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第七十四話「チェストォォォォオオオッ!」

 示し合わせたように同じ瞬間、三人は散開する。

 間髪置かず、それまで立っていた場所にロックスピルは拳を振り下ろしていた。

 立ちこめる土煙の中、ララは背筋に冷たい汗を感じた。

 先ほどまでのどのロックスピルよりも鋭敏で重い拳だ。

 明確な殺意をヒリヒリと感じ取り、ララは気持ちを締める。


「はぁっ――!」


 矢のように鋭い声が響く。

 イールのものだ。

 彼女は声に力を乗せ、ロックスピルの足の内側を切りつける。

 案の定その一撃は硬い甲殻に阻まれ火花を散らすが、ロックスピルの注意を引くことはできたようだった。


「『神聖なる光の女神アルメリダの名の下、腕の使徒イワの手を握りしめ更に希う。強く求める者に真なる安穏を、黒き贄に永久永劫の拘束を』!」


 高らかに紡がれる、長い詠唱。

 イールの挑発によって反応の遅れたロックスピルの足下に、魔方陣が出現する。

 先ほどまでよりもまだ大きく、複雑で、強い光を放つ。

 疲弊した様子のロミは、しかし自信を持ってロックスピルを睨んでいた。

 魔方陣から溢れるように、白い腕が現れる。

 腕輪や指輪、金、銀、宝石、煌びやかな装身具を身につけた女の腕だ。

 忌むべき者を絞め殺すように、明らかな憎悪を持って腕はロックスピルの凹凸に手を掛ける。

 ロックスピルは逃れるように身をよじるが、足下から伸びる無数の手は逃走を許さない。

 次第にロックスピルは下半身を白い腕の群れに包まれ、捕らわれていった。


「ララ!」

「分かってる!」


 イールの声が届く。

 ララは短く返事を返し、猛然と走り出した。


「『空震衝撃(エアーショック)』!」


 地面を揺らし、高く高く跳躍する。

 背後に太陽を載せて、彼女は巨大な岩の魔獣に飛びかかる。


「ゴァァアッ!」


 眼を焼かれた魔獣が腕をかざす。

 大きな隙が現れた。

 それを逃すララではない。


「チェストォォォォオオオッ!」


 ハルバードを槍のように構え、一条の線となってロックスピルに肉薄する。


「『空震衝撃(エアーショック)』」


 空中で空気を揺らし、更に加速を図る。

 その衝撃を殺すことなく、彼女はロックスピルの首元目がけてハルバードを突き出す。


「ジョージ!?」


 その瞬間、本来聞こえるはずのない声が、悲痛な色を帯びて響き渡る。


「ええっ!?」


 一瞬のブレ。

 狙いのはずれたハルバードは甲殻をかすり、抉りながらも致命傷を与えるまでにはならない。

 ララは空中で体勢を崩しながら、声のした方向を見る。

 そこには、呆然と立つエメンタールがいた。


「なんでここに――」

「ララ!」


 イールの声にはっと現状を思い出す。

 気が付けば目の前に地面があった。

 頭から飛び込み、そのまま勢いを殺さず前転を繰り返す。


「くっ」

「どうしてあんたがここに!?」


 イールの若干怒気を含んだ声がエメンタールを叱責する。

 エメンタールは混乱した様子で、ロックスピルとララたちを交互に見ていた。


「拘束魔法が維持できませんっ」

「ちっ――」


 ロミの悲鳴にイールは舌打ちし、剣を構える。

 彼女が走り出そうとしたとき、慌ててエメンタールが腕を上げた。


「まっ、待ってくれないか! ジョージは悪い魔物じゃない」

「何を言ってるんだ!」

「ちょっとまって、イール。ロックスピルが動きを止めてる」

「は?」


 イールが顔を上げ、ロックスピルを見る。

 奇妙なことに、ロックスピルは腕の拘束が解けたというのにその場から動かず、むしろしゃがみ込んでいた。


「どういうことだ……? 反撃してこない?」

「とりあえず、話を聞いてくれないかい?」


 困惑するイールにゆっくりと近づきながら、エメンタールは申し訳なさそうに眉を寄せた。

 彼は大人しくなったロックスピルに声を掛ける。


「ごめんね、ジョージ。痛かっただろう。ゆっくり休んで、傷を癒やすと良い」

「ゴァァ……」


 エメンタールの言葉に、ロックスピルは頷くような仕草を見せるとゆっくり身体を折りたたみ、元の巨岩のような姿になった。


「魔獣が、言葉を理解してるの?」


 全身の土埃を払いながらやって来たララが、驚いたように言う。

 エメンタールはその言葉に頷いた。


「大きいロックスピル、僕はジャイアントロックスピルと呼んでいるけど――彼らはとても賢いんだ。普通のロックスピルはそれこそ獣と変わらないけど、あの大きさにまで成長したロックスピルは人の言葉さえ理解する」


