第七十二話「頭グラグラ言わしたる!!」
「しかし、私に気付いているのかいないのか、全然反応が無いわね」
荒野を駆け抜け次の巨大ロックスピルの場所まで向かいつつ、ララはふつふつと湧き上がる疑念に首をかしげる。
彼女が特殊金属を変形させて作ったワイヤーで固定したロックスピルは、特に動く様子も見せなかったのだ。
それはそのロックスピル一匹だけに限ったものではなく、彼女の探知する限りでは他の巨大ロックスピルも例外では無い。
通常のロックスピルも普段は岩に擬態しているが、こちらが攻撃すれば割と素早い動きで反撃に出る。
「身体が重いから動きが鈍い? あれくらいの攻撃なら攻撃とすら認識しないのかしら」
憶測を述べつつも、彼女は疾風のような速さで牧場の西までやってくる。
そこにいたのは、一回り小さなロックスピルだ。
一回り小さいと言っても、通常の物と比べると五倍ほどの大きさがある。
「あなたたちに恨みはないけど」
ララはポーチからインゴットを取り出す。
彼女の手の中でそれは溶け、意思を持つかのように動き出す。
細く長い強靱なワイヤーの形を取るそれを、ララは空へと投げる。
大きく弧を描く先端を見届けて、彼女はそれを地面に深く打ち込む。
「『旋回槍』」
圧縮された空気の槍によって、ワイヤーは固定される。
その間も、ロックスピルは微動だにしない。
「まったく、大人しい分には楽だからいいけど」
更にララは七本のワイヤーを掛けて完全に固定する。
「イール、そっちはどう?」
「今ロミが来たところだ。呼吸を整えて一気に仕掛ける」
「はぁはぁ……すみません、少しだけ……」
「ロックスピルに動きは無い?」
「ああ、寝てるのかもな」
イールの調子のいい声がペンダント越しに届く。
そんなことを言いつつも、彼女は油断なく剣を構えているのだろう。
「――っと、西の二体も固定したからそっちに向かうわね」
「分かった。それじゃあ三人揃ったところで叩こうか」
手早く三匹目のロックスピルも拘束したところで、ララは東へ向かって跳ぶ。
常人離れした脚力を全力で解放すれば、まるで矢のような速さで風を切り裂く。
「こんなにスピードだしたのは久しぶりね」
ぐんぐんと近づく東の柵を見ながら、ララはふと言葉を零した。
たまには本気で身体を動かした方がいいかもしれない。
「さて、あれね」
昼寝をしているヒージャを飛び越え、ララは東のロックスピル二体も視認する。
イールとロミは柵に背を向け、ロックスピルたちと対峙していた。
傍目から見れば岩に向かって剣を抜くいささか間抜けな光景だが、あの岩は確かに生きているのだ。
「お待たせ」
「おお、早いな」
ララが柵を乗り越えイールの隣に着地すると、彼女は視線を動かさずに答えた。
「ロミはもう大丈夫?」
「はい。いつでもいけます」
「じゃあ片方は固定して……。よし、やりましょうか」
ロックスピルを固定するのにも、四体目ともなれば慣れたものだ。
ララは手早く片方の動きを拘束して、自由な最後の一匹を見る。
「こっちも固定できないか?」
「もう金属がないわ」
理想を言えば全ての個体を固定して、一方的に叩くのが最良だ。
しかしララの持つインゴットも無くなり、それは叶わない。
「それなら、わたしが拘束魔法を掛けます。どれくらい効くかは分かりませんが……」
体力の回復したロミの提言を二人は同時に頷いて受け入れる。
「よろしく頼む」
「それじゃ、いつでもロミの好きなときに始めて」
二人の言葉を受け、ロミは頷く。
彼女は杖を構え、ロックスピルを睨んだ。
「『神聖なる光の女神アルメリダの名の下、腕の使徒イワに希う。求める者に虚偽の安寧を、黒き贄に永久の拘束を』」
魔方陣がロックスピルの直下に展開される。
その大きさに合わせ、魔方陣もこれまでで最も大きな物になる。
「魔力は大丈夫?」
「これくらいなら余裕です」
かなりの量の魔力を消費する大がかりな魔方陣だったが、それでもロミは涼しい顔で展開している。
その魔方陣から現れるのは、無数の腕だ。
光の透ける白い腕が数多現れ、ひしとロックスピルにしがみつく。
その数は留まることを知らずに時を追うごとに増える。
「グォァァァ……」
そのときだった。
巨岩の内側から、地面を揺らすような重低音が響く。
ララとイールは瞬時に武器を構える。
「やっと起きたみたいだな」
巨岩が揺れる。
己の身体にしがみつく腕を振り払うように、それはゆっくりと立ち上がる。
「これは……なかなか……」
ララは呆然とそれを見上げる。
