第七十一話「がっちがちに固めてやるわ!」
「――っと、これで九匹目ね」
ハルバードを振り払い、ララは力なく倒れるロックスピルを見る。
ナノレベルで鋭利で強固なハルバードの刃は、ロックスピルの固い甲殻も温めたバターのように易々と切り裂くことができた。
そこにナノマシンの探知能力が合わされば、まさにサーチアンドデストロイの権化となる。
「結構簡単ねー。ついでだしもうちょっと狩っていこうかな」
もう目標数である一人十匹は目前だが、探知した周囲の様子を見れば、それ以上のロックスピルが岩に紛れて潜んでいる。
余分に狩っても問題ないだろうとララは判断を下し、またハルバードを構えた。
今回の狩猟において、彼女は一つ意識していることがあった。
それは、極力ナノマシンのエネルギーを温存することだ。
「この前みたいに突然倒れたら色々迷惑掛けちゃうしね」
残存エネルギーは、彼女にとって生命の指標でもある。
ナノマシンが完全に機能停止したとき、彼女はこの世界で生きることができなくなる。
そんな事態に陥らないようにするためにも、ララは比較的余裕のあるここで、ある程度経験を積んでおこうと考えていた。
「さーって、次の獲物はどこかしら……うん?」
周囲をぐるりと見渡して次のロックスピルを見定めるララは、視界に映る物に違和感を覚えた。
何も通すこと無く見れば、ただののどかな高地の風景である。
ゴツゴツとした岩がいくつも転がり、それらの隙間から青い草が少しだけ生えている。
そんな中、彼女の視線の先には巨大な岩が鎮座していた。
彼女の背丈以上、見上げるほどの大きさである。
それだけならば、ただの大きな石だ。
「……なんでこれから生体反応が……?」
問題は、その巨石が生きているということだった。
ハルバードを構え、油断なく腰を落とす。
異常なほどに大きなロックスピルだ。
ララを認識しているのかしていないのか、まだ行動を起こす様子は見られない。
「めちゃくちゃ大きいわね。一体何歳くらいなのかしら」
ナノマシンは確かにこの巨岩を生命と判定した。
ララが先ほどまで切り捨ててきたロックスピルは、せいぜいが彼女の腰あたりまでの大きさしかなかった。
これほどまでに巨大だと、ハルバードの刃も短すぎてかすり傷程度にしかならないだろう。
「うーん、これは応援を呼んだ方がいいかしら」
ララはちらりと遠方に立つ二人の様子を見る。
彼女たちは順調に狩りを進めているようで、困っている様子も無い。
「『環境探査』」
ララはもう一度ナノマシンによって周囲の状況を把握する。
先ほどの環境探査はエネルギー節約のために極々小さな範囲のみだったが、今回は牧場全域を取り囲むほど広範なものだ。
「あらら……。これは、ちょっと」
そうして得られた情報に、ララは思わず苦笑いする。
巨大ロックスピルは、一体だけでは無かった。
牧場を取り囲むように、五体。
ロミのいる西側に二体。
イールのいる東側に二体。
ララのいる北側に一体。
「これは大変ね……。二人に知らせないと」
油断なくロックスピルを目で捉えつつ、ララは首にかけたペンダントを開く。
それを操作し、彼女は遠方で戦っている二人に声を届ける。
「えーっと、こほん。……二人とも、ちょっと聞いてくれる?」
ペンダントに向かって話しかけると、対応したペンダントが反応して微振動を起こす。
イールとロミはすぐにそれに気づき、手を止めた。
「はいはい。なんだ突然」
「何かありましたか?」
ペンダントから聞こえる二人の声は、少し籠もっている。
しかし、会話が行えないほどでも無い。
「ちょっと厄介なことになってるわ」
「どうしたんだ?」
「二人の場所に二つずつ大きな岩があるでしょ?」
ララの言葉に、二人が周囲を探す音が聞こえる。
「ああ、あった」
「こちらにも見えました」
「それ、ロックスピルみたいよ」
「ええっ!?」
「は!? この大きさで?」
二人は異口同音に驚きの声を上げ、慌ててそれぞれの武器を構えて臨戦態勢をとる。
「残念ながら本当みたいね。ちなみにこっちにも一匹いるわ」
「……ふん。見たところほんとにロックスピルみたいだな。大きすぎて注意してなかった」
「こんなに大きなロックスピルは見たことありませんね」
巨石を観察して確信を得たのだろう。
イールは驚いたように言った。
ロミも喉を震わせてそれを見上げる。
「で、どうする? 倒せるかしら」
「流石に一人だと厳しいな」
「わたしも、足止めで精一杯だと思います」
巨大なロックスピルを前にして、二人は冷静に判断を下す。
大きいということは、ただそれだけでアドバンテージとなる。
小さな者を気にすること無く、身勝手に振る舞うことが許される。
二人の判断は、勇気とはき違えた蛮勇を持たない、あくまで客観的に分析した結果だった。
「私も一人だとちょっと厳しいわね。一度三人で集まって、各個撃破しましょっか」
「ただ、それだと一匹狙ってる間に他の奴が動き出したら元も子もないぞ」
「わたし、拘束魔法が使えますよ。とはいっても、この大きさにどれほど通用するかは……」
暗い雰囲気が三人の口を閉じさせる。
三人はそれぞれの場所で鎮座するロックスピルを監視しながら、打開策を考える。
「……流石になりふり構っていられないわね」
諦めたようにララが口を開く。
「ナノマシンを使って、ロミの所の二匹と私の所の一匹の動きを止めるわ。その後、三人でイールの所から各個撃破しましょう」
「……それしか方法はなさそうだな」
「分かりました。……それじゃあわたしは牧場を通ってイールさんのところまで走ります」
ララの一言で、すぐにその後の計画がたつ。
ロミが走り出し柵を跳び越えたのを、ペンダントが届ける音で察する。
「それじゃ、やっていくわね」
正面に座るロックスピルを見上げ、ララは口元に笑みを浮かべる。
彼女は腰に回したポーチから、アルノーから受け取った特殊金属のインゴットを取り出した。
「さぁ、行くわよ」
彼女はインゴットを目の前に突き出す。
ナノマシンが発光し、インゴットの形を操作する。
それは瞬く間に固いロープ状となってロックスピルを飛び越えた。
「『旋回槍』」
出力を抑えた旋回槍でロープの端を地面に深く打ち込む。
すぐさま後ろに回り、反対の端も同様に固定する。
インゴットはまだまだ残量がある。
「がっちがちに固めてやるわ!」
合計、八本の金属ワイヤーを使いララはロックスピルを完全に固定した。
ロープの先端は全て地中深くに埋まり、更にそこからさらに形を変えて鉤を出している。
そう簡単に外れることはないだろう。
「さ、早くロミの所のロックスピルも拘束しないと」
完全に固定されていることを確かめると、ララは身を翻して牧場の西へと走り出した。