 どこか誇らしげに言う彼の言葉を、イールは信じられないといった表情で聞いていた。


「まさか、そんなことが……」

「僕は長年、というより僕の家系はずっと昔から魔獣について研究してたんだ。魔獣を家畜にする技術は、その副産物にすぎない。三年前、この土地へやって来たとき、牧場の位置を決めるための調査の途中にジョージのような賢いロックスピルを見つけたんだ」

「あのロックスピルたちが牧場を取り囲むように立っていたのは偶然じゃないんですね」


 肩で息をしながらやってきたロミが指摘する。

 それにも、エメンタールは頷いた。


「僕がずっと教育して、餌をあげて、あそこで守って貰っていたんだ」

「でも、普通のロックスピルは駆除しちゃうのよね」

「ジョージたちにとってあれらも同族、仲間だからね。どうしてもロックスピルだけはギルドに依頼して駆除して貰わないといけないんだ」


 本当はジョージたちの目の前で同族を殺すのは忍びないんだけど、とエメンタールは心底残念そうに言う。

 これまではジョージたちをただの巨岩だと思い込んで気付かない傭兵たちばかりだったために、隠し通すことができていたのだという。


「まさか、君たちが気付くとは思わなかったよ」

「ごめんなさい。ジョージの仲間、四体も……」

「いいんだ。隠していた僕の方が悪い。君たちはロックスピルの駆除を請け負ってくれて、ジョージたちはロックスピルなんだから」


 頭を下げるララを、エメンタールは慌てて手を振って止める。


「それに、ジョージはいる。ロックスピルを育てれば、ジャイアントロックスピルまで成長させることもきっとできる」


 エメンタールの黒い瞳には、確信にも似た希望があった。

 だから気にしないでくれ、とエメンタールは三人に言う。


「けど、エメンタールってすごいのね。一人でここまで魔獣を飼い慣らすなんて」


 身体を丸めて休眠を取るジョージを見上げて、ララが感心したように言う。

 エメンタールは顔を赤くして手を振って、その言葉を否定した。


「僕一人だけの力じゃないよ。ドワーフの古老たちに知識を貰ったんだ」

「ドワーフの古老?」


 ララは首をかしげ、オウム返しに尋ねる。


「ハギルの山の上に住んでる、古いドワーフたちだ」

「あー、なんかアルノーもそんなことを言ってたわね」


 ハギルにやって来てから度々耳に入るその言葉に、ララは頷く。


「ドワーフの古老たちは、麓の人々が忘れてしまった様々な知識を知っていた。だから僕は度々山を登って、会いに行くんだよ。ヒージャのお肉を手土産にね」


 エメンタールは牧場の中を見つつ言う。

 荒涼としたなだらかな斜面に、ヒージャたちはのんびりと欠伸を漏らして暮らしている。

 彼らも元はハギルの自然に生きる野生の魔物たちだ。


「彼らの知識のお陰で、僕はロックスピルの友人になれた。その知識のお陰でメリィと二人でなんとか牧場をやっていけてるんだ」

「そういえば、牧場の大きさに対して二人というのはいささか少ないですよね」


 エメンタールの言葉にロミが納得したように頷いた。


「ロックスピルは精霊に近い魔獣だから土の上で休んでいればすぐに傷は癒える。多分だけど、キャシーとマイクもジョージの中にいるんだろう?」

「そういえば、ロックスピル同士が共食いして大きくなってたな」


 イールは顎に手を当て先の戦闘の際の出来事を思い出す。


「それなら、キャシーとマイクもそのうちジョージから離れて、また三匹にもどるよ」

「そういうもんなのか」

「ロックスピルは精霊に似た魔獣って言っただろう? だから個という概念が少し薄いんだ」


 エメンタールの説明に、三人は理解できたような、できていないような曖昧な相槌で返す。

 魔獣の生態はまだまだ分からないことの方が多かった。


「まあ、三人がロックスピルを駆除してくれたのは本当なんだ。ひとまず小屋に帰ろう。何かお礼をさせてくれないかい」

「えっ、いいの?」

「もちろん! ジョージたちは友人だけど、普通のロックスピルは僕たち牧人にとっては害獣だからね」


 そう言って少し歯を見せて笑い、エメンタールは歩き出す。

 ララたちは互いに顔を見合わせると、ふっと緊張を解いてそれに付いていった。

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