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第六十話「ほら、梳かすから櫛貸して」

昨日投稿した第59話は、その日の21時頃に加筆修正しております。

 翌日、ララがベッドの上で目を覚ます。

 ハギルの山頂から吹き下ろす爽やかな風が窓の隙間から部屋の中へ忍び込む。

 穏やかな吐息を吐いて胸を上下させるロミとイールはシーツにぎゅっと包まっていた。


「わふぅ……。んぅぅ、いい天気ね」


 そっと足音を忍ばせて窓に近づき、ララは固まった背筋を伸ばす。

 ガラスの向こう側には、まばらに純白の綿雲が散る青空が広がっている。

 その下にはもくもくと黒煙を吐き出す細長い煙突も見える。


「さて、顔を洗ってきましょうか」


 ララは荷物の中から乾いたタオルを取って、ゆっくりと部屋を出た。



「ん、おはよう」

「おはよ。って、毎朝すごい髪の毛ね……」


 井戸の冷たい地下水で顔を洗い、さっぱりとした顔で戻ってきたララを出迎えたのは、赤髪を爆発させたイールだ。

 まるでライオンのたてがみみたいだと、ララは苦笑する。

 イールはまだ完全に覚醒しきっていないのか、ぼんやりと彼女を見ていた。

 野営の時は常に気を張って、目覚めてすぐに臨戦態勢に移れるほどのイールも、安全な宿屋ではこのだらけ具合である。


「とりあえず着替える……というか服を着てちょうだい」

「ん、分かった」


 もはや安定の一糸纏わぬイールの姿に、ララはもう慣れていた。

 落ち着いた彼女の指示に従い、イールはのそのそと服を着始める。

 柔らかく着やすい綿の服を纏い、イールは大きな欠伸を一つ吐き出した。


「ほら、梳かすから櫛貸して」

「ああ……。よろしく」


 ララはイールをベッドの縁に座らせると、彼女の後ろに膝立ちになってゆっくりと櫛を滑らせる。

 一撫でするごとに艶を増し、すらりと纏まっていく滑らかな髪質は、同性のララでも見惚れる美しさだ。


「ちょっと長くなってきたかしら?」

「そうか? ずっと伸ばしてきたから、今更多少伸びたところであまり変わらないけどな」


 赤い毛先をつまむララに、イールは前髪を覗きながら答えた。

 眠気も取れてきたのか言葉がはっきりとしている。


「さて、今日はどうしようかしら」


 赤髪をざっくりと手で束ねながら、ララは声を弾ませて言う。

 ヤルダでイールの髪を編み始めて以来、毎朝のようにララは彼女の髪を纏める役を担っていた。

 イールの髪は腰に達するほど長く、それ故にララも毎朝どんな編み方を試そうかと密かに楽しみにしているのだ。


「毎日違った編み方をするけど、よくそんなに知ってるな」


 呆れるような、感心するような声色で、イールが言う。

 そんな彼女もララの手先の器用さには一目置いており、今では彼女に全幅の信頼を置いて髪を任せている。


「編み物とか縫い物とか、そういうちまちました作業が好きなのよね。一時期は色々作って売り捌いてたこともあるわ」

「商魂たくましいな……」


 何気なく言うララに、イールは目を細める。

 ララは今日のイールの髪型を決めたようで、さらさらと束を作り始めた。

 鮮やかな手つきでゆるい三つ編みを作り、さらさらと纏めていく。


「こんなものかしら」


 ぽんとイールの肩に手を置いて、ララが誇らしげに言う。

 編み込みで髪を纏め、ポニーテールでうなじを見せる、すっきりとした髪型である。


「んー、首が寒いな」

「そう? ならポニーテールは解こうか?」

「いや、ちょっと新鮮だっただけだ。これがいい」


 後ろからのぞき込むララに首を振って、イールはポニーテールの先を撫でる。

 その満足そうな横顔を見て、ララも自然と口元を緩めた。


「じゃ、そろそろそこの寝ぼすけも起こしましょうか」

「そうだな。しかし、よく寝るな……」


 イールの身支度もすんだところで、二人は未だすやすやと眠る金髪少女の枕元に立つ。

 視線を合わせ、どちらともなく頷く。

 二人の顔には、黒い笑みが浮かんでいた。


「せーのっ!!」


 黄色い悲鳴が響く、数秒前である。



「ぐすっ……。もう少し平和的に起こしてくれないんですか」

「多少揺らしても起きないじゃないか」

「嫌なら自分でちゃんと起きることね」

「うぅ、二人が辛辣です……」


 涙目になりながら寝間着から着替え、ロミは唇をとがらせる。

 冷たくあしらう二人に、彼女は恨みがましい視線を送っていた。


