第六十四話「まあ、私がボーナス貯めて買ったマイシップの一部ではあるけど……」
「やっぱり、あんたはこれを知ってるのか」
アルノーは眉を上げてララを見る。
ララは石炭の中に半分埋まった装甲板から目を離さずに頷いた。
「アルノーの思ってるとおり、この金属と私のそのハルバードは同じ材質よ」
「ハルバード? その棒がか?」
アルノーはララの腰につられた棒を見て怪訝な顔をする。
実際に見てもらった方が早いだろうと、ララはベルトからそれを外す。
「『戦闘形態』」
言葉に従い、銀の短杖は光を迸らせる。
突如として現れた白い光に、周囲に立っていた三人は慌てて手をかざした。
「ちょ、ララ! こんな薄暗いところで突然やるな」
「め、目が真っ白に!?」
「ご、ごめん。ちょっと言うの忘れた」
声を荒げるイールと慌てふためくロミに、ララは汗を掻いて謝る。
そうしている間にも棒は変形し、ララの背丈よりも長い白銀のハルバードへと姿を変える。
天井すれすれにまで伸びたその姿に、アルノーは絶句していた。
「ほら、ハルバードでしょ」
腰に手を当てて、ララは言う。
アルノーは呆然とハルバードとララ、そして炉の中に隠していた装甲版の間で視線を揺らす。
「年寄りを、あまり驚かせるな。……全身の血が吹き出しそうだ」
わなわなと肩を振るわせ、やっとのことで彼はそう呟く。
ララはちろりと舌を出して後頭部をなでた。
「その装甲版も、このハルバードも、ちょっとやそっとの熱や衝撃じゃびくともしないわ。一番簡単な加工法はナノマシンによる操作だけど、それができるのはたぶんこの世界じゃ私だけね」
「……そうだったか」
ララの説明に、アルノーは虚ろな目をして頷く。
失望させてしまったかと、ララは彼の焦げ茶の目を覗く。
しかし、彼女の予想とは反して、彼は驚くほど穏やかな表情だった。
「あんまりショックじゃない?」
「いや、衝撃的だ。衝撃的すぎて、もはや悔しさすらないがな」
顎髭を揺らし、彼は言う。
憑き物が取れたかのような、すっきりとした表情だった。
「アルノーはこの特殊金属でなにが作りたかったの?」
「……剣だ。折れず、曲がらず、よく切れる。どのような鎧も、鉄も、魔力さえも切り裂く、鋭利で頑強な剣。聖剣を打ちたかった」
若かりし頃の思い出を語るように、アルノーは言う。
それは彼だけでなく、彼の父親も、祖父も、曾祖父も追い求めた理想だった。
極限まで究極を極めた完全な金属を前にして、鍛冶師たちは魅了されざるを得なかった。
もはやそれは、呪いといっても良かった。
アルノーは生まれた頃よりその呪縛によって道を定められ、ただ一心に技術を求めた。
その過程でどれほど周囲の驚く名剣を打ったとしても、他ならぬ彼が、彼の血筋がそれを許さなかった。
「このハルバードは、この刃は、まさに我が家の追い求めた理想だ」
「……そうかもしれないわね」
わずかに瞼をおろし、眩しそうにハルバードを見つめる。
既に変形を追え、発光していないそれも、彼には眩しかった。
「ララよ、この装甲板はアンタにやるよ」
「ええ!? いいの?」
「これは元々、アンタの物なんだろう?」
「まあ、私がボーナス貯めて買ったマイシップの一部ではあるけど……」
ララは節約に倹約を重ねて三十年ローンを組んで買った宇宙船の残骸を遠い目で見る。
いくら大学で教鞭を執りそれなりの給金を貰っていたとは言え、中々に勇気を伴う買い物だった。
それだけに、たとえ残骸だろうが手元に戻ってくるのはありがたかった。
「でも、本当にいいの? 家宝的な物でもあるんでしょう?」
「いいさ。アンタのそのハルバードを見てわかった。これは、俺たちに扱えるような代物じゃない」
しっかりとした言葉で、アルノーは頷く。
そこまで言われてしまえば、ララも素直に受け取ることにした。
「……けどそうねぇ、流石に全部かっさらうのもアレよね」
そういって、ララは炉の中の装甲板に手を伸ばす。
白い光が彼女の細い腕をさざ波の様に走り、装甲板の銀の輝きの中へと溶ける。
それは波紋のように広がり、やがて滴のように一欠片が剥落する。
ララは手のひらを広げ、その上に金属の欠片を載せた。
三人の注目が集まる中で、金属は独りでに動く。
粘土のように緩やかに変形するその様を、アルノーは恍惚とした目で見ていた。
「これはアルノーにあげるわ」
そういって、ララは手を差し出す。
握られているのは、銀に光る短剣だ。
装飾らしい装飾もない、ただ柄と鍔と刃があるだけの簡素なものだ。
しかしその刃は何よりも鋭利で、何よりも強い。
それは同じ金属で作られた鞘に収まって、静かに佇んでいる。
「いいのか?」
「ええ。今まで守ってきてくれて、ありがとう」
「……ありがとう。大切にするよ」
剣を抱き、アルノーはうずくまるように頭を下げる。
「何代も前からアルノーの家が受け継いできた代物を、何でララが知ってるんだ……?」
目の前で起きた珍妙な出来事に、イールは首を傾げる。
三人の中でもっとも若いララの姿を考えると、どうにも辻褄があわない。
「けれど、こう目の前であっさり奇跡みたいな出来事を見せられると、反論も中々できませんね」
イールの隣にたったロミが、困ったように続ける。
「以前ララさんはずっと眠っていたとか仰っていましたし、色々事情があるんでしょうか」
「そういえば初めて会ったときもなんか様子はおかしかったな」
「どういう感じだったんですか?」
「なんというか、世間知らずで破天荒なお嬢様って感じだったな」
「……今も大体そんな感じですね」
「まあ、それほど時間もたってないしな」
「後ろで二人して言いたい放題ね!?」
意識しなくても聞こえる言葉の数々に、ララは拗ねて足踏みする。
そんな彼女を見ていると、どうにも不思議な気分に陥るのだった。
「……イール、剣を貸せ」
唐突にアルノーがイールに言う。
「え?」
「修理して欲しいんだろう? アンタは十分驚くようなモンを持ってきてくれたからな」
そう言ってアルノーは手を出す。
言葉の意味するところを理解したイールは、ぱっと花の咲いたような笑顔を浮かべた。
「ありがとう! やっぱり持つべき物は友達だな!」
イールは飛び上がらんばかりに喜ぶと、ララの頭を抱きしめる。
感極まった彼女の腕が、ララの首に決まる。
「あがががが!? ちょ、イール、首、首極まってる!」
大きく柔らかな二つの感触を後頭部に感じながら、ギリギリと締め上げられる首に命の危険も感じてララは必死に腕をたたく。
そんな様子を、ロミは羨ましそうに見ていた。