三人の頭上に、大きな影が落ちる。
後ろ足で立ち上がったロックスピルは、感情を映さない黒い瞳で彼女たちを見ていた。
「ぐっ……、かなり力が強いです」
苦しそうに歯を噛みしめロミが叫ぶ、
彼女の拘束魔法を、ロックスピルは前足だけとはいえ難なく剥ぎ取ったのだ。
「行くぞララ!」
「りょーかい!」
二人は同時に駆け出す。
イールは右後ろ足に目標をつけ、甲殻の隙間を狙って剣を打ち付ける。
「ッ!? 硬いぞ!」
「分かってる……わっよっ!」
ララは高く跳躍し、ロックスピルと視線を合わせる。
振り上げたハルバードが太陽の光を反射する。
空中で反った背中ごと、ララは刃を振り下げる。
甲高い音が響き、ロックスピルの装甲にひびが入る。
「ちっ、ちょっとズレた」
静かに着地し、ララは悔しそうに見上げる。
ロックスピルはその左肩に亀裂が走っている。
「ゴォォォオオオッ!!」
しかし今の攻撃で、ロックスピルは完全に覚醒したようだった。
目の前の三人を敵と認識し、空気を揺らすような咆哮を繰り出す。
「熊の方が良く鳴くわよ!」
そんな咆哮に怯むことなく、ララは再度接近する。
今度は右後ろ足を狙い、ハルバードを振る。
「また!? どれだけ硬いのよ」
しかしその攻撃も、分厚い甲殻によって阻まれる。
硬さと鋭さには自信を持っていたハルバードの一撃をこうも簡単に阻まれ、ララは衝撃を受ける。
「多分魔法だろう。硬度強化あたりを使ってるんだ」
左足に付いていたイールがこのロックスピルについて分析する。
そうでなければ、彼女の攻撃が通らないはずがないのだ。
「くそー、そういうのってアリなの? プラン変更! 頭グラグラ言わしたる!!」
ララは歯をむき出してハルバードを地面に深く突き刺す。
武器を手放すと、彼女は再度高く跳躍する。
「おい、どうする気だ!」
意図の読めない彼女の行動に、イールが驚く。
「すみません、拘束解けます! きゃあっ」
そのとき丁度、ロミの魔法が破壊される。
驚異的な力で、ロックスピルは彼女の拘束を破壊した。
「大丈夫!」
しかし時間は充分だった。
ララはロックスピルの肩の上に立っていた。
彼女はロックスピルの頭部に手を当てる。
「ゴルゥゥゥゥ!!」
苛立たしげにロックスピルがその巨体を振る。
しかしその頭部をがっしりと掴んだララは離れない。
「『空震衝撃』!」
ゴン! と空気が揺れる。
先ほどの咆哮ほど長くは無い、しかし圧倒的にそれよりも大きな衝撃が走った。
「オォォォ……」
ロックスピルには目立った外傷はなかった。
しかしそれは弱った声を上げて、ぐらりとふらつく。
「二人とも離れて!」
肩に立っていたララが叫ぶ。
二人はさっと身を翻し、その場を離れる。
ロックスピルの身体が揺れる。
それはゆっくりと荒野に向かう。
高い土煙を上げて、巨体が地に沈む。
「よし、上手くいったわね」
肩からぴょんと飛び降りて、ララがほっと胸をなで下ろす。
ロックスピルを倒したのは、彼女の技だった。
手をロックスピルの頭に当てて、空気ごと揺さぶる。
衝撃はそのまま甲殻をすり抜けて、その頭の内部にまで浸透する。
そうして強制的にその意識を刈り取ったのだ。
「また、えげつない技だな」
「でも頼もしいですね」
押しつぶされないように逃げていた二人が駆け寄ってくる。
ララは照れて頭を掻くと、またロックスピルに向き直る。
「さて、まだ倒しきったわけじゃ無いよ。意識が戻らない内にとどめを刺さなくちゃ」
「む、そうなのか。この剣が通ればいいんだが……」
ララの言葉を受けて、イールはロックスピルに近づく。
硬い甲殻にそのまま刃を当てたところで、最悪剣の方が欠けてしまう。
研いで貰ったその日にダメにするのは、流石に気が引けた。
「首筋あたりなんかがいいんじゃないかしら」
「ん、そうだな。関節なら甲殻も薄いだろ」
念のため、ロミが再度拘束魔法を掛けて、イールがロックスピルの身体に登る。
「それじゃ、いくぞ」
彼女はロックスピルの首に剣を突き立てる。
剣を握る禍々しい腕が隆起し、力が集中する。
「はっ――!」
一発。
彼女の鋭い声と共に、剣がずぶりと沈む。
一瞬、ロックスピルの身体がびくりと震える。
「……いけたかな」
ララが注意深く目を向ける。
生体反応は、なかった。
「よし! まずは一体目!」
「なんとかなるもんだな」
「でも、まだあと四匹もいるんですね……」
三人は緊張を解くことなく隣を見る。
そこには、脱出しようと藻掻くロックスピルがいた。




