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第351話「偶然って恐ろしいわねぇ」

 ディスロの城へ詰めかける暴徒は、刻一刻と増大していた。そこに元々この土地に住んでいた者も、新たにやって来た者も区別はない。文字通りの生命線と言える水が枯れたのだ。容赦無く太陽の光が降り注ぐなか、彼らは怒りを爆発させていた。


「マレスタを出せ! 水路が壊れたのはあいつのせいだろう!」

「責任を取れ!」


 赤銅騎士団が築いたバリケードを揺らし、怒号が飛び交う。城の中に引きこもり、今まで一度たりとも姿を表さない騎士団長に、誰もが声をあげていた。


「落ち着け! 騎士団長は今、問題に対処しているところだ!」

「今に水は戻る。だから落ち着いて待っていればいい!」


 バリケードの崩壊を留めようとしているのは赤道騎士団の騎士たちだ。彼らは必死に訴えるが、その声も町の住人たちには届かない。ただでさえ、生来荒い気質の者たちである。平静を呼びかけたところで焼け石に水であった。


「いつまで待てばいいんだ! 今にも死人が出るぞ!」

「騎士団め、いざという時に役に立たないとは!」


 これまで騎士団陣営に立っていた者でさえ不信を抱く。群衆の中に紛れる〈錆びた歯車〉の者の声に同調し、拳を振り上げる。

 辺境の片隅にある過酷な土地で生き抜くには、権威や名誉は何も役に立たない。人々をまとめるには、その日その日の生活を保証するのが第一の条件であった。

 水という生活の根幹が制限され、人々は決起する。地下水路を独占する騎士団を、ひいてはマレスタを成敗しようと武器を手にとる。中には、騎士の証を首にかけたままという者までいた。


「マレスタを出せ!」

「引き摺り出せ!」

「殺せ!」

「水を!」


 憎悪が渦巻き、声が空を揺らす。人々の足踏みが地響きを起こし、砂漠に熱風が吹き荒ぶ。

 バリケードを守る騎士たちも、もはやその圧力を抑えきれない。どこかが一つでも崩壊すれば、その瞬間に群衆が雪崩のように襲いかかってくるだろう。リグレスは祈るような気持ちで、必死に柱を押さえていた。


「ララ――ッ!」


 その時である。

 リグレスの額が小さく濡れる。


「これは……」


 違和感を抱き、眉を寄せた直後。再び雫が落ちてくる。空は快晴。雲ひとつない蒼穹である。しかし、見上げたリグレスに次々と大粒の雫が降る。

 それは彼の周囲にも、騎士団にも暴徒にも、等しく降り注ぐ。


「雨だ!」

「雨が降ってるぞ!」

「まだ乾季のはずじゃ……」

「水だ!」


 どよめき、混乱、そして歓喜。水を求めて怒り昂っていた人々は次第に勢いを増す慈雨に飛び跳ねる。

 バリケードを押さえていたリグレスも、隣のユーガやペレたちと目を合わせて首を傾げる。砂漠の乾季は雨が降らない。ましてや、雨雲もなく雨が降るなど、そんな不可思議なことが起きるとはにわかには信じられない。

 しかしながら現実として雨は勢いを増し、驟雨と言わんばかりの激しさだ。


「なんなんだ、この雨は」


 全身をずぶ濡れにして、リグレスは呆然と立ち尽くす。

 雨は降り続け、乾いた大地を潤していく。口元についた水を舐めた彼は驚く。驚くほど冷たく澄んだ水である。埃や砂混じりの雨水とも違う。


「お、ちゃんと機能してるわね」

「ララ!?」


 雨音の中から待ち侘びた声がする。リグレスが驚き振り返れば、そこに銀髪をしっとりと濡らした少女が立っていた。意気揚々と胸を張り、この不思議な状況に笑みを浮かべている。

◇挿絵


「いったいこれは、何をしたんだ?」


 ざあざあと雨が降るなか、リグレスが問う。ララは肩をすくめ、城の方へと視線を向けた。

 見れば、熱砂に晒されて古びた城の尖塔から、次々と水が噴き出している。それこそが、今も降り注ぐ雨の正体のようだった。


「あれは……いったい、何がどうなってるんだ?」

「地下から汲み上げた水を、尖塔を通して吸い上げてるの。ロミには頑張ってもらったわ」


 地中深くから尖塔までを一直線に貫く穴を作り上げ、それを巨大なパイプとした。新たに作られた"太陽の欠片"は、膨大な地下水を一気に汲み上げるには出力が足りない。そこで、ララは取水口を複数箇所に分けたのだった。

 ロミの魔法によって地盤を貫き、そこから溢れ出す水を更に押し上げる。後先を考えずただ汲み上げるだけであれば、難しい操作は必要ない。城の尖塔から噴き出す水は、やがて大地を潤すだろう。


「なんてことを……」

「時間も材料もなかったし、こうするしかなかったのよ。後の改造はどうぞご自由に、ってね」


 ララの仕事は、地下から水を汲み上げること。新たな"太陽の欠片"を作り上げたのはレイスとヨッタで、それを取り付けたのはグラフたちである。そこに使われているのは未知なる古代の技術ではなく、今を生きる最新の知見だ。これならば、後からいくらでも修正は効く。


「しかし、わざわざ空から降らせなくていいんじゃないか」


 拭っても際限なく降り頻る雨に辟易としながら、リグレスが言う。待望の水は騎士も暴徒も喜ばせたが、あまりにも長々と降り続けるとまた別の面倒が出てきてしまう。

 しかし、そう訴えるリグレスに、ララは挑発的な笑みを見せて言った。


「水は空から降って大地を潤し、生命を育むものよ。この雨はあなた達の生活を支えるだけじゃない」


 リグレスはその言葉に首を傾げる。


「豊かな水が、この町をオアシスに変えるわ。そうしたらきっと、去っていった魔獣も戻ってくる」

「それは……まさか……」


 ララは彼の驚く顔を見て、満足そうに頷いた。


「きっと砂鯨もまたやってくるわ。そもそもここは、硬い地盤によって水が溜まっていた土地なのよ。それを全部使い尽くしちゃって、乾き切ったせいで鯨達もいなくなっちゃった。――雨が降り続ければ、きっとまた会えるわ」


 ディスロは荒くれ者の街ではない。

 他ならぬリグレスが、それを信じていた。

 ここにはかつての栄光がある。砂鯨と共に暮らし、それによって栄えた都市としての姿が、朽ちかけ、砂に埋もれそうになりながらも残っている。

 雨は大地に染み込み、それは水を求める者を呼び寄せる。砂鯨もまた、現れるだろう。

 しかし、問題は水だけではない。暴徒のなかには、いまだマレスタの責任を追及する者もいる。その多くは、〈錆びた歯車〉に与する者だ。


「安心して、リグレス」


 そんなリグレスの不安を感じ取ったララは、先回りして彼の肩を叩く。彼女は背後へ振り返り、物陰に向かって声をかける。そこから現れたのは、リグレスの見知らぬ顔の男だった。


「彼は……?」

「〈錆びた歯車〉の前主領の息子よ。――大丈夫。悪い奴じゃないわ」


 男、グラフの素性を聞いたリグレスは途端に険しい表情になる。今にも剣を抜きそうな彼を、ララが止める。


「真面目な遺失古代技術の研究組織だった時の首領の息子だから。言わば、正統後継者ってやつね。彼なら町にいる残党とも渡り合えるし、あなた達とも手を組めるはず」

「どうしてそんな奴が」

「偶然って恐ろしいわねぇ」


 奇妙な巡り合わせである。そんな偶然が、この広い砂漠の一都市で起きるだろうか。

 足の向くまま気の向くままに砂漠を巡る魔道技師の青年を思う。彼はいったい、どこまで考えてグラフ達を雇い、そしてこの町へ連れてきたのか。それを本人は語らない。

 しかし、〈錆びた歯車〉の正統後継者が水路の機構を再構築したのは事実である。この一件をどう捉え、どう活かすかは、全て赤銅騎士団にかかっている。


「俺も事を荒げるつもりはない。むしろ、あの馬鹿どもを引き締めるために手を貸して欲しいくらいなんだ。どうかよろしく頼む」


 グラフはまっすぐにリグレスを見つめ、そして深々と頭を下げる。

 慈雨が降り止まぬなか、相容れぬはずの両者の最初の歩み寄りがあった。

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ぜひよろしくお願いします!

https://izuminovels.jp/isbn-9784295603290/

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