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第五十九話「あっ今適当に流したわね!?」

「まさか……ララが教授だったとはな……」

「そんなに驚く事かしら!? この私からにじみ出る、隠しきれない知性を感じれば納得でしょ?」

「何を言ってるんだお前は」

「ひっどーい!」


 真面目に驚くイールに、ララは頬を膨らませて噛みつく。

 驚いているのはイールだけではない。

 ロミは唖然として反応がないし、ペンダントからは狼狽える声が聞こえる。

 まるで天変地異が起こったかのような反応に、ララはぷんすかと煙を出した。


「け、けどララさんってまだお若いですよね? なんで教授に……」


 はっと正気を取り戻したロミが、ララに尋ねる。

 ララはまだ十八歳で、流石に若すぎる。


「中学は行かずに高校に飛び級して、大学は二年で生徒席から教壇に変わったわ」

「うーん、いまいちララさんの所の教育システムがよく分かりませんが……。なんだかすごい波瀾万丈な人生みたいですね」

「中学行かない子は結構いたわよ? 何せ義務教育は数分あれば終わるから、あとはどれだけ純粋無垢な一般人に擬態できるかよ」

「擬態ってなんだよ……」


 何のことなしにララは言い放つ。

 超科学の塊である学習装置を使えば頭の中に直接基礎的な教養を刻み込むことができる彼女の世界では、学校とはどれだけ同世代の仲間と円滑な人間関係を築けるかを試される場所である。

