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第七十六話「いや、私はテトルのお姉さまじゃ……」

 ハギルの山麓を下り、ララたちは夕日の射す町の人混みに紛れ込む。

 人々が通りにせり出す石造りの建物の小さな戸口からあふれだし、波のようにうねる人混みの中で渦を巻く。

 三人は人の流れのままに足を進め、傭兵ギルドにやって来た。

 相も変わらずな活況ぶりを見せる内部では、テーブルを占拠する人々の数が多くなっているように見受けられた。


「えっと、達成報告は全員で行かないと行けないんだっけ?」

「全員というか、あたしとララだな」

「わたしは傭兵ギルドには加入していませんから」

「でも報酬は三等分よね?」

「当然だろ? ロミがいなかったら大怪我じゃ済まなかったさ」


 至極当然とイールとララは頷く。

 今日の一件ではロミの拘束魔法がかなり役に立った。

 彼女がいなければ、多少の怪我も覚悟しなければならなかっただろう。

 そう考えると今日の功労者はロミなのかも、とララは胸の中で思った。


「二人とも、ありがとうございます」

「一緒に旅してる仲間なんだし、普通のことよ」

「そうそう。変に気を遣わなくていいんだぞ」


 頭を下げるロミに、二人は困ったように眉を寄せて手を振った。


「それじゃあ、換金は私たちだけで行ってくるわね」

「はい。それじゃ、わたしはここで待っていますね」


 そういうわけでロミはギルドの隅に設けられた長椅子で待つことになった。

 ララはイールと連れだってカウンターに並ぶ列に加わる。

 手練れの受付嬢によって軽やかに捌かれる人々はスムーズに進み、それほど時間を感じさせずに二人の順番がやって来た。


「いらっしゃいませ、傭兵ギルドハギル支部へようこそ。ご用件は何でしょうか?」


 共通の制服に身を纏った可愛らしい受付嬢が、微かに顔を傾けて微笑む。


「依頼を達成したので、その報告です」


 そう言いながら、ララはポーチから依頼書の写しを取りだしカウンターに載せる。

 受付嬢はそれを丁寧な手つきで受け取り、真贋を判別する。

 当然、その検査はすぐにパスし、受付嬢は二人に視線を戻す。


「では、依頼主様から預かられた依頼遂行証とご自身のカードをご提示いただけますか?」

「えっと……はい、どうぞ」

「ほら、これさ」


 指示に従って二人は依頼主のメリィから受け取った依頼遂行の証と、自分のカードを示す。

 それだけで後のスムーズに事務処理は進み、無事に報酬の銀貨を受け取ることができた。


「こちらが報酬金となります。依頼の遂行、ありがとうございました!」


 最後に花の咲いたような笑顔に見送られ、二人はロミの待つ長椅子の所まで戻る。

 彼女は白杖に絡まるようにして身を預け、ぼんやりと人々を観察しているようだった。


「お待たせ。換金してきたわよ」

「おかえりなさい。人数の割には随分早かったですね」

「受付嬢が敏腕らしくてな。すぐに順番が回ってきたのさ」


 長椅子を詰めるロミの隣に二人は座る。

 ララは貰ったばかりの報酬の入った巾着袋を目の前に掲げた。


「これで随分お財布も重たくなったわね」


 ララは受け取ったお金を三等分に分ける。

 彼女の腰のベルトには、財布代わりにしている小さな巾着袋がずっしりとした重みを持っている。

 これだけあれば、心にも余裕が生まれるというものだ。


「当分はあんまり急いで仕事をしなくてもいいかも知れないな」

「そうですね。わたしも殆どお金は使わないので」

「いいよねー、武装神官は。関所もスルーできちゃうし」


 嬉しそうにお金を両手で受け取り懐にしまうロミに、ララはぷっくりと頬を膨らませる。

 ロミは二人に比べれば所持している現金の量こそ少ないが、武装神官という特殊な立場であるため教会から様々な支援を受けることが出来、支出も少なく抑えられる。


「でも武装神官はその分果たすべき責務もあるんですよ」

「神殿に通りがかったら絶対に寄らないといけないんだっけ?」

「原則的に、ですね。よっぽど切羽詰まった状況じゃないかぎり、その地の神殿長に挨拶をしなければなりません。それと、当然アルメリダ様や祀られている眷属の方々への礼拝も」


