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第四十八話「起・き・な・さ・い!!」

 翌日、ララは三人の中で一番早く目が覚めた。

 部屋の中はまだ暗く、薄ら寒い。

 心地よい脱力感の中、ララはそっと立ち上がり身体を伸ばす。

 ふと隣のベッドで寝息を立てるイールを見れば、足を折り曲げて眠っているようだった。

 彼女は身長がありすぎるためにドワーフのベッドではこうしないと足がはみ出してしまうのだ。

 ララはそれを見て少し笑ったあと、そっと足音を忍ばせてドアへと向かう。

 ドアの近くで寝ているのは、神官服を脱いで下着姿となったロミである。

 イールの寝方に顔を赤くしていた彼女だが、下着姿というのも中々に煽情的だとララは思う。

 ララは下腹部にまで下がったロミのシーツを直し、そっと部屋を出た。


「ふぅ。よく寝たわ」


 ここまで来れば二人も起こさないだろうと、ララはようやく声を出す。

 昨日の温泉のおかげか、ぐっすりと眠りすっきりとした目覚めである。

 彼女は軽い足取りで廊下を進み、ロビーに出る。


「あら、おはよう」


 ララが顔を出すと、カウンターからリルが声を掛ける。

 どこの宿屋でも女将の朝は早いようだ。


「おはよう。顔を洗いたいんだけど、水場ってあるかしら?」

「それなら宿屋の裏に井戸があるわ。自由に使って頂戴」

「ありがとう! 早速使わせて貰うわね」


 リルにお礼を言って、ララは宿屋の裏に向かう。

 宿屋の裏は小さな広場になっており、周囲には空の木箱や樽が野ざらしで置かれていたり、ロッドの眠る厩舎があったりと雑多な光景が広がっている。


「これね」


 広場の真ん中に、石の積まれた丸い井戸があった。

 赤い屋根の付いた小さな井戸である。

 ララが釣瓶を落とすと、すぐにぽちゃんと音が返ってくる。


「こういう井戸を使った事ってないのよね」


 水の入った釣瓶を引き上げながら言う。

 蛇口を捻ればいつでも水が出てくる星の住人だった彼女にとって、このような設備は歴史の教育データの中の物でしかなかった。

 まさか実際に使う日が来るとは、と彼女は妙な感心の仕方をしていた。


「ん~~! 気持ちいいわね」


 石垣に釣瓶を置いて、水を掬って顔を洗う。

 地下から引き上げられた水は凍ったように冷たく、彼女の頭の奥まで染み渡る。

 ララは数回顔を洗い、残った水を捨てる。


「ふぅ。さっぱりした。……あ」


 ぷるぷると顔を振って滴を飛ばしたところで、ララははたと気付く。

 水気を拭く物、もっと言えばタオルを持ってくるのを忘れていた。


「しまった……。私としたことが」


 かっくりと肩を落とし、彼女は消沈する。

 じわじわと朝の風に吹かれて顔の表面が乾いていく、パリパリとした感覚が気持ち悪い。


「うう、どうしよ……」


 そんな時、彼女の服の裾が控えめに引っ張られた。


「うにゅ?」


 突然の事に間抜けな声を出しながらララが振り向けば、リルと同じくらいの背丈のドワーフが立っていた。

 クッカではない。

 耳の下から顎の先まで、もっさりとした黒い髭に覆われ、小さな瞳が震えている。


「えーっと……。あっ、もしかしてデルさん?」

「……!!」


 ララの言葉に、そのドワーフは驚いたようだった。

 もさもさとした髪の奥の目を見開き、肩を上げる。


「正解みたいね。昨日はおいしい料理、ごちそうさまでした」

「……」


 ララが昨夜のヒージャ料理のお礼を言うと、デルは顔を俯かせて頭の後ろを掻く。

 人見知りで無口ではあるようだが、存外に表情は豊かだった。


「……」

「え? あ、タオル! 持って来てくれたの?」


 デルがおもむろに右手をあげる。

 そこには、清潔な白いタオルが握られていた。

 ララが驚きながら言うと、彼は僅かに頷く。


「ありがとう! すごく助かるわ」


 そう言ってララはありがたくそれを受け取り、顔の水気を拭き取る。

 今度こそさっぱりとした顔に、ようやく彼女は一息ついた。


「ふぅ。ありがとうね」