 保守的で、変化や個性を許さないララの星の小中学校のことを知らなければ、イールが呆れるのも当然だった。


「まあ、それはどうでもいいのよ。とにかく私は専門外だから、特に教えられるようなことはないわね。多分、テトルの方が詳しいことも多いはずよ」

「う、そうですか……。いえ、ありがとうございます。何でもお姉さまに頼ってばかりではいけませんわね。これらは私たち『壁の中の花園』の問題ですもの」

「その意気で頑張ってちょうだい」


 ぎゅっと拳を握って決意を新たにするテトルをペンダント越しに感じ、ララが激励する。

 そうして、テトルたちが村に着いてからまた連絡するということで算段をとり、通信を終えた。


「ふう。テトルも元気そうでよかったわね」

「ああ。と言ってもあいつは昔から病気なんて殆ど罹ってなかったと思うが」


 ペンダントを閉じながらイールが苦笑していう。

 幼い頃から変わらず元気な彼女が床に伏せっている姿を、イールはそれほど鮮明に記憶していない。

 いつも嬉しそうに自分の後ろをついて回っていた妹のことを思い出し、彼女は口元に優しい笑みを浮かべた。


「そういえば、明日は何か予定があるの?」


 先の会話の内容で、イールがテトルに村へ向かうのは明後日にしてくれと頼んだことを思い出し、ララが尋ねる。

 そういえばララには知らせていなかったかと、イールは手を打つ。


「明日、町の偏屈爺に剣の手入れを頼もうかと思っててな。奴を吃驚させるような物を見せないといけないんだ」

「へぇ。なんだか面白そうね」


 温泉卵を試行錯誤して作っていた間にそんな面白いことがあったのかと、ララは少し悔しそうに口をとがらせる。

 そんな彼女の白い髪をぽんぽんと叩き、イールが言った。


「そうだ。ララも明日一緒にくるか?」

「え、いいの?」

「別にいいさ。何ならロミも合わせて三人で行こう」

「いいんですか!? 少し気になってたんですよ」


 イールの誘いに、ロミはすぐに乗る。

 神官服の裾を揺らして軽く跳ぶように喜ぶ彼女は、まるでウサギのようだ。


「ララはどうする?」

「もちろん付いていくわ!」


 向けられた視線に、ララははっきりと答えた。


「っと、そろそろロビーに行こうか。いい時間だし、夕飯にしよう」


 窓の外の赤く迫るハギルの尾根を見て、イールが言う。

 気が付けば時間が経っていて、町の方では鍛冶場の黒煙に紛れて釜の湯気が立ち上っている。

 三人が連れ立ってロビーへ向かうと、すでにリルがカウンターに立って待っていた。


「あら、エメンタールさんとのお話はどうだった?」

「ひとまず明日連絡して、明後日また会うことになったよ。どうやらもう一仕事残っているみたいだ」


 カウンターから頭を覗かせるリルに、イールは手短に話す。

 リルは頬に手を当てて聞く。


「なんだか大変みたいね。とりあえず、何か食べる?」

「ああ。あたしは何でもいいが……」


 イールがちらりと背後の二人を見る。

 ロミはイールと同じく特に意見はないようで、首を軽く振る。

 対してララは手を真っ直ぐに上げて主張していた。


「はいはい! 私、何かがっつりと食べたいわ。朝ごはん以来温泉卵しか食べて無くて……」

「あらあら。言ってくれたらお昼ご飯も作ったのに」

「温泉卵作りに熱中してて忘れてたの」


 目を丸くして驚くリルに、ララはしょんぼりと肩を落として言う。

 丁度よく、彼女の腹の虫がくきゅぅ、と悲しげに訴えた。

 素直なその声にその場にいた三人が口元を隠し、ララは俯いて赤面した。


「それじゃあデルに頼んで、何か作るわね。適当なテーブルで待っててちょうだい」

「ええ。ありがとう」


 ララがお礼を言うと、リルはいいのよとにこやかに手を振って奥の厨房に向かった。

 残った三人はカウンターに近いテーブルを囲み、一回り小さな椅子に腰掛けた。


「しかし、ララが食事を忘れるなんてな」

「なんだかすごく珍しい気がしますね」

「もー、二人してちょっとひどくないかな!?」

「普段三人の中で一番食べておいてよく言うよ」

「うぐっ……、それは、ナノマシンのせいで……」

「はいはいナノマシンナノマシン」

「あっ今適当に流したわね!?」


 髪を揺らしてイールに向かって突撃するララ。

 イールは難なく彼女の顔面を手で押さえる。

 致命的な腕の長さの違いから、ララは彼女に一発当てることすらできない。


「この二人は、いつまでもいつも通りな気がしますね……」


 そんな二人の様子を、ロミは呆れたように見ていた。


「二人とも仲がいいわねぇ。はい、デル特製のヒージャバーガーよ」


 厨房からリルが戻ってきたのは、存外早かった。

 彼女はテーブルの上に大皿を置くと、じゃれ合うララとイールを見て口元を綻ばせる。

 デルが用意してくれた夕飯は、ララの意見を反映したヒージャの肉を使った料理だった。


「わあ、ハンバーガーね!」


 ララはリルが持ってきたそのヒージャバーガーを見るや瞳を輝かせる。

 特性のタレに漬けて焼いたヒージャの厚切りベーコンを、サクサクとしたパンに挟んだハンバーガーである。

 彼女は早速、一際大きなバンズを手に持って思い切り口を開ける。

 チーズや新鮮な野菜と共にほおばるそれは、がっつりとパンチの効いた味だ。


「うーん、私このヒージャのお肉大好き! そんなに脂っこくないからいくらでも食べられる気がするわ」


 ララは頬をハムスターの様に膨らませ、至福の表情である。

 空腹は最高の調味料ということもあり、彼女が両手でしっかりと持ったパンは瞬く間に消え去っていく。

 そんな面白い光景を後目に、イールとロミは落ち着いてゆっくりと食事を楽しんでいた。


「昼をしっかり食べたから、少し量が多いかもしれませんね」


 小さめのパンを手にとって、ロミが言う。

 リルは大きな皿にいくつかの大きさのハンバーガーを載せて持ってきており、それぞれが微妙に具の違うものだ。

 ララの頬張る一番大きなパンにはヒージャとチーズとトマトと葉野菜というバラエティ豊かな具材が挟まれているのに対して、ロミが可愛らしい歯形を付けるパンにはミンチにしたヒージャのパティとチーズが挟まれているシンプルなものだ。

 表面をこんがりと焼かれたパティは、中にたっぷりと肉汁を秘めている。

 ロミがひとたび噛みつけば、じゅわりと中の熱い肉汁が流れ出す。

 彼女は舌を火傷しそうになりながら、はふはふと熱い吐息を漏らした。


「そういえば、二人は町で随分楽しんできたみたいね? お昼はなにを食べたの?」

「ピザと石炭焼きという小芋を焼いたお料理を頂きましたよ」

「うわぁ、おいしそうね! 私もついて行けば良かった」


 ロミの話を聞いて、ララは心底残念そうに言う。

 思えば彼女はまだハギルに着いてから翡翠屋以外で食事を摂っていない。


「それなら、明日は町で一緒に何か食べよう」

「それはいいわね! イールもたまには良いこと言うのねぇ……いだっ!?」

「たまにはとは失礼だな。つい手が滑ってしまった」

「今完全に故意で殴ったでしょ!?」


 殴られた頭頂部を片手で押さえ、ララが涙目で訴える。

 イールは悠々とそれを無視してパンをちぎって口に運んでいる。

 彼女の食べるヒージャバーガーには、ヒージャのパティと薄く切られた固ゆで卵が挟まれている。


「……それも美味しそうね」


 目を三角にして威嚇していたララは、イールの手に収まったパンを見てころりと機嫌を直す。

 まだ食事は始まったばかり、空腹の満たされない彼女にとっては美味しいものを楽しむ事こそが最優先事項なのだった。

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