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第五十五話「温泉卵よ」

 ピザは見た目通り、予想通りの味だった。

 黄金色の濃厚なチーズの上に並ぶベーコンは香辛料がよく効いていて、野菜の甘さが引き立つ。

 薄いクラストはこんがりと焼き上げられ、サクサクとした食感だ。

 八つのピースに切り分けられたそれは、さほど時間を経ずに無くなった。


「さすが地元の神官が推すだけあって、おいしいな」

「ですねぇ。特にチーズがおいしいです」


 満足げに空の皿を見ながらイールが言うと、ロミもまた膨れた腹をさすって答える。

 チーズは数種類の物が使われているらしく、味に深みがでていた。

 先日のチーズフォンデュとはまた別の、ピザの為だけに特化したチーズに、ロミは舌鼓を打つ。


「石炭焼きも案外おいしかったな」

「そうですね。柔らかくてほくほくしてて、それに甘いです」


 籠に入った石炭焼きの黒々としているのを見ながら言う。

 分厚い皮にナイフを入れると、まるで服を脱ぐかのようにするりと剥ける。

 その中から現れるのは薄いオレンジ色の柔らかいデンプン質だ。

 バターをほんの少し付けて食べると、芋特有の優しい甘さが塩味によって引き立てられる。

 皮が付いているためなのか、ゆっくりと食べても皮を剥くまでは驚くほどに熱い。


「はじめはちょっとびっくりしましたけど、わたしこういうのも好きですね」


 新たな一個を手に取りつつ、ロミが言う。

 気まぐれに頼んだ料理だったが、思わぬ収穫だった。


「それで、ロミ」

「はい? なんでしょうか」


 おもむろに話しかけるイールに、ロミは手を止めて首をかしげる。

 彼女の様子に、イールはきょとんとした。


「えっと、明日そのドワーフのじいさんに持って行くものなんだが……」

「……あっ」

「おまえ、今絶対忘れてただろ」

「そそ、そんなことありませんよ! あ、あははは」

「そう言うならあたしの目を見ろ。ほら!」


 焦った声で笑いながら、ロミがさっとそっぽを向く。

 イールは目を逆三角にして、じっと彼女を見た。

 とはいえ、ずっとこうしていても進まないので、イールは小さくため息をついて続けた。


「あの偏屈爺のことだ、宝石なんか見せたって投げられる。何か珍しい物はないか」

「……えっと、失礼だったら申し訳ないのですが」


 声を抑えて言うロミに、イールは頷く。


「イールさんの右腕って、かなり珍しいのでは?」

「ああ、それもそうだな。確かに他に見たことはないが」

「まあ人に無闇に見せるようなものでもないですよね。ごめんなさい」

「いや、大丈夫。……そうだな、これを見せてみるか」


 イールは自分の右腕を見て、数度頷く。

 彼女にとっては当たり前の物すぎて気が付かなかったが、そういえばこの腕は彼女自身も他に見たことのない代物だった。

 なるほどコレならいけそうだ、とイールは笑みを深める。


「自分で言っておいてアレなんですが、本当に見せてもいいんでしょうか」

「別に減るもんでもないさ。流石に鱗剥がされたりされると困るが」

「あはは……。そんなことするのは学院くらいですよ」


 頬を掻いて気前よく言うイールに、ロミは苦笑いで答える。

 キア・クルミナ教の直下にある学院の半分狂ったような学者たちの手に掛かれば、イールなど珍しい実験材料の提供者にしか見えないことだろう。


「それじゃあ、ひとまず方針は決まりましたか?」

「そうだな。ありがとう」


 ロミが最後の石炭焼きを口に入れ、飲み込む。

 テーブルの上が空になったところで、二人は店を出ることにした。

 ウェイトレスを呼んで代金を支払うと、連れだって外に出る。


「わ、まぶしい」


 頭上から容赦なく降り注ぐ光に、ロミが思わず目を細める。

 至る所砂煙が舞い、歩く人々も皆項垂れている。


「随分と熱くなってきたね」


 目の上に手をかざし、イールが言う。

 昼下がりのハギルは春の半ばでも随分と日の光が強い。


「そうだロミ、少し市場(マーケット)に寄っていこう」

「市場ですか。何か買うんですか?」

「ああ。ちょっとね」


 口角を上げて言うイールに、ロミは鳶色の目を瞬かせた。

 ハギルの町の中心には、広い空間がある。

 ハギルを治める領主の館の眼前に広がる石畳の広場である。

 イールたちが待ち合わせに使った小さな広場をそのまま大きくしたような場所で、中央に置かれたとあるドワーフと人間の彫像を中心にして円形に広がっている。


「やはりというか、すごい人の数ですね……」


 広場の入り口に立ち、ロミが圧倒されて言う。

 この中央広場は商人や農家が自由に露天を広げることのできる市場として利用されていた。

 遠方から珍味珍物を持ってやって来た行商人や、近隣の農村からやって来た農家、手製の金属製品を売る地元の鍛冶師も多くいる。

 彼らの殆どは色とりどりのテントを立てて、そこで商品を並べる。

 窃盗対策や客にテントの色で自分の店を覚えて貰う等の意図があるのだが、それらを一歩下がってみてみれば、まさに混沌とした極彩色の坩堝である。


「武器を仕入れに来る行商人が領主に掛け合って市を開いたのが始まりらしい。遠方で珍しい物を仕入れてここで売って、更にここで武器や防具を仕入れて遠方で売るって寸法だ」