 つらつらと語られる武装神官としての仕事に、ララは一転して渋い顔になる。

 自由奔放な気質の彼女にとって、堅苦しいロミの仕事はどうにも性に合わないのだろう。

 コロコロと表情を変える彼女の顔に、隣のイールは思わず眼を細めた。


「それじゃあ、翡翠屋に帰るか」

「そうね。晩ごはんは何かしら?」


 つつがなく報酬も受け取りするべきこともなくなったララたちは、イールの一声によって帰路に就く。

 薄暮の斜陽に染まる町並みを眺めながら、三人は連れだって町を出る。

 仕事を終えた人々の和やかな声が沸き立ち、どこからともなく夕餉を準備する煮炊きの良い匂いが漂ってくる。

 ふと、唐突にイールの胸元が震える。


「うおっ!?」


 彼女が肩を跳ね上げ足を止める。

 周りを歩く人々の中を縫って、すぐ側の路地に入った。


「どうしたの?」

「ペンダントだ。テトルからだな」

「なにかあったんでしょうか」


 首をかしげるララ達の視線の中、イールはそっとペンダントを開く。

 彼女の手のひらに載せられた銀色のそれは、少々感情の高ぶった声で話し始めた。


「イールお姉さま! 少し明日の予定を変更させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「うん? どういうことだ?」


 テトルはどこか広い場所で群衆の中に紛れているらしく、周囲の遠い声が微かにくぐもって聞こえる。


「実は『壁の中の花園(シークレットガーデン)』がつい先日、ゴーレムの機構を利用した新たな装備を作り上げたのです。今回の件について、その装備を早速役に立てるだろうと確信したので、実際に今投入して実験がてら使用しているのですわ」


 嬉しげに声を弾ませて語るテトルに対して、イールやそれを囲む両隣の二人はきょとんとした顔である。

 揃って首をかしげる三人を気配で感じたのか、テトルはこほんと一度小さく咳をする。


「とにかく、コンテさんとは首尾良く接触できました。それで、どうせなら直接お話した方がよろしいかと思いまして」

「ちょ、ちょっと待て。直接って、コンテがこっちまで来るのか!?」


 さらりと流れた台詞をイールは慌てて拾い上げる。

 テトルは頷いたようで、微かに空気の音が届く。


「どうやって!? コンテの村からハギルまで五日はかかるんだぞ!」

「ふふ……。お姉さま、それは徒歩に限ったお話でしてよ?」

「でも、馬だとしても三日は掛かりますよ?」


 話を聞いていたロミが顔を傾けて反論する。

 イールもしきりに頷き、それに同意していた。

 そんな中ララだけはしばしの思考の後、はっと口を開く。


「もしかして、何か乗り物を作ったの?」


 その言葉に、テトルはぱあっと声色を明るくした。


「さっすが! 私のララお姉さまですわ!」

「いや、私はテトルのお姉さまじゃ……」

「そう! 私たち『壁の中の花園』はゴーレムに使われていた機構を流用して、新たな乗り物を作ったのですわ!」

「乗り物って……一体どんな……」

「そ・れ・は、明日合流したときにお披露目いたしますわ」


 心の奥底から楽しんでいるような声が、ペンダント越しに路地裏に響く。

 著しいテンションの乖離に、イールはすでについて行けていなさそうだった。


「しかし、乗り物と言ったってどうやったら二日であんな距離を……」

「まあまあ、明日全てが分かりますわ。と言うわけで明日、いつ頃になるかはまだ未定ですが、直接ハギルまで赴きますわ。ではー」


 手短にそうまとめると、テトルはぷつりと通信を切る。

 後には薄暗い路地裏で呆然と立ちつくす三人の少女の姿があった。

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