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第三十九話「さあ、どんどん食べるわよ!」

「うちはチーズが有名なのよ!」


 朗らかな笑顔でいうのは、宿屋の女主人である。

 彼女は一人でこの宿を切り盛りしているらしく、食事の準備も彼女だけでやっていると言った。


「特におすすめなのは、やっぱりチーズフォンデュかしらね。ここに泊まっていった旅人さんたちは、みんなこれを食べていくの」

「へえ。それじゃあ、あたしはそれを」

「私もそれがいい!」

「あ、えっと、わたしもチーズフォンデュをお願いします」


 イールの注文を皮切りに二人も口を開き、結局三人は同じものを頼む。

 特にララは好奇心に瞳を輝かせ、胸を躍らせていた。


「あいよ。それじゃあ適当な席で待っててね」


 女主人は威勢のいい返事を返すと、奥にある厨房に姿を消した。

 三人は真ん中にある一番いい席に腰をおろす。

 食堂は閑散としていて、彼女たちの他に客の姿は見えない。

 なんとも侘しい店内の様子に、ララはぱちりと一度目を瞬かせた。


「あんまり大きい村じゃないのね。宿屋と雑貨屋があるだけみたいだし」

「まあ、ヤルダに近い村だからな。何か物入りになったら、ヤルダまで買いに行けばいいのさ」


 宿屋を尋ねるまでに見た村の規模に首を傾げるララに、イールはその理由を説明する。

 ヤルダの郊外に位置するこの村では、旅慣れない村人でも日の高いうちにヤルダまで移動できる。

 日用雑貨以外の道具類などはわざわざ村で買わずとも町まで行けば買えるのだ。

 ヤルダの大壁の周囲には、こうした衛星のような村が多く存在しており、その村に暮らすのは多くの場合ヤルダの高い住民税を支払えない人々だった。


「まあ、この村の場合は貧しいからじゃなくて酪農を生業としてるからだろうな」


 酪農は広大な土地が必要となる。

 人口の密集するヤルダではとてもではないが酪農などできないだろう。

 イールは村の周囲に広がる広大な牧草地帯を思い出し、楽観的に言う。


「それに馬車だと半日もかからずに通り過ぎてしまいますから。あまり旅人の立ち寄る村でもないんですよ」


 そんな彼女の説明に、ロミは横から付け加える。


「イールさんも元々はロッドに乗って旅してたんですよね? 私みたいな徒歩での旅人はあまりいないみたいで」

「まあ、荷物に余裕がある時だけだけどな。確かに徒歩で旅してるヤツはあんまり見ないな」

「それじゃあなんでロミは徒歩なの?」


 ララの素朴な疑問に、ロミはぐっと喉を詰まらせる。

 言いにくそうに視線を宙で右往左往させていたが、意を決したように彼女は口を開く。


「実は……わたし、馬に乗れないんです」

「へぇ、そうだったんだ」


 頬を赤く染めて俯く彼女に、ララは特に気にした様子も無く相槌を打つ。

 この世界では馬に乗れない者は少数派らしいが、彼女にとっては騎乗できる者の方が珍しい程なのだ。


「あんまり驚かれないんですね?」


 肩透かしを食らったようにきょとんとするロミに、ララは答える。


「まあ、私も馬には乗れないからね」

「えっ!? そうだったんですか」


 恥じる様子もなく言うララを見て、ロミは目を見開く。

 先日目の当たりにした彼女の卓越した身体能力ならば、馬くらい難なく乗りこなせるものだと、ロミは勝手に思い込んでいた。


「機械の操作ならある程度自信があるけど、生き物となるとてんでダメね」

「なら二人とも、ロッドで練習してみるか?」


 ララは額に手を当てて言う。

 イールが二人に提案すると、彼女たちは揃って渋い表情を浮かべた。


「あの、わたしはその……」

「うーん私別に馬に乗る必要性を感じて無くて……」

「はぁ。馬に乗れるようになっといた方が、色々便利だとは思うがな」


 そっぽを向く二人を、イールは更に追求することなくすぐに退いた。


「ほい、チーズフォンデュ三人前お待たせ!」


 そんな時、とろりと溶けたチーズの入った大きな鉄鍋を抱えて女主人がやって来た。

 深いチーズの香りが漂う、濃厚なチーズフォンデュである。

 彼女はテーブルの真ん中に鍋を置き、その周りに食材の盛られた大皿を並べた。


「おおお~! すっごくおいしそう!!」


 いの一番にのぞき込み、目を輝かせるのはララである。

 彼女は早速フォークを握ると、大皿に目を向ける。

 山のように用意されたパンやベーコン、色とりどりの野菜たちを見て、どれから食べようか悩んでいた。


「これがこの村の名物か」


 琥珀の目を見開き、イールは感嘆の声を上げる。

 彼女もまたこの村に立ち寄るのは初めてのことで、この料理を目にするのも今回が最初だった。


「うーん、チーズとミルクの良い香りですねぇ」


 うっとりと目を細め、ロミが言う。

 乳製品が好物という彼女にとって、このテーブルは夢のような状況なのだろう。


「最初はやっぱり、パンを付けてチーズを味わってみるといいわ。その後はどうぞご自由に。色んな味を楽しむのも、この料理の魅力だからね」


 自慢げな顔で食べ方を助言する婦人に、三人は礼を言う。

 そうして、彼女が立ち去るか去らないかのうちに、中央の鍋に殺到した。

 まずはじめは、おすすめされたパンである。

 こんがりと固めに焼かれたパンを使って、とろりとしたチーズを掬うように纏う。

 白く輝く衣を纏ったそれを、ララは大きく口を開けて出迎えた。


「~~~~!! おいしい!!」


 キラキラと目を星のように輝かせ、ララは声を上げる。

 それは、彼女が体験したことのないほど濃厚で奥深いチーズだった。

 この広大でゆったりとした牧草地で、のんびりと草を食む乳牛たちの新鮮なミルクから作られたチーズは、彼女の知るどれよりも濃縮された旨味の塊だった。

 サクリと音を立てて、パンが割れる。

 ほんのりとチーズの下に香るバターもまた、この村で作られているのだろう。

 全身を包み込まれるような、深い包容力を感じていた。


「うぅぅ、おいしいですね」


 見れば、ロミもまた口いっぱいにパンを頬張って愉悦の笑みを浮かべている。

 今にも神に感謝しそうな勢いで、彼女は目尻に涙すら浮かべて咀嚼する。

 イールも反応は薄いものの気に入ったのか、既に三枚目のパンに移っていた。


「なかなか、侮りがたし田舎のチーズ!」


 手にフォークを握り、こんがりとあぶられたベーコンを用意しながらララが呟く。

 食材は、まだまだ大量にある。

 しかし空腹の胃は、先ほど流し込まれた絶品のチーズを呼び水にするべくさらなる悲鳴を上げている。


「さあ、どんどん食べるわよ!」


 ぎゅっとフォークを握り、ララは高らかに宣言する。

 そうして、どぷんとチーズの海にベーコンが飛び込んだ。

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