「うまいこと考えますよね。したたかというか」


 感心して言うロミに、イールは頷く。

 どこの世界でも、商人という生き物は並の人間では務まらないほどにしたたかで強欲で、物事を転がすのが上手い。


「それで、何を買うんですか?」

「ああ。まあ、ちょっとな」


 投げかけられた素朴な疑問に、イールは茶目っ気のある笑みで答える。

 そうして、彼女はうねるような人の海の中へと飛び込んでいった。



 イールとロミが翡翠屋の戻ると、カウンターに立っていたリルが二人をにこやかに迎える。

 そして、イールが背負うパンパンに膨れたリュックを見て首をかしげた。


「おかえり。楽しんできたかしら?」

「ああ。昔と違って、随分人も多くなったな」

「ここ数年で急に増えたのよ。ヒージャを飼い始めてから食料の心配があまりなくなったからかしらね」


 なんにせよ活気付くのはいいことだわ、とリルは頬に手を当てて言う。

 リュックの中身については、特に言及はしなかった。

 そうして、イールとロミは荷物を置くため部屋に戻る。


「ふぅ、重かった。結構色々買いましたね」

「思ったよりすぐに見つかったから、調子に乗って買いすぎたかもしれないな」


 部屋の床にリュックを置くと、どすんと重い音がする。

 中を開けると、小瓶に入ってコルクで閉じられた塩や胡椒など、様々な香辛料が入っていた。


「それで、こんなにたくさん香辛料を買ってどうするんですか?」

「野営の時に使うのが少なくなってきたのと、いざという時の換金用かな」


 床に小瓶を並べつつ、イールが答える。

 料理をするにはこういったものが必須になる。

 また、香辛料はさほど嵩張らない上に比較的どの町でも高く売れるため、イールは常に一定の金を香辛料に換えて持ち歩いていた。


「ただ換金するだけなら宝石とかでもいいんだが、ていうか劣化しない分そっちの方が普通なんだが、香辛料もある程度日持ちするし何より食べられる」


 ちょっとした薬にもなるしな、と整理しながらイールは言った。

 ロミはその言葉を聞いて納得したようで、ふむふむと頷く。


「よし、それじゃあララのとこに行こうか」

「そうですね。そろそろ出来上がってるでしょうか?」


 瓶をすべて出したリュックを背負い、イールが言う。

 リュックはまだ何かが入っているらしく、ずしりとした重量感だ。

 香辛料の瓶を備え付けのカギのかかる箱にしまい、二人はロビーに向かう。

 ロビーのカウンターでは、リルが暇そうに欠伸をしていた。


「すみません。ララってどこにいるか分かりますか?」

「ララならまだ浴場にいるんじゃないかしら」

「ありがとうございます」


 ロミはリルにぺこりと頭を下げる。

 二人は連れ立って浴場に向かい、脱衣所の扉を開く。


「さて、ララの成果はどんなもんかな」


 脱衣所を通り過ぎ、二人はそっと露天風呂に入る。

 もうもうと湯気の立つそこで、果たしてララはせかせかと動き回っていた。

 彼女は音もなく入ってきたイール達に気が付き、ぱっと顔を向ける。


「あら、おかえりなさい」

「……なんで気が付いたんだ」

「相変わらずすごいですね」


 完全に気配を殺していたと思っていたイールがげんなりして言う。

 その隣のロミが額に浮かべた汗は、ただ暑さの為だけではないだろう。


「それで、進捗はどうだ?」


 イールの質問に、ララはぱっと瞳を輝かせる。

 よくぞ聞いたとばかりに笑みを深め、彼女は傍らの籠に置いた卵の一つを掴んだ。


「うふふー。私の持ちうる全ての全力を尽くして、最高の温泉卵ができたのよ!」


 そう言って、彼女は卵を掲げる。

 一瞬青白い光が殻を一閃したかと思うと、ゆっくりと卵の上三分の一ほどが開く。


「……なんというナノマシンの無駄遣いだ」


 すっぱりと綺麗に切断され、一部のゆがみもない殻を見てイールが呆れる。

 そんな言葉は耳に届かないのか、ララはそっと卵を差し出した。


「ほら! すごいでしょ?」


 そこに収まっているのは、とろりとした白身とねっとりと固まった黄身。

 まさしくララの思い描く温泉卵である。


「ふわぁ、こんなゆで卵、見たことないです」

「温泉卵よ」

「温泉の湯を使えば、こんなゆで卵ができるんだな」

「温泉卵よ」


 イールとロミはのぞき込み、感嘆の声を上げる。

 それは、彼女たちも初めて見る卵だった。


「ナノマシンによる完璧な温度調整と時間、更には水流操作によって絶えず回転させることで綺麗な球形の黄身を作り上げたわ! 状態は疑似透視による観察で僅かな個体差にも完璧に対応して、まさにこれが理想的なゴッドオブ温泉卵なの!」

「なんかもういっそ清々しいくらいのナノマシン暴投だな」

「なんでこんなに食べ物に情熱を……」


 早口でまくし立てるララを、二人は達観した目で見る。

 そんな様子に、当の本人は一切気が付いていないようだった。


「それで、二人は何しに来たの? 人数分できたら持って行くわよ?」

「ああ、そうだった。ゆで卵と言えば塩だと思ってな」

「ゆで卵じゃなくて温泉卵だけど。それでどうかしたの?」


 イールはリュックをおろし、中に手を突っ込む。

 そうして取り出したのは、布の袋だ。


「もしかして、塩を買ってきてくれたの?」


 首をかしげるララに、イールは誇らしげな笑みを浮かべる。

 彼女は袋の紐を解き、手のひらに中身を出す。


「塩は塩でも只の塩じゃない。ハギルの山で採れた岩塩さ」


 そう言って、彼女はそっと手を差し出した。

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