第六十六話「私、ちょっと行ってくるわ」
研ぎ直された剣を腰に佩き、イールは軽い足取りでハギルの通りを歩く。
そのすぐ後ろを、ララとロミは並んでついて行っていた。
昼前の大通りにはドワーフをはじめとした多様な種族が姿を見せる。
商いに精を出す者、店を冷やかす者、角で世間話に夢中になっている者。
彼らは思い思いの日常を過ごし、相も変わらぬ活気を呈していた。
「何処の町も大通りの喧噪だけはあまり変わりませんね」
周囲に視線を見やりながら、ロミは嘆息する。
ハギルもヤルダも、建築物の様式や多くを占める種族の違いはあれど、こと町中の活気については大差ない。
どこの土地、どんな人種であろうと、商売は必要不可欠であるし井戸端会議は安易な娯楽になるのだった。
「町どころか、星を超えてもそんなに変わらないよ」
ララは遠い母星での生活を思い出し、遠い目になる。
売られている物や話している内容こそ異なるが、まあ大体同じような物である。
煌びやかな装飾で人を引きつける店に面白半分の客が誘われる。
談笑しながら歩く人々の足下をわんぱくな子供たちが駆け抜ける。
買い物カゴを提げたふくよかな婦人たちが手を大仰に振って世間話に花を咲かせる。
正に人間という存在の原風景だ。
「ララさんのいた場所でも同じなんですか」
「うん。多分どこでも同じ。人はみんなこういう風な所に行き着くのよ」
ララの言葉を全て理解したわけでは無いだろう。
ロミは頭の上に疑問符を浮かべながらも頷いた。
「おーい、二人とも何してるんだ。付いてこないとはぐれるぞ?」
先方を歩いていたイールが後ろを振り向きララたちに声を掛ける。
足の長さの差もあるのか、イールは少し歩く速度が速い。
いつの間にか距離が開いていたようだった。
ララたちはペコペコと謝って小走りで近づいた。
「全く、気を抜いてるとまたはぐれるぞ」
「うぐっ、ごめんなさいって」
ヤルダではうっかり迷子になってしまっただけに、ララも何も言えない。
「ほら、傭兵ギルドはすぐそこだ」
そう言ってイールはまた歩き出す。
ララとロミはその後ろを、まるで雛のようにちょこちょこと付き従った。
イールの言葉通り、それからそれほど間を置かずに一行はハギルに置かれた傭兵ギルドのドアの前に着いた。
「傭兵ギルドって、どこも殆ど一緒みたいね」
剣と狼をモチーフにした紋章の掲げられたギルドの建物を見上げ、ララが言う。
重量感のある堅牢な作りの建物は、ヤルダの町の傭兵ギルドとも似通っている。
大きく開かれた両開きの扉からは、常に多くの人々が出入りしていた。
三人はその流れに乗ってギルドの内部に入る。
天井が高く開放感のある内部には、人々が思い思いに過ごしている。
中央の大テーブルで休む者、壁際の掲示板を見て悩む者。
一番多いのは、カウンターに列を作って待つ人々だ。
「こうやって見てみると、色んな人がギルドに出入りしてるんですね」
ギルド自体にあまり親しみの無いロミは、興味深そうに人々を観察する。
大きな金属の武器を携えた男たちは当然傭兵なのだろう。
女性の傭兵も多いようで、弓や魔法の杖を持っている者が多い印象を受ける。
ララやイールのような近接戦闘を主軸とする女性傭兵はあまり数もいないようだ。
「女の傭兵が案外多いのよね」
「護衛任務なんかだと、女限定なんて依頼もあったりするからな。力さえ示せば性別なんて関係ないっていう傭兵ギルドの気風も原因だろ」
アマゾネスを筆頭に、女性しかいないという種族も数は少ないながら存在する。
またプライバシーなどの観点から女性傭兵のみを護衛に付けたいと考える団体も一定の割合存在するようだ。
傭兵ギルドはどこまでも実直に実力主義である。
女だろうが子供だろうが、実力さえ示すことができればランクはあがり、報酬金も増える。
「エルフとドワーフとか、一般的に仲が悪いイメージの種族がバディを組んでるところもあるぞ」
「バディ? ……ああ、そんなのもあったわね」
少し首をかしげたララは、すぐに思い出す。
彼女が傭兵ギルドに登録し、イールとバディとなったのも遠い過去のような気がした。
「ギルドに登録したはいいけど、私って全然依頼とかこなしてないわよね」
「前にウォーキングフィッシュの納品をしたし、突然除名されることはないさ」
「そう? ならいいんだけど」
路銀には余裕があるとはいえ、ヤルダからここまで来る道程でこなせる依頼の一つや二つ受注しておけばよかったかもしれない。
「傭兵さんが多いのは予想してましたが、実際見てみると一般の方も多いですよね」
ひとまず大テーブルの空いている所に移動しつつ、ロミは言う。
傭兵たちの姿に交じって、武装していない一般の人と思われる姿も少なくない数が見られる。
主婦や商人、職人、性別種族職業を問わない混沌とした様相である。
「ああいう人らは依頼を出しに来た側だろうな」
傭兵もギルドも、受注する依頼が無ければ共倒れである。
そのためギルドは広く民衆に門を開き、些細な問題でも依頼として受け付けていた。
定期的にギルド員が町の清掃活動を行うような支部もあるのだという。
「金さえ持ってりゃ誰だって依頼人になれる。傭兵ギルドは良くも悪くも現金だからな」
「神殿も町の人々の悩みの相談にはなりますが、本格的な解決に向けた行動はなかなか実行できませんからね」
神殿はあらゆる人々に公平で平等だ。
それ故に一個人に手を差し出すような体勢は整っていない。
ただ、民衆全体の問題に対しては強い力を持っているため、どちらも一長一短だが。
「依頼人って、色んな人がいるのね。……あそこ、子供までいるわよ」
「ほんとだ。って、あれはメリィじゃないか?」
ぼんやりと見ていたララが指さす先、そこに視線を向けたイールが驚く。
明るい茶髪にオーバーオール、黒い瞳を不安げに揺らし、エメンタールの義娘であるメリィは人々の間を右往左往していた。
「メリィちゃんですね……。何か困ってるみたいです」
「私、ちょっと行ってくるわ」
周囲の厳つい傭兵たちに気圧されたのか、メリィは涙目になっている。
いても立ってもいられずララは席を発つ。
「メリィ、何してるの?」
彼女が声を掛けると、メリィは怯えたように振り向く。
声の正体が見知った顔であるのに気付いた少女は、ぱっと表情を明るくした。




