第三十五話「ここは、カフェですね!」
往路は『女神の翼』を使って一瞬だったララたちも、復路はのんびりとした足取りだ。
数十の馬車によって構成された『青き薔薇』の隊列は細長く連なり、ヤルダへの道を行く。
ララたちが乗っているのは、隊列の中ほどを走る一際堅牢な作りの馬車だ。
テトル率いる『青き薔薇』が乗ってきた装甲馬車で、紋章すらない無骨なものである。
『青き薔薇』の部隊長であるパロルドや、『壁の中の花園』の長であるテトルが乗る、部隊の中枢を担う馬車である。
「随分と大所帯なんだな」
細かな振動を伴って進む馬車の中で、イールが感心して言う。
これらを率いているのが旧友でもあったパロルドで、彼すらも従えるのが自分の妹だというのが、ようやく実感できたようだった。
彼女は広い馬車の中に備え付けられたソファに座り、供されたグラスを傾ける。
馬車に乗るララ、イール、ロミ、パロルド、テトルの五人は中央のテーブルを囲むようにしてソファに座り、各々身体を休めていた。
「『青き薔薇』はいくつかの分隊に分かれてるんだが、今回はそのほとんどが出動してきてっからなー」
ソファに腰を下ろして落ち着くパロルドが、手に持ったグラスをゆらしながら答える。
彼を頂点として、『青き薔薇』は十四の分隊に分かれているらしく、今回はそのうちの十二分隊が出動していた。
数が数だけに規模も相応に大きくなり、こうして大蛇のような列を組んでの行軍になっていたようだ。。
「あくまで秘密の部隊だから、普段は隊員たちも他の仕事があるんだけどな。今回の一件のおかげでヤルダは休業中の店が多いと思うぜ」
「普段は極々普通の店をやってて、有事の際には装備を調えてやってくる、か。……まさかヤルダにそんな部隊があったとはね」
しばらく寄らないうちに変わったもんだとイールは嘆息した。
「それで、イールお姉さまはヤルダに帰った後どうなされるのでしょうか」
「うん? ああ、そうだな。とりあえず神殿に行かないといけないかな」
「ひとまず、レイラ様への報告と、報酬の受け取りだけお願いしますね」
両手にマグカップを握りしめ、温かいミルクを飲んでいたロミが頷きながら言う。
彼女がレイラと交信した際に、ララとイールをすぐに神殿へ連れてくるよう厳命されていた。
「分かってるさ。報酬を受け取らないことには終わらないからね」
「結構な額になるわよねぇ。何買おうかしら」
イールの言葉に、ソファで横になっていたララも頷き賛同する。
今回の一件でエネルギーを多く消費した彼女は、省エネルギーを進めるために楽な体勢で休んでいた。
「神殿、ですか。それなら私もご一緒してもよろしいでしょうか。少し、レイラとも話したいことがあるので」
「ああ。別にいいぞ」
テトルの申し出に、イールは特に悩むこともなく了承する。
断る理由もなかった。
「ねえイール、私はとりあえず何か食べたいわ……」
「ヤルダに帰るまでは、少し辛抱してくれ」
「あら? 食料なら十分な量を用意してますわよ?」
くぅくぅとお腹を空かせて訴えるララを、イールは頼み込んで押さえる。
何も知らないテトルが提案するが、今のララならそれすらも食べきってしまうだろうと判断し、イールは丁重に断った。
「数日程度なら我慢できるだろ? ヤルダに帰ったら思う存分食べさせてやるよ」
「やった! ありがとうイール!」
ララは希望の光を青い瞳に燃やし、にこにこと笑みを浮かべた。
しかし身体はだらりとソファに沈めたままである。
「うーん、ちょっと私眠るわ。食事の時だけ起こしてくれない?」
「ああ、別にいいさ」
「今回一番の功労者はララさんですからね。しっかり休んで下さい」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言って、ララはゆっくりと目を閉じる。
最低限の機能だけを残し、ナノマシンの活動を休眠に移らせる。
静かに吐息を立て始める彼女を、四人はそっと見ていた。
*
ヤルダの町に『青き薔薇』の隊列がたどり着いたのは、三日後の事である。
途中、野営は挟みつつ、ゆっくりとした速度で帰還した。
ララたちがやって来たときとは違い、壁沿いにぐるりと回り込むように進んで、人気の無い場所にまで向かう。
そこでパロルドが壁に向かってサインを送ると、隠されていた扉がゆっくりと開いた。
「すごいな……。こんな場所があったのか」
「腐っても秘密部隊だからなー」
装甲馬車の屋根の上に立って様子を見ていたイールが驚きの声を上げると、パロルドは得意げに鼻を鳴らした。
そんな彼らを乗せて、隊列は壁の中へと吸い込まれていく。
石造りの通路はなだらかな坂になって、ヤルダの地下へと続いていた。
「ララ、そろそろ起きろ。ヤルダに着いたぞ」
イールは馬車の中に戻り、ソファで寝息を立てるララの肩を揺する。
数回ゆらせば、ぐずりながらもララは瞼を開いた。
「んぅ……。もうヤルダ?」
「ああ。到着だ」
大きな欠伸を一つ漏らし、ララは関節を動かす。
ポキポキと音を鳴らして、次第に意識が覚醒していった。
「ふぅ。なんだか随分暗いわね?」
「ヤルダの地下らしい。そこに『壁の中の花園』の本拠地があるんだとよ」
「へぇ、すごいわねぇ」
馬車に備えられた小さな窓から暗い外をのぞき見て、ララは声を上げた。
通路を抜けた先に待っていたのは、広大な空間だった。
装甲馬車が整然と並び、何十という人々が歩き回っている。
次々と到着する馬車はそれぞれの待機位置に戻り、そこで整備を受けていた。
「ここが『壁の中の花園』の本拠地なのね」
「よくもまあ、こんなに大がかりな物を作ったよ」
何本もの太い柱に支えられた巨大な空間を目の当たりにして、二人は呆れたような、驚いたような声を漏らす。
「ヤルダでは長い間暮らしていましたが