 タオルを返しながらララが再度お礼を言うと、デルは気にするなという風に首を振った。


「けど、どうして気付いたの? リルさんに言われた……ら、あの人が来るわよね」


 ララの問いかけに、デルは頷く。

 そして、宿屋の方向に向かって指を伸ばした。

 ララがそれに釣られて顔を向けると、宿の壁に小さな採光用と思わしき穴が開いていた。


「あそこから私を見つけたの?」

「……」


 デルは頷く。

 彼は人見知りではあるが、人嫌いではないらしかった。


「ここの宿屋の人たちはみんな優しいのね」


 ララの言葉に、デルは微かに笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ、デルさんって料理人なのよね?」

「……?」


 デルは首をかしげながら頷く。


「温泉卵っていう料理、知らない?」


 温泉卵がどのようなものであるかも簡単に説明しつつ、ララが尋ねる。


「……?」


 しかし翡翠屋の料理人の反応は芳しくない。

 困ったように首を振る彼に、ララはがっくりと肩を落とす。


「そっか……。まあ仕方ないわね。今度卵買ってくるから、温泉の隅っこで作らせて貰えないかしら?」


 ララの提案に、デルは頷く。

 彼としても未知の料理、それも温泉を使う料理は興味深かった。

 目を輝かせる彼にララは頷き、二人は固い握手を交わす。


「それじゃあ、私は行くわね。タオル、ありがとう」


 そう言ってララはデルと別れる。

 彼は小さく手を振って彼女を見送っていた。


 ララが部屋に戻ると、既にイールは目を覚ましていた。

 服を着ながら彼女は視線だけララに向ける。


「おはよう。何処行ってたんだ?」

「おはよ。ちょっと顔洗いにね」


 それだけ聞けばイールは満足したのか、気の抜けた声で頷く。


「さ、ララ。そこの寝ぼすけも起こしてくれ」

「ほいほい」


 ララがロミのベッドに目を向けると、彼女は未だなんとも気持ちよさそうに寝ている。

 先ほどララが直したシーツは無残にも床に転がっていた。


「ロミって案外寝相悪いわよね」


 苦笑しながらシーツを拾い、ララは彼女を見下ろす。

 この世の天国のような顔をして眠る彼女を起こすのは気が引けるが、仕方ない。


「ほらー、そろそろ起きて。牧場行くわよ」

「うにゅぅ……。あと三日……」

「そんなに寝てたら骨が溶けるわよ!」


 これは手強そうだ、とララは腰に手を当てる。

 意を決して彼女はロミの肩を掴み、


「おーい! 起・き・な・さ・い!!」

「にゃむ……。ミルクは……三杯……」

「どれだけミルク好きなのよ!? もー、寝言言ってないで早く!」

「うにゃあ……。うにゅ?」

「猫みたいな声出すわね……」


 ようやくほんの少しだけ瞼を開いたロミに、ララは呆れてため息を吐く。

 ロミは意識が覚醒するにつれて、今がどんな状況で自分がどんなことを言ったのか自覚したようだった。

 熱湯に放り込んだタコの様に、ぼふんと顔を赤くする。


「おはよう。随分といい夢見てたみたいね」

「お、ようやく起きたか」

「はわっ、すすす、済みません! すぐに着替えますっ」


 にやにやとした笑みを浮かべる二人に迎えられ、ロミはさっと立ち上がると慌てて着替えだした。

 その間に、ララも自分の荷物を整える。

 そうして三人が荷物を整えてロビーに向かうと、そこには大きなリュックを背負ったクッカが立っていた。


「よ! 姉ちゃんたち」

「おはよう。早いわね」

「牧場は朝早いし、宿屋のお昼ごはん用の食材を貰ってこないといけないからね」


 そう言ってクッカは胸を張る。

 微笑ましい彼の仕草に、思わず三人は優しい笑みを浮かべた。


「それじゃあ、牧場まではクッカが案内するからね」

「ありがとうございます」


 ロミがお礼を言うと、リルはいいのよ、と手を振った。


「道中はそんなに危なくもないだろうけど、まあ気をつけてね」

「ええ。それじゃあ行ってくるわ」


 そうして、三人はクッカを先導されて宿屋を出発した。

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