「それで、とりあえずこの後はエメンタールさんの所へ行くのよね」

「ああ。クッカの仕入れに付いていく。その後は宿に戻らず町に出る予定だ」

「それならお財布持って行かないとだね」


 ララはポーチを腰に巻き付け荷物を確認する。

 イールとロミも各自の荷物を整え、三人の準備が終わると部屋を出た。


「おはよう。朝ごはんもできてるわよ」

「おはよう。わ、おいしそうね」

「温泉卵も付いてるな」


 三人がロビーに顔を出すと、既にリルが朝食を準備して待ち構えていた。

 今日のメニューは、グリーンサラダと白身魚のフライ、それとララが教えた温泉卵だ。


「ハギルでお魚が出るのは珍しいんじゃないでしょうか」


 テーブルにつきながらロミが言うと、リルも頷く。


「昨日の市でクッカが仕入れてきたのよ。水冷魔法を使える魔法使いを雇った行商隊が来てたらしくて、新鮮な魚が手に入ったの」


 どうやらクッカはエメンタールの牧場にヒージャ肉を仕入れに行くだけでなく、町の市場にも赴き色々な食材を集めているようだ。

 その目利きは母親であるリルも一目置く物があるらしく、今では宿の食材の全てを任されているのだという。


「まあ、冷めないうちにどうぞ」

「ありがとう。いただきます!」


 リルに促され、ララはぱちんと手を打つ。

 そして、懐から箸を取り出すと、器用に使って食べ始めた。


「あら、変わった道具を使うのね」

「そういえばここで使うのは初めてだったかな。お箸って言うのよ」


 見慣れない二本の棒を使うララを、リルは驚いて見る。

 彼女の大振りな反応に、ララは少し誇らしげである。


「慣れればナイフやフォークより使いやすいし、手入れも簡単よ」

「慣れるまでが大変みたいだけどな」


 以前、一度だけ箸を握ったイールが突っ込む。

 慣れない箸は動きがおぼつかず、禄に物も掴めなかった。

 それはともかく、ララは目の前の食事に向き直る。

 さっくりきつね色の衣を纏うフライを掴み、口に運ぶ。


「ん~~! おいしい! ……けどこの味、どこかで」

「これ、ウォーキングフィッシュだな」

「……あれかぁ」


 一足先に味を確かめたイールの言葉に、ララは脱力する。

 ビジュアルがアレなウォーキングフィッシュも、味はいいのだ。


「ララさんはウォーキングフィッシュ苦手なんですか?」

「味は好きよ。けどどうしてもあの姿がフラッシュバックしちゃって」

「えー、あの足が可愛いんじゃないですか」

「ええ……」


 パクパクとテンポよくフライを口に運び、ロミが言う。

 この子も少しズレてるところがあるな、とララは心の中で思った。


「ウォーキングフィッシュは一匹から沢山魚肉が取れるし、日持ちもしやすいから安いし人気なのよ」

「理屈は分かるわ。願わくばあの姿を記憶から消したい……」


 魚のいないハギルでは、魚肉の需要は全て行商隊がもたらす輸入品によって支えられている。

 各地から集まるいくつかの魚種の中でもっとも価格と味のバランスが良く主婦層にも人気なのが、このウォーキングフィッシュなのだった。


「味はいいのよねぇ。……ん、ごちそうさま!」


 なんやかんやと言いつつも、しっかりと完食し、ララは立ち上がる。

 食器を纏めてリツに渡し、二人を待つ。

 その彼女たちもすぐに食べ終わった。


「ふう。おいしかった」

「デルさんってほんとに料理がお上手ですよねぇ」


 ついつい食べ過ぎてしまいます、と膨れた腹をさすりながらロミが言う。

 丁寧に作られたデルの料理は、都会育ちの彼女の舌も唸らせる。


「姉ちゃんたち、おはよ!」


 三人が一息ついていると、リュックを背負ったクッカがやってくる。

 朝から元気な彼は、すでに出かける準備も万端なようだった。


「おはようクッカ。もう出発?」

「ああ。早く行かないと牧場に迷惑掛けるからな」

「メリィちゃんにも早く会いたいしね」

「ななな、なんのことだよ!?」


 おどけて言うララの言葉に、クッカは分かりやすいほどに頬を赤らめて応える。

 初々しい少年に、三人は自然と笑みを浮かべていた。

 見れば、カウンターに立っているリルも知っているのか、微笑ましそうに息子を見ていた。


「ほ、ほら、さっさと行くぞ!」


 そんな母親の視線には気が付かず、クッカは勇み足で宿屋を飛び出す。

 彼を追いかけ、三人はリルに見送られながら翡翠屋を出発した。

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