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第四十三話「しかし、随分と登るわね」

 石材によって舗装された道は長く、その上をララたちは軽い足取りで歩く。

 次第に道を行く人の数も増え、彼女たちは町が近づいてきたのを肌で感じていた。


「あっ、ほら、見えてきたわよ」


 ララが前方を指さす。

 山の麓から斜面にかけて、赤や茶色の屋根が広く覆っていた。

 細長い煙突が針のように伸びて、先端から黒煙は吐き出している。


「あれがハギルの町ね」

「ああ。あたしが来たときよりも随分と広がってるみたいだが」


 山肌を覆い付くさんとばかりに広がる町並みを見ながら、イールは興味深そうに言った。

 彼女が以前この町へやって来たのは、数年前。

 そのときはまだまだ小さな田舎の町といった規模のはずだった。


「あ、関所があるみたいですよ」


 道の途中、ロミが武装した男たちを見つける。

 彼らは町へ入ろうとする人々を止めて、身分などを確認しているようだった。

 三人の男たちは皆、肩章を付けている。


「あれはハギルの自警団の肩章だな」

「へぇ、自警団なんてのがあるのね」

「自警団なんて大体の町にはあるさ。まあ、ハギルのはとりわけ規模が大きくて権力も相応に持ってるらしいが」


 そんなことを話しているうちに、三人は自警団に見つけられ、足を止める。


「ようこそ、ハギルへ。目的は?」


 両手を広げて話しかけてきたのは三人の中でも若いそばかすの目立つ青年だった。

 新人なのだろうか、真新しい鎧に身を包み、少し表情も硬い。


「観光だ。ああ、あと少し人捜しもしてるかな」


 イールの返答に、青年は少し驚いたようだった。


「こんな所へ観光なんて、また珍しいね。あ、もしかしてもう温泉の噂を聞きつけたのかい?」

「温泉?」


 揃って首をかしげる三人。

 青年は彼女たちがそれを目的にやってきたのではないと察したらしかった。


「つい最近なんだけどね、ハギルの山で温泉が湧いたんだよ。数日前に宿屋も開いて、連日町の住民が挙って楽しみにきてるんだ」

「へぇ、それは知らなかった。あたしたちでもその宿は泊まれるのかい?」

「もちろんだとも。まあ、部屋が空いていればの話だけどね」


 ララとイールが身分証と通行料を渡し、ロミは例によって無料で通る。

 快く宿屋の場所まで教えてくれた青年に見送られながら、三人はハギルの町に向かった。

 町はヤルダの大壁ほど立派なものではないが、それでも鋼鉄製の頑丈な壁で守られていた。

 壁に穿たれた門をくぐり抜けると、そこはもう町の中心である。


「うわっ、なんだかヤルダとはまた別の意味で騒々しい町ね」


 両耳を押さえながら、たまらずララが言う。

 ハギルの町のそこかしこから、鉄を打つ音が響いていた。


「ハギルは鍛冶師の町だからな。そのうち耳が馬鹿になって慣れるさ」

「主な収入源が各都市の自警団や騎士団の装備品ですからね。それに腕の良い名工と呼ばれる人たちも多くいて、傭兵さんたちもここで武器を作って貰うために来るんだとか」


 同じくげんなりとした様子のイールやロミが、この町について軽く解説を入れる。

 それを受けてララが今一度周囲を見てみれば、たしかに武器を携えた人が多く見られた。


「まあ、流石にこの町でもララのハルバードに勝る武器はないだろうけどな」

「そりゃあだって、素材が違うもの」


 イールに向かって、若干胸を張ってララは答える。


「あ、でもミスリルとかそういう金属は一度見てみたいわね」

「ミスリルか。あたしもあれを使った武器を見たことはないな」

「ミスリルはあまり量が採れませんし、どちらかというと魔法的な道具に向いた金属ですよ」


 ララとイールの会話に、ロミが割り込む。

 流石に魔法を本職としているだけあって、そのあたりの分野には詳しいのだろう。


「ロミはミスリルの武器を見たことあるの?」

「ええ。……というか、レイラ様の杖がまさしくミスリル製ですね」

「そうだったの!?」


 ぽろりとロミの口からこぼれた事実に、二人は目を開いて驚く。

 まさか彼女が、そんな高価な物を持っていたとは。


「いや、レイラ様は一応ヤルダの神殿長ですからね? 地位相応の品なんですよ?」


 そんな分かりやすい二人の反応に、ロミは苦笑しながらフォローを入れた。

 レイラほどの人物になれば、逆のあれくらいの杖を持っておかなければ示しが付かないという側面もあるのだ。


「そういえばレイラって偉い人なのよね」

「あの態度と言動からは中々結びにくいけどな」


 自分の地位を鼻に掛ける訳でもなく、まるで旧来の親友かのように接する彼女も、本来ならば彼女たちが一生顔を合わせることがないかもしれないほどの人間なのだ。

 文字通り格の違う彼女の事を、二人は今更ながらに実感していた。


「個人的には、もう少し威厳というか風格というか、とりあえずそういった物を持って欲しいんですが」

「あはは、それは多分無理なんじゃないか?」


 困ったように眉を寄せるロミの希望を、イールはからからと笑って断ち切った。


「ねえ、二人とも。まず何処へ向かうの?」


 当てもなく歩いていた三人。

 ララが二人に振り向き、首をかしげる。

 イールが顎に手を当てて、少し考える。


「とりあえず、宿屋に行ってみようか」

「そうですね」


 彼女の決定によって、三人は目的地を設定する。

 件の宿屋は町の中でも上の方、山の傾斜の郊外にあるらしかった。

 三人は町を貫く大通りを抜けて、更に進む。

 宿までの道はまだあまり整備されていないのか、石畳も無い土道だった。


「道の周りに建設中の建物がいっぱいあるわね」

「これから、大通りがここまで延びるんだろうな」

「ゆくゆくは温泉がこの町の目玉になるのかも知れませんね」


 土道の両脇では、筋骨隆々の男たちが材木を運び、目地剤を混ぜている。

 温泉という観光資源が現れたため、それを有効活用して外部から人を呼び込もうという算段だろう。


「ものによっちゃ、すぐに混雑するかもしれないな」

「偶然ですけどこの時期に来られて良かったかも知れませんね」


 なんだかんだと言いつつも、このハギルはヤルダからも比較的近い。

 物珍しい物が好きなヤルダの住民たちが噂を聞きつければ、大挙して押し寄せてくるだろう。

 そのときに予想される混雑ぶりを思い描き、ロミはほっと息を吐いた。


「しかし、随分と登るわね」


 おもむろにララが後ろを振り向いて言う。

 気が付けばかなり高い位置にまで三人は坂道を登ってきており、ハギルの町並みが一望できた。


「いい眺めじゃないか」

「この風景も、一見の価値ありですね」


 昼下がり、太陽の光が燦々と降り注ぐ町並み。

 艶のある瓦に光が反射し、まるで大海の水面の様に輝いている。

 そこかしこから細い黒煙が上り、それに乗って人々の活気が聞こえる。


「さ、あともうちょっとだ。早く宿に行って少し休もう」

「そうね。行きましょうか」

「ああ、早く冷たいミルクが飲みたいですね……」


 輝く風景を堪能し、三人はまた道を進む。

 彼女たちが、『翡翠屋』という宿にたどり着くのは、その少し後のことだった。

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