第352話「私も目的のものが手に入ったし」
地下から噴き上がり、町を濡らした雨は、やがて少しずつ落ち着いていった。それと同時にグラフたちによって水路の機構が整備された。
グラフはまず〈錆びた歯車〉の面々の前に姿を現し、そして高らかに宣言した。イライザが捕えられ、今や率いる者が不在となったこと。そして、自らがその席に座ることを。
反発する者もいたが、中には以前の〈錆びた歯車〉が復活すると知って喜ぶ者もいた。町の整備は、そんな技術者たちも多く参加した。
「しかし、砂漠の植物っていうのは力強いわね。もう一面緑になっちゃったわ」
「乾季を耐え忍んで、雨季に一斉に花を咲かせるんですね。不思議だけど、とっても綺麗です」
ディスロの町は数日で見違えるほど変化した。水路網を通り抜けた余剰の水や、使用後に浄化された水が都市の外へと流れ出し、地中へと染み込むようになったのだ。その結果、砂の下に眠っていた種が一斉に芽吹き、瞬く間に美しいオアシスの光景が広がった。
緑が現れると、それだけで人の心の有り様も変わってくる。地元民も〈錆びた歯車〉の面々も衝突や諍いが減り、お互いに胸襟を開き始めたのだ。ディスロも元々は故郷を追われた流民たちが辿り着いた最後の土地である。その血脈が今も連綿と繋がっていることを実感させられた。
「おおーい!」
ララとロミが緑に覆われる丘となった砂丘に立っていると、その麓から溌剌とした声が響く。リグレスたちと共に狩りに出かけていたイールが、立派な獲物を引き摺って帰ってきていた。
「おかえり。大漁だったみたいね」
「魔獣たちは目ざといな。もうこの辺りに水があることを嗅ぎつけたようだ」
迎えるララに、リグレスは満足げな顔を見せる。
都市から流れ出す水が、魔獣を呼び寄せる。リグレスたちはそれを狩り、生業とする目算も立てられるようになっていた。今はまだ小型の魔獣ばかりだが、やがて砂狼や砂蚯蚓といった大物もそれに惹かれてやってくるだろう。そしていずれは、砂鯨も。
リグレスは再び砂鯨狩りが始まることに備え、バジャフから色々と聞き込んでいるようだった。おかげで、毎日のように狩りに出かけ、多くの収獲を持ち帰っている。
「ヨッタとレイスはどうしたんだ?」
「マレスタと一緒に水路の視察に行ってるわ。今後は定期的な検査と改修も続けるって話だから、その準備でしょうね」
何百、何千年と人の手を借りずに動き続けてきた"太陽の欠片"はもうない。あの町の地下にあるのは、この世界、この時代の人々が力を結して作り上げた偉大な建造物だ。
だからこそ、それを保守管理し、後の世代へと繋げていくこともできる。人の手に収まるものになったのだ。
「〈錆びた歯車〉も落ち着いたし、これで一件落着かな」
新たなリーダーを迎え、要注意団体だった〈錆びた歯車〉も再出発することになる。レイラたちからの監視はしばらく続くだろうが、もはや以前のものとはまるで違う。
そして何より――。
「私も目的のものが手に入ったし」
ララが丘の麓に停めているモービルの荷台には、燃え盛る火球が厳重に保管されている。無限のエネルギーを生み出すリアクターにして、彼女が乗ってきた宇宙船のメインエンジン。彼女にとっても重要な部品のひとつ。それを、再び取り戻すことができた。
これでひとまず、砂漠全域が焦土と化すこともなくなった。
「ララさんの集めているものは、これで全部集まったんですか?」
「うん? いや、まだあるわよ」
ロミが少し不安そうに尋ねる。ララは散逸した宇宙船を再構成するために必要な物を数え上げ、まだ足りないことを伝える。まだまだ、旅は続くのだ。
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