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第五十六話「ね、いいよね?」

 イールの手のひらに乗せられた白い結晶。

 通常の塩よりも粒が粗く、うっすらとピンクがかっている。

 ハギルの山で産出するこの岩塩は、ハギルの隠れた名物として知られていた。


「へぇ、ハギルって岩塩も採れるのね」

「産出する場所はハギルの町から少し離れた場所らしいがな。まあでも、ハギル山脈で掘り出されたのは事実だぞ」


 ララはイールの手のひらをのぞき込んで目を見張る。

 イールは少し得意げに、胸を張って答えた。


「それじゃあ早速使わせて貰うわね」

「ああ。袋ごとあげるから、全部使ってくれ」


 イールはそう言うと、気前よく袋ごとララの手に落とす。

 ララは両手で受け取ると、早速ひとつまみを持っていた卵に振りかける。


「はい。これイールのぶんね。ロミのぶんも取ってくるわ」


 そう言って卵をイールに渡し、ロミと自分の食べる二つも持ってくる。

 それらも同様にナノマシンを使って殻を切り、そこにハギル岩塩を少しだけ振りかける。

 ロミにも卵を渡し、ララは全員に行き渡ったことを確認する。


「それじゃ、記念すべき温泉卵試食会、しましょう!」

「お、おー」


 そう言って、ララが卵を掲げる。

 戸惑いながらも二人もそれに続き、三つの卵が頭上に並ぶ。

 彼女たちは殻を崩し、あるいはそのまま傾けて、思い思いの方法で温泉卵を口に運ぶ。


「ん~、ちゃんとしっかり温泉卵ね! さすが私!」


 ララは両目をぎゅっと閉じて自画自賛する。

 ナノマシンを最大限駆使して作られたこの温泉卵は、彼女のお眼鏡に適うものだった。

 その横では、イールとロミが驚いたように顔を見合わせていた。


「おいしい……。不思議な食感だけどな」

「白身がとろとろしてて、中の黄身の方が固いですね。それに、岩塩が少し加わることでほのかに甘くなってます」


 イールは豪快に半分ほどを、ロミは品良く少しずつ口にする。

 初めて食べる不思議な卵を二人は気に入ったようだった。


「どう? おいしいでしょ?」


 ララが二人をのぞき込み、どうだと言わんばかりに顔をにやつかせる。


「ああ。ただ、これ単体だとちょっと物足りない気がする」

「そうですか? わたしはこれだけでも十分な気が……」

「サラダなんかに添えてもいいのよ? 主役も張れるし、名脇役にもなれるオールラウンダーなのよ」


 イールはララの言葉に感心して相槌を打つ。

 確かにこのしつこくはないが濃厚な黄身などは新鮮な野菜のサラダに合うだろう。


「そろそろ残りも完成するし、リルたちにも持って行きましょう」


 ララは茹でていた卵の状態を確認しに戻り、全てがほどよく完成しているのを見て籠にあげる。

 それを抱えて、彼女はイールとロミと共に浴場を出た。

 三人がロビーに入ると、カウンターには相変わらず暇そうなリルが立っている。

 彼女はロミが卵を抱えているのを見て、おおよそ悟ったらしい。


「あら、上手くできたのね?」

「ええ。是非一つ食べてみて」

「それなら、クッカとデルも呼んでこようかしら」


 少し待っててね、とリルは三人に断り、奥の部屋に姿を消す。


「デルさんって人見知りよね? 出てきてくれるのかしら」


 ララは今朝出会った親切で寡黙なドワーフを思い出し、首をかしげる。

 極度の人見知りだという彼が、果たして人前に現れるだろうか。


「ララはデルにあったことあるのか?」

「ええ。今朝顔を洗いに井戸に行ったとき、タオルを貸して貰ったの」

「そうだったんですか。……昨日のお料理はおいしかったですね」


 ロミは昨夜のヒージャ料理を思い出したのか、にへらと頬を緩める。

 案外ロミも食いしん坊なのかとララは思ったが、それを口に出すことはなかった。


「わあ! 卵だ!」

「あらクッカ。こんにちは」


 宿のドアが開き、濃茶の髪が覗く。

 クッカは翡翠色の目を輝かせると、テーブルまで駆け寄ってくる。


「これがねーちゃんの言ってた温泉卵か?」

「そうよ。一つどうぞ」


 そう言って、ララは卵を一つクッカに手渡す。

 さりげなくナノマシンを使って割れやすくヒビを入れるのも忘れない。


「うおーー! すっげー!」


 クッカは殻の中に収まった不定形の卵を見て声を上げる。


「これ、生じゃないのか?」

「ちゃんと火は通ってるわよ。害になりそうな菌も見えないし。あ、これ掛けて食べてね」


 そう言って、ララは懐から取り出した岩塩を振りかける。

 キラキラと輝く岩塩に、クッカはまた大きな声を上げる。


「じゃあ、いただきます! ――うめえええ!」


 クッカは男らしく卵を一気にあおり、驚きの声を上げる。


「なんでこんなにハイテンションなんだろ」


 ララは岩塩の入った袋を持ったまま苦笑いだ。

 若さ故のエネルギーの暴走なのか、単純に彼の性格なのか。

 おそらくは後者だろうとララは思った。


「お待たせ。デルも引き摺ってきたわよ」


 クッカがうまいうまいと連呼しているところへ、リルが戻ってくる。

 その手には太い腕ががっしりと捕まれており、涙目のデルが必死に物陰に隠れようとしていた。

 予想通りと言えば予想通りな展開に、ララも笑うしかない。


「あの人がデルっていうのか?」


 そっと後ろからイールが尋ねる。

 ララが頷くと、彼女はほぅ、と小さく声を漏らした。


「えっと、とりあえずこれが温泉卵よ。ぜひ食べてみて」


 そう言って、ララは殻を割った温泉卵に塩を振って二人に渡す。

 二人は不思議そうにそれをのぞき込み、首をかしげた。


「これ、生じゃないのかしら?」

「あはは、ちゃんと火は通ってるから大丈夫よ。そういう料理なの」

「そうだったの。不思議な卵ねぇ」


 角度を変えてのぞき込みながら、リルが言う。

 やはり、温泉卵はあまり知られていない料理なのだろう。

 少し不安げだった二人は、しかし絶賛するクッカを見て覚悟を決めたようだった。

 そっと顔を見合わせ、恐る恐る口を付ける。

 そうして、かっと目を見開いた。


「すごい! とってもおいしいわ!」

「……!」


 リルの感想に、デルも大きく首を振って同意する。

 彼は料理人の血が騒ぐのか、熱心に卵を観察していた。


「しかしララはよくこんな料理を知ってたわね」

「あはは。私も漠然としか知らなかったからちょっとずつ調べながら作ったの」


 感心するリルに、ララは手を振って謙遜する。

 調べながらとはいえナノマシンを使った疑似透視を活用していたため大きな失敗をしたわけではないが、理想的な固さの卵を目指していくつかを試作品に費やしていた。


「あ、そうだ。もしよければの話なんだけど」


 ララがぽんと手を打って、リルに話しかける。


「温泉卵のレシピ教えてもいいわよ?」

「ええ!? ほ、ほんとにいいの? これだけですっごく儲かると思うんだけど」


 ララの申し出に、リルは飛び上がって驚く。

 傍らのデルも思わず固まり、錆びたネジの様に首を回す。

 クッカはよく分からないのかきょとんとしていた。


「私だけがレシピを持ってても、そもそも私は旅の身だしね」


 有効活用してくれるのなら喜んで渡す、とララは言う。

 リルは本当にいいのかい? と何度も尋ね、そのたびにララはしっかりと頷いた。


「ね、いいよね?」


 ララが背後の二人に同意を求めると、二人は呆れたような笑みで頷く。


「あたしがどうこういうもんでもないだろうさ」

「わたしが開発したものでもないですし、ララさんの思い一つだと思いますよ」

「ま、私も一番最初に温泉卵を開発したワケじゃないし……」


 そう言って、ララは残りの温泉卵が入った籠をリルに渡す。


「レシピは後で紙に纏めておくわね。温泉卵は汎用性が高いから、色々な料理に合わせてみるのもいいわよ」

「ありがとう。この宿にまた名物ができちゃうわね」


 リルは目端に滴を浮かべ、笑顔で言う。

 その横では、デルが声も発さずに号泣していた。


「有効活用して、ぜひ温泉卵を沢山の人に布教してね」

「ええ。このハギルは鍛冶と温泉と温泉卵の町にするわよ!」


 リルは気勢良くそう宣言した。

 そのとき、突然宿屋のドアが開く。


「こ、こんにちは……」


 おどおどとした声と共にやって来たのは、今朝と同じオーバーオール姿の牧場主、エメンタールだった。

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