第三十六話「結成せり!」
「ご苦労様。大変だったみたいだね」
神殿へやって来た一行を、レイラは両手を広げて出迎えた。
彼女の私室は相も変わらず薄暗く、ほのかな炎の明かりが色鮮やかな壁紙をゆらしている。
ララたちはレイラに促され、中央にあるテーブルを囲むようにして座る。
ロミは奥の部屋に向かい、人数分の飲み物を用意した。
全員が一息ついたところで、テトルはレイラに、コパ村での一連の出来事を報告した。
「と、言うわけで『錆びた歯車』は首領を残して全滅。彼らの保有していた資料と魔導自律人形は全て『壁の中の花園』が接収しましたわ」
「ありがとう。これで情報漏洩の元の調査に注力できるわ」
テトルの報告に、レイラは頷く。
そして、深い笑みを浮かべた。
そもそもとして『錆びた歯車』がどこから神殿が保有する魔導自律人形に関する情報について得たのかは、分からずじまいなのだ。
これから彼女はその出所を見つけるため、あらゆる手段を講じるのだろう。
「ああ、そうでした。忘れるところでした」
「あら? 何かしら」
「ララお姉さまが魔導自律人形を改造して、マジックゴーレムという新たな魔導自律人形を開発なされたの」
「へ? ララが新しい魔導自律人形を!?」
テトルの言葉に、レイラは目を剥いて驚く。
ぱっとララを見て、彼女が頷くのを確認すると、レイラは乾いた笑みを浮かべた。
「あはは……。さすがはララちゃんって所かな。それでテトル、そのマジックゴーレムは神殿としても見過ごせないのだけれど」
「ララお姉さまが作ったマジックゴーレムは高性能ですが、私どもには再現できない一品物ですの。それを模倣した物を『壁の中の花園』と神殿の共同研究として公表したいのですが」
「……それなら多分、上からも許可は出ると思うわ。一応、確認しないといけないけどね」
「色よいお返事をお待ちしておりますわ」
レイラの言葉に、テトルは薄く微笑む。
ララの作ったマジックゴーレムを元にすれば、彼女たちの研究は飛躍的に進むことになる。
教会の力を借りることができるならば、すぐに量産段階へと至るだろう。
それはともかく、とレイラはララたちに向き直る。
「今回は無茶な依頼だったけど、無事成し遂げてくれたわね。本当、感謝し尽くせないわ」
「まあな。あたしとロミは、実際に死にかけた」
「で、でもララさんが助けて下さったおかげでこうしてホットミルクも飲めていますし」
からかうようにイールが言う。
ホットミルクを吹き出しそうになったロミは慌てて口元を押さえ、彼女をいさめた。
「私としては、お腹いっぱいご飯が食べられたらそれでいいわ」
そんな二人を傍目に、細いお腹を押さえてララが訴える。
レイラは破顔するとおもむろに立ち上がる。
そうして、奥の部屋からずしりと重量感を醸す袋を持ってきた。
「はい。これが報酬よ。……それとは別に、今夜は神殿で食事も用意するわね」
「おお、約束通り頂くよ」
「やったぁ! 今日は思う存分食べてもいいのね!?」
「うん、いくらでもおかわりしていってね」
ドサリとテーブルに置かれた袋を開けて、イールは目を輝かせる。
ララもまた、付け加えられたレイラの言葉を聞いて俄然活力が湧いてきたようだ。
「それで、今後の話なんだけどね」
「うん? どうかしたか?」
「以前も言ったとおり、イールたちには神殿から監視役を付けなければならないの」
「ああ、そんな話もあったわね」
レイラの言葉に、二人はうっすらとした記憶を探り当てて頷く。
以前彼女とこの部屋で話し、今回の依頼について契約を交わした際に、そのような話も出ていた。
「あたしとしては、特に邪魔にならないようなら別にいいが」
「私も大丈夫よ」
「そっか。ならよかったわ」
二人の快い言葉に、レイラはほっと胸をなで下ろす。
そうして彼女は顔を横に動かす。
「ということでロミ、よろしくね」
「はい! ……ええええっ!?」
満面の笑みでロミの肩を叩くレイラ。
勢いよく返事をしたロミは、一拍おいて驚きの声を上げた。
「わ、わた、わたしが監視役なんですか!?」
「二人とも一緒に行動してたみたいだし、仲はいいでしょう? それに武装神官はフットワークが軽いから動かしやすいのよ」
「た、確かにそうですが……」
「ロミなら、私たちも楽でいいわよ」
「ああ、別にこれまでどおりだしな」
ララとイールも同意して、晴れてロミは二人の監視役となった。
当人は全く予期せぬ事態にあたふたと慌てふためいているが、レイラはそれを無視して優雅にカップを傾ける。
「イールお姉さまたちは、やはりまた旅に出られるんですの?」
テトルが少し不満を含め、姉に問う。
イールは迷うことも無く頷いた。
「ああ。私もララも、それにロミも、まだまだ行きたい場所があるからな」
「まあ、いいんじゃねえか? いざとなりゃ、いつでも連絡は取れるんだろ?」
頬を膨らませるテトルを慰めるのは、隣に座っていたパロルドだ。
「あ、連絡と言えば……。先日、『壁の中の花園』でこんなものを開発しましたの」
そう言って、テトルは白衣のポケットから銀色のペンダントを取り出す。
銀の蓋が開くロケットペンダントで、中にはいくつかのボタンが並んでいた。
「これは?」
「遠隔通話ができる魔導具ですわ」
それは、最低二組以上で使うものだった。
それぞれに番号が振られたペンダントを用いて、遠隔地で通話ができる。
テトルが持っていたのは一番のペンダントで、既に六番までが作られているらしかった。
「こ、これがあればレイラ様への報告も楽にできるような」
「機密漏洩の点が少し心配だから、ロミは私への定期報告は魔法でお願いね」
「えええ、そんなぁ」
らんらんと目を輝かせるロミに、レイラは容赦なく言葉を下した。
一瞬で潰えた希望の芽に、ロミは涙目になる。
「とにかく、これがあればいつでもお姉さまと会話ができますわ!」
「手紙に頼らなくてもいいってことか。それは便利だな」
ペンダントをまじまじと眺め、イールが言う。
「後日、皆様の分も用意しますわね」
「ありがとう。とっても便利そうね、これ」
それは、ララの知識にはない技術で作られたペンダントだ。
ララはペンダントを借りて、そっと光にかざす。
銀色の精緻な細工の施されたペンダントは、芸術品としての価値も高そうだ。
「改めて、ララちゃんとイールにはお礼を言わせて貰うよ。ありがとうね」
一段落し、レイラは再度二人に感謝を述べる。
「私は、私にできることをしただけよ」
「右に同じだな。前金も貰ったし、報酬もちゃんと受け取った。それでもう終わりだろ」
「あはは。二人はなんというか、ドライだね」
あっさりと言う二人に思わずレイラは吹き出す。
そして、二人に本心からの感謝を抱いた。
「調査が進んで色々分かったら、ロミを通じて二人にも連絡するよ」
「別に、そういうのはいらないが……」
「まあまあ、神殿としても筋は通さないといけないからね」
そう言って強引に押し通して、レイラはイールを納得させる。
「神殿と、『壁の中の花園』と、イールたち。三カ所のパイプができるのは、それぞれにとって嬉しいことだと思うよ」
「そういうものかしらね?」
「神殿は全力でそれぞれを支援できる。それは、財力や権力や影響力や、情報網なんかでね」
「『壁の中の花園』は、技術力でしょうか」
「……あたしたちは特に何もできないと思うんだが」
イールはいまいち納得できないと、首をかしげる。
隣のララも同様のようだ。
そんな二人に、テトルとレイラは両サイドから声を上げて反論する。
「そんな! イールお姉さまがいたからこそ、私は『壁の中の花園』の長を務めることができるのですわ。それにララお姉さまの知識のおかげで、私たちは更に研究が進むのです」
「神殿としても、というより私個人の理由だけど、自由に連絡の付く外部の人間がいるのは喜ばしいことなんだよ」
「そ、そうか……」
「随分と鬼気迫る物があるわね、二人とも」
瞬間的なカウンターに二人は戦きながら、一応納得したようだった。
「なんにせよ、これで三者が結びついたわけだ」
パロルドが面白そうに笑みを含んで言う。
「言うなれば、【赤髪同盟】ってところだな」
「いいね、それ。パロルド君もたまには良いこと言うじゃないか」
「たまにはってなんだ!?」
「まあまあ。パロルドはともかくとして、【赤髪同盟】というのは良いわね」
「確かに、あたしもテトルもレイラも赤髪だが……」
安直だと思うイールとは異なり、二人は乗り気のようである。
彼女を置いて、二人はわいのわいのと笑みを交えて会話に花を咲かせている。
「ふふっ」
「何がおかしいんだよ?」
隣で小さく吹き出したララに、イールはむっと顔を向ける。
ララは青い瞳に涙を浮かべ、細い肩を震わせていた。
「うーん、なんででしょうね。……なんというか、人間同士の繋がりっていいなって思って」
「はぁ? なんだそりゃ」
ララの言葉に首をかしげるイール。
彼女には、この広い世界で孤独だったララの胸中を推し量ることはできない。
そんな彼女を見て、ララはまた笑みを零した。
ララはこの世界で孤独だった。
しかし、今彼女は、自分が孤独だとは思わなかった。
「ロミも、私の大事な友達よ」
「へっ!? あ、ありがとうございます」
傍らでマグカップを握るロミに、ララは言う。
唐突な言葉に驚きつつも、ロミは嬉しそうに頷いた。
「ともかく、今この場で宣言するよ。――我が【赤髪同盟】ここに結成せり!」
「結成せり!」
「え、あー。結成せり」
レイラ、テトル、そしてイールの声が響く。
三人の赤髪が、燭台の火に輝いた。
第一章【赤髪同盟】完です。
長い間、応援ありがとうございました。




