人は苦笑して顔を見合わせる。

 エメンタールとコンテが再会したあの日から数日、彼女たちはそれぞれに働いていた。


「私は指示を出すだけだったから、そんなに疲れてる訳じゃないけどね」


 ララはテトルと共に魔導自動車の改良を指揮していた。

 テトル達が道中の走行で得た情報などを元にして、部品や機構を最適化する作業だ。

 彼女は司令塔となりテトルと共に改良案を作り、それを元に整備班が作業を進める。

 数日掛けて行われた改良により、ララも満足いく出来になった。

 それでもまだまだ荒削りで、まだまだ改良の余地はあるだろうが、そこから先はテトル達の腕の見せ所だろう。


「あたしもそんなに忙しい訳じゃなかったよ。することも無いからパロルド達と遊んでただけだ」


 そう言うイールは、パロルド率いる『青き薔薇』の面々と共に戦闘訓練に明け暮れていた。

 町にいる間は最低限の護衛以外に必要な業務はなく、荒っぽい者が多い『青き薔薇』は闘争に餓えていたのだ。


「それなら、一番働いたのはロミじゃないの?」

「うええ!? そ、そんなこと――」

「そうだな。ロミが一番走り回ってただろ」

「そ、そんなことないですよぉー」


 ララとイールは記憶を掘り返し、ロミを見る。

 二人の視線を集めたロミは途端に顔を赤く染めて俯いてしまう。


「あら、ロミちゃんは何をしたの?」


 完全に聞きの体勢に入ったリルが尋ねる。

 しばらくもじもじと視線を動かしていた彼女は、勘弁したように語り出す。


「わ、わたしがしたのはただの連絡役というか……」

「その結果、ヘイルバッハ孤児院はキア・クルミナ教の管理になったわけだけど」

「へぇ! あのヘイルバッハの頭をすげ替えたのね」

「そ、そんな物騒な」


 口を開いて驚くリルに、ロミはぶんぶんと首を振る。

 彼女はメリィをエメンタールの元へと送り込んだヘイルバッハ孤児院について、レイラに報告していた。

 それを元にしてハギルの神殿が調査を開始し、ロミはその情報をレイラに渡すパイプ役として奔走したのだ。

 その結果、ヘイルバッハ孤児院の管理は豪商ヘイルバッハ家から神殿へと変わることになった。

 その過程にあった様々の出来事を、ロミは彼女たちに語ろうとはしない。


「確かに、それは中々大変だったわね」


 おおよその事を察したリルが、ロミにねぎらいの言葉を掛ける。

 彼女は諦念の混じる笑みを浮かべ、頷いた。


「しかしまあこれで、あたし達がここでやることもなくなったし」

「多少の心残りはあるけど、無事に出発できそうねー」


 ハギルの町で起きた様々の出来事を思い出し、ララは感慨深い思いに耽る。

 もう随分と長い日々をここで過ごしてきた。

 このあたりが潮時だろう。


「それじゃ、そろそろ行くわね」

「ええ。気をつけてね」

「もちろん。――クッカもメリィによろしくね」

「お、おう! もちろんだよ」


 振り向きざまにクッカへと投げかけた言葉。

 彼は頬を少し赤らめながらも、頼もしく胸を叩いた。

 三人が翡翠屋を出ると、荷物を背負ったロッドが小さく嘶いた。

 軒先まで出てきたリル達に見送られながら、彼女らは町へと下る。


「んー、いい宿だったわね」

「ですねー。温泉も気持ちよかったですし、ヒージャのミルクもおいしかったです」

「ほんとロミはミルクが好きだな……」

「だって、おいしいじゃありませんか」


 他愛のない会話を広げながら、彼女たちは町に入る。

 変わらない活気の中を進み、関所を目指す。


「この後はどうするんだっけ?」

「山を右にしながら進んで、海岸にまで出るよ。山の次は、海に行こう」

「海ですか。いいですねぇ。何でも、海のミルクと呼ばれる貝があるらしいですよ」


 ロミはキラキラと鳶色の目を輝かせる。

 どこまでも安定な彼女に二人は苦笑した。


「おい、そこの三人娘」


 不意に、背後から聞き覚えのある声が掛かる。

 三人が振り向くと、小柄なドワーフの老人が焦げ茶色の瞳を向けていた。


「アルノー! どうしたの?」


 このまま姿を見ないまま別れるだろうと思っていたララは驚いてその鍛冶師に駆け寄る。

 彼は変わらぬむっすりとした顔で、鞣した革の束を抱えていた。


「どうしたと聞きたいのはワシの方じゃ。町を出るのか?」

「ええ。もう出発するわ」


 ララが頷くと、アルノーはそうか、と小さく呟く。


「アルノーさんは、買い物ですか?」

「ああ。……少しな」


 ロミの質問に、彼は頷く。


「剣を――。剣を知り合いの店に並べることになった」

「何!? あたしが頼んだ時はあんなにやる気がなかったのに!」

「はんっ! その時とは少し考えも変わったんじゃ」


 赤髪を揺らしてにじり寄るイールに、アルノーは飄々と言い放つ。

 彼はふっと視線をずらすと、山の中腹に小さく見える牧場へと向けた。


「孫娘に服の一つくらい、買ってやらんとな」

「アルノー……」


 驚いたように、イールの動きが止まる。

 アルノーは少ししゃべりすぎたと頭を振った。


「イール。おまえにはワシが直々に研いでやった剣があるんだ。そのあたりで野垂れ死ぬことは許さんぞ」

「分かってるさ。この剣に誓って、そんな情けない姿は見せないよ」


 鋭い視線を和らげ、アルノーは満足げに頷く。


「まあ、達者でな」

「ああ。そっちもな」


 短く言葉と視線を交わし、アルノーは三人に背を向ける。

 アルノーは人混みの中へと紛れ、三人もまたそれを探すことはなかった。


「アルノーさん、楽しそうでしたね」

「ああいうヤツは、一度火が付いたらなかなか止められないようなヤツなのさ」


 イールはロッドの手綱を引きながら、楽しげに声を弾ませる。

 彼女はそっと腰に佩いた重い剣の鞘を撫でる。


「アルノーくらいの腕があれば、すぐに有名になって辺境中で噂を聞くことになる」

「人の噂っていうのは広まるのも早いものね」


 イールの言葉に、ララも頷く。

 遠く離れた地でその名前を聞くことができる日が、今から楽しみだ。


「さて、そろそろ関所だな」


 イールが前方を見やって言う。

 ここ数日ですっかり見慣れてしまった自警団の詰め所が姿を現す。


「これからまたしばらくは野宿生活かー」

「なんだ、野宿は嫌いか?」

「野宿は野宿で楽しいけど、温泉がなくなるのはちょっと嫌かもね」

「時々川も渡ると思うので、その時に水浴びはできますよ?」

「うー、それとこれとは全然違う気がするわ……」


 他愛もない言葉に花を咲かせながら、三人は町を出る。

 広い草原に続く道を、彼女たちはまた歩き出した。

今話で第二章完です。

ほんとです。

ありがとうございました。

次からは第三章ですね。

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