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第五十三話「お願いだ。何でもするからさ」

 イールとロミはララと別れた後、並んでハギルの斜面を下っていた。

 ある程度舗装されているとは言え、その上から細かい砂利や砂が残る道は足下が不安定になり、自然と二人はゆっくりとした足並みになる。

 葛折りになった道を下ると、眼下に広がっていた町並みが鮮明になる。

 何本も角のように伸びる細い煙突から絶えず黒煙が噴き出し、遠方から槌と鉄を打ち合う音が響く。

 彼女たちが道の終わりにある小さなレンガ敷きの広場にたどり着いたときには、周囲には多くの人であふれかえり、騒々しい音が渦巻いていた。

 広場の隅に並んだ街灯の下に寄り、イールはロミに話しかける。


「神殿での用事はどれくらいかかるんだ?」

「三刻もあれば終わると思います。レイラ様との通信はともかく、武装神官としての役目はそれほど時間のかかるものでもないので」

「そうか……。それじゃあ昼の鐘がなるくらいにまたここで落ち合おう。それで、何か昼食を摂ってしまおうか」

「いいですね。ララさんには少し悪いですけど」


 二人は顔を寄せ合い、いたずらを画策する子供のように笑い合う。

 そうして、またここで会うことを約束して各々の方向へと歩き出した。


「さて、何処行こうかね」


 人の群れに紛れ流されながら、イールはぼんやりと考える。

 彼女が以前立ち寄ったときから見違えるような発展を遂げたこの町では、どこになにがあるのかもさっぱりだった。


「とりあえず鍛冶屋に行って武器を見たいんだが」


 そう言って、彼女は腰に佩いた長い剣の鞘を指先で撫でる。

 彼女が駆け出しの頃、苦労の末に入手した魔獣の素材と希少な金属、それまでこつこつと貯めてきた資金をほぼ全て投入した、まさに血と汗と涙の結晶だ。


「随分長いこと世話になってるから、そろそろ本格的に診て貰わないとな」


 彼女も日々のメンテナンスを怠っている気は無いが、それでも少しずつ綻びは蓄積され、数年もすれば大きな傷となる。

 知らぬうちに広がった傷はある日突然、それも間の悪いことに大体はここぞという時に一気に剣の芯にまで達し、根元からいっそ気持ちいい位ぽっきりと折れてしまうのだ。

 そうならないようにイールは数年おきに鍛冶屋でしっかりと診て貰い、プロによるメンテナンスを施すのだった。


「とりあえず、黒煙を辿っていけばどこかしらには着くだろ」


 そう楽観的な予想の元、イールはふらふらと町の中を彷徨う。

 さすがは鍛冶の町というだけあって、石を投げれば鍛冶屋に当たるのではと思わずにはいられないほどそこかしこに鍛冶屋が店を構えている。

 それは彼女の探す武器を専門に扱う鍛冶屋だけではない、日用品やインゴット、防具、装飾品、工具、中には釘を専門に扱う鍛冶屋などもある。


「武器を打ってる所を探すだけでも一苦労だな」


 どよんとした雰囲気を纏いながら、イールはとぼとぼと町中を歩く。

 数が数だけに、彼女の目当ての店は中々見つからない。

 ようやく武器の並ぶ店を見つけたかと思えば、目を覆いたくなるような粗悪品ばかりが乱雑に置かれた安っぽい店だった。


「いっそそこらの人に聞いた方が早いか?」


 そうは思うものの、皆忙しそうに足を動かし、とても話しかけられそうにない。

 実は言うと、イールはあまり人と接するのが得意な方ではなかった。

 今でこそ表面上は特に問題も無く会話できるが、それでも親しい相手以外だと常人以上の体力を要する。


「……ちょっと路地で休もう」


 気が付けば太陽も高くなり、燦然と輝いている。

 容赦なく降り注ぐ光を彼女の長い赤髪は余すこと無く取り込んで、まさしく炎のような熱を含んでいた。

 イールはげんなりとした表情で、そっと大通りから薄暗い路地に入る。

 人目の着かない路地といえばゴロツキのたまり場と相場が決まっているが、ハギルの町の路地には人っ子一人いなかった。

 その代わり、狭い道を争うように両脇から無数の怪しげな店が看板を連ねている。


「路地裏も、町によって特色がでるよな」


 纏わり付く熱を手で仰いで逃がしながら、イールはそれらの店を見て回る。

 呪いの魔導具を売る店や、曰く付きの骨董品を並べる店など、どれも怪しい魅力を醸している。

 耳を麻痺させるような騒音も、ここでは水の中のように遠くなる。

 なだらかに蛇行する歪な幅の路も、雰囲気作りに一役買っているのだろう。


「うん? あれは……」


 奥へ奥へと足の向くまま歩いていたイールは、ふいに立ち止まる。

 看板も掛かっていない、一見すれば只の民家のようにも思える建物の前だった。

 蝶番の錆びたドアの横に、腐りかけた小さな樽が置いてある。

 そこに数本の古びた剣が無造作に刺してあった。


「これまた随分と手荒い保存法だね」


 一本を手に取りながら、呆れたように言う。

 長い間雨風に晒されていたのだろう、柄に巻かれた革もボロボロになって触れば粉になる。

 しかし、どれほど錆びているだろうかと刀身を引き抜いたイールは、その鳶色の瞳を大きく開く。


「……これは、また」


 思わず、感嘆の声が漏れる。

 鞘からしゃらりと抜き出た刀身は、まるで澄んだガラスのようだった。

 曇りの一つ、傷の一つも見えない、美しい刃紋だ。

 粗雑な扱いの見掛けとは大きく異なり、その濡れたように美しい刃は丁寧に研ぎ澄まされている。


「おい! 誰かいないか!」


 気が付けば、イールはドアを拳で叩いていた。

 この刃を作り上げた職人に一目会いたいと、ドンドンとドアを揺らす。


「おい! お――」

「だぁぁあああ!! うるさいぞっ!」


 何度目かの拳が空を叩き、開いたドアの向こうから怒号が響く。

 イールが中を覗くと、暗い鍛冶場の中に一人、腕を組んでこちらをにらむドワーフの老人がいた。

 つるりと頭頂のはげ上がった頭に血管を浮かべ、焦げ茶の瞳から鋭い眼光を発している。

 厚い革の作業着を身に纏い、丸太のように太い手には大きな金鎚が握られている。


「ぐ、すまない。少し興奮してしまって……」

「全く、人が仕事をしているときに」


 老人の言葉にイールは怯むが、手に持った剣を見て思い出したように顔を上げる。


「なあ、あんたがこの剣を作ったのか?」


 イールはドワーフに詰め寄り、刃を覗かせた剣を見せる。

 老人はそれを一瞥すると、僅かに首を縦に振った。


「ほんとうか!? すごいな……。こんなに綺麗な剣は見たことがない」


 うっとりと刃を眺め、イールは賞賛する。

 しかし老人はふんと鼻を鳴らすと、つまらなさそうにそれを見た。


「そんなもの、ちっと練習すれば誰にでも作れる。欲しいなら銀貨五枚で売るぞ」

「銀貨五枚だって!?」


 老人の言葉に、イールは飛び上がらんばかりに驚く。

 この名剣が銀貨五枚などという安値で収まるはずがなかった。

 そもそも、見習い鍛冶師が習作に作り、駆け出しの傭兵が買うなまくらでも銀貨十枚はするのだ。


「欲が無いのかどうなのかは知らないが、もう少し適正な価格を付けた方がいいんじゃないか?」

「いきなりやって来て人の値付けに口を出すとは良い度胸だな」

「これだけの剣だ。それなりの値段を付けないとそれは剣に対して失礼だ」


 ギロリと鋭い眼光で睨む老人に、臆すること無くイールは言う。

 しばらく、沈黙の睨み合いが続く。


「……」

「……。あんた、傭兵か」

「……そうだけど」


 白い髭を撫でて、老人はおもむろに尋ねた。

 イールが頷けば、ある程度予想は付いていたのだろう、だろうな、と小さく呟いた。

 女性の割には体格も良く、鎧を着て、腰には剣も佩いているというならば、傭兵だと考えるのも妥当だった。


「その剣、ちょっと見せて見ろ」

「は? ……まぁ、いいけど」


 唐突な言葉に、イールは眉尻をあげる。

 しかし老人の真剣な瞳と彼が研いだ剣を信じて剣を預けた。

 老人はそれを引き抜くと舐めるように視線を注ぐ。

 様々な角度から刃を見て、その状態を確認する。


「随分と荒い使い方をしてるようだな」

「やっぱり分かるか」


 イールの戦い方は、邪鬼の醜腕の怪力に任せた乱暴な物だ。

 それ故剣も耐久性に重点を置いているが、それでも微かに戦いの後は残る。


「それなりに頑丈に作っているし、日々の手入れも欠かしてない。それでもガタが来てるだろうから、本格的に直してしまおうと思ってるんだ」

「ほう。――良い剣だからな、良い職人を見つけろ」

「は!? この流れはアンタが直してくれるんじゃないのか!?」

「なぜワシがそこまでせにゃならんのだ! 大体、人の家の前で騒ぎよってからに!」


 剣を見る老人の目から、てっきり彼が手を貸してくれる物だと思っていたイールは驚く。

 老人はぷりぷりと顔を赤くして怒鳴る。

 ただただ単純な好奇心だけで剣を見ていただけで、彼にはそんな気は毛頭無かったようだった。


「たのむっ! この剣を研いでくれ」

「嫌じゃ。とっとと出て行け」

「お願いだ。何でもするからさ」

「はっ! 若人がほざくわい。ワシの度肝を抜く珍しい物でも持ってきたら、いくらでも打ってやるわ!」


 老人はしっしっと野良犬を追い払うようにイールを手で払う。

 イールは剣を腰のベルトに戻す。


「……なんじゃ? 急に黙りおって」


 突然口を噤んだ彼女を不審に思ったのか、老人が怪しげに視線を向ける。


「……たな?」

「ああ? なんだって?」


 小さくイールが呟く。

 老人が眉を寄せ、耳に手を添える。


「言ったな? 度肝を抜けば研いでくれるんだな? 二言は無いぞ?」

「お、おう……。できるもんならな」


 にやりと深い笑みを浮かべて詰め寄るイールに、老人は思わずたじろぐ。

 イールは鳶色の瞳に黒い感情を浮かべ、低い声で笑った。


「……明日、またここに来る」


 そう言い残して、イールは風のように去って行った。


「……なんじゃったんじゃ、一体」


 残された老人は、ふらふらと揺れるドアを呆然と眺めて言った。

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