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第七話「つまりナノマシンのおかげだよ」

 朝の傭兵ギルドは閑散としている。

 というよりは、この村には傭兵自体があまりいないのかも知れなかった。

 人の疎らなロビーでは、カウンターに付いた受付嬢が書類整理などの事務作業に追われている。


「どうしてギルドへ?」

「どうしてって、仕事するためだよ」

「ああ、そっか」

「そっかって……」


 イールの答えに、ララは自分が昨日傭兵ギルドに加入したことを思い出した。

 そもそも昨日の今日で忘れてしまうというのはいかがなものかと、イールは彼女を胡乱な目で見る。


「なんだか……いっぱいあるね。どれを受けるの?」

「そうだなぁ」


 傭兵ギルドの壁には、大きな掲示板がある。

 そこには、手のひら大の紙に寄せられた依頼の内容が書かれて貼り付けられている。

 膨大な量の紙は、ララの背丈ほどもある掲示板を飲み込んで、鱗のように重なっていた。


「道すがらに依頼を遂行できるものがいいな」

「わぁ、魔獣の討伐っていう依頼もあるんだね。こわーい」

「つい昨日単独でアームズベア投げ飛ばした奴が言うな」

「な、投げ飛ばしてはないよ!」

「同じようなものだろ」


 はぁ、とイールはため息をつく。


「とりあえず、これでいいか」


 そういって、彼女は一枚の依頼書を剥がし取った。

 ララがそれをのぞき込む。


「ウォーキングフィッシュ三匹の納品……。魚を狩るの?」

「ララ、字読めるのか!?」


 当たり前のように読み上げたララに一瞬遅れて、イールは驚いて顔を上げた。


「うん。これだけ文字が多かったらすぐ解析できたよ」

「は? 解析?」


 こともなげに言うララに、イールの頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。


「つまりナノマシンのおかげだよ」

「ナノマシンって……なんなんだ……」


 詳しい説明を放棄したララ。

 イールは頭を抱えた。


「それで、ウォーキングフィッシュってどんな動物なの?」

「動物というか、魔物だな。まあ要は陸地を歩き回る魚だ」

「ふぅん、そんなのもいるのね」

「案外美味しいらしいぞ」

「あ、食べるのね……」


 昨夜宿で食べた料理も、ララの味覚には美味しいと感じられた。

 ひとまずこの世界の食文化と、ララの食文化にはあまり味覚的な乖離はないらしいと彼女は判断を下し、少し歩く魚の味に興味をもった。

 イールは依頼書をカウンターに持って行き、受注する。


「では、期限は七日後。ヤルダの傭兵ギルドで納品してください」

「わかった」


 依頼書の写しを受け取り、二人はギルドを出る。


「宿屋に戻って、出発するの?」

「ああ。ここでできる事ももう無いしな」


 ということで二人は、宿の部屋に残していた荷物を回収し、馬を連れて、朝日の中の村を発った。

 平原を縦に切るように伸びる街道は、旅人たちの往来によって自然発生的に作り出されたものだ。

 二人はまっすぐと伸びる草原を、のんびりと歩く。


「ねえ、イール。馬に乗っていかないの?」


 背中に荷物を括り付けた馬の手綱を持って歩くイールに、ララが尋ねた。


「ロッドは荷馬だからな。必要なとき以外は乗らない」

「私が熊を引き摺って村に行ったときは乗ってたよね?」

「あれは必要なときだったからだ」

「別に待ってれば村に着いたのに」

「血まみれの熊を引き摺るような怪しい奴を村に入れられるか!」


 イールは、もう少し自分の力を自覚しろと、ララの白い頬を抓った。


「むふゃ!? いひゃああああ!」


 ララは必死に逃れようとするが、歴戦の傭兵の力からは逃れられない。

 結局、彼女の白い肌はほのかに赤くなった。


「うぐぐ……。痛かったよ……」

「ララのほっぺた、柔らかくてもちもちしてるな」

「感動したように言わないで!」


 ララの恨みがましい視線も軽く躱すイールである。


「そういえば、次の町はヤルダって言うの?」

「ああ、そうだ。偉いなぁ」

「私子供じゃないからね!?」


 ギルドの受付嬢が言っていた町の名前を思い出し、ララが言う。

 イールは琥珀色の目を見張ると、彼女の白い髪を撫でた。

 子供のような扱いを受け、ララは顔を真っ赤に染める。


「ああ、すまん。ちょうどいい位置に頭があったから」

「むきー! これだからノッポは!」


 へらへらと笑うイールに、ララはぎゅっと拳を作って憤慨する。

 小柄な彼女の頭は、丁度イールの胸のあたりにあった。


「それで、ヤルダはどんなとこなの?」


 少しだけイールから距離を置き、ララが話を本題に戻す。


「大きい町だよ。山に囲まれた場所にあって、貿易が盛んだ。このペースなら、三日で着く」

「ああ、山だからヤルダに行くのね」


 昨日答えた質問の真相に気づき、ララが頷く。

 再度伸びかけた手は、ぱっと身を翻して避ける。


「ちっ……。まあそういうことだ」

「今舌打ちした?」

「途中でウォーキングフィッシュも狩らないといけないから、少し日は延びるかもしれないな」

「ご、強引に話を進めて……。そういえば、魔獣と動物って何か違うの?」


 掲示板の前での会話を思い出し、またララはイールに疑問を投げつける。


「ま、簡単に言うと動物はそのまま普通の動物。魔獣は魔力保有量が多くて強い動物だ」

「アームズベアは?」

「どう考えても魔獣だな」


 魔獣は、動物に比べて魔力を多く持っている。

 それはつまり自然界を生き抜く力に優れているということであり、大抵は捕食者として君臨している。


「魔獣は魔力を持ってる分だけ、ある程度の無茶が効くんだ」

「えっと、つまり?」

「足が六本の熊だったり陸上が歩ける魚だったりは、大体魔獣だ。ドラゴンなんかがいい例だろう」

「ドラゴン! ドラゴンがいるの!?」


 ララも知っている生物の名前が飛び出て、彼女は青色の目を輝かせた。

 ドラゴンと言えばつまり、空を悠々と飛ぶ絶対王者である。


「あんな巨体を薄い翼で浮かせることなんて普通はできない、堅い鱗も、龍の吐息も、全部魔力によって成り立ってるんだ」

「ふぉぉ、ドラゴンかぁ……。一度会ってみたいね!」

「普通なら絶対会いたくないって思うんだがな……」


 キラキラと目を輝かせ、未だ見ぬドラゴンへと思いを馳せるララは、イールにとって予想外の反応だった。

 ドラゴンと言えば、恐怖の代名詞である。

 並の人間なら一生出会うことがないように祈るのが普通だ。

 イールだって、出会ったらあらゆる全力を以て逃げる。


「なんか、ララがドラゴンにやられるような気がしないな」

「奇遇ね。私もあんまり自分がドラゴンにやられるとは思わないの」


 ララは薄い笑みを浮かべる。

 少なくともイールには、彼女の言葉がただの豪語には聞こえなかった。


「っと、もうすぐ昼だな」


 イールがはたと立ち止まって言う。

 気がつけば村も見えないほどの距離を歩き、太陽は天頂にさしかかろうとしていた。


「お昼ご飯はどうするの?」

「保存食を食べてもいいが……。現地調達しようか」


 そう言って、イールは不敵な笑みを浮かべた。

 周囲は草原。

 草が生い茂り、小動物程度なら簡単に身を隠せるだろう。


「よし、じゃあララは――」

「『環境探査サーチ・エンバイロンメント』。……ウサギが何匹かいるわね。『旋回槍(スピンショット)』。よし、ちょっと回収してくるわ」


 白い光の輪が走り抜け、それを追うように一条の風の槍が草原を突き抜ける。

 てててっと走って行ったララは、両手にまるまると太った野ウサギの耳を握って戻ってきた。


「あれ、どうしたの?」


 絶句するイールを、ララは怪訝な視線でのぞき込む。

 イールは、抜きかけていた剣を鞘に収めると、へたりと地面に膝をついた。


「それも……ナノマシンか……?」

「ええ。ナノマシンよ」


 あっさりとララは言い切る。


「ナノマシンって……卑怯だ……」


 イールの口から、怨嗟が漏れた。

多くの方の閲覧、ありがとうございます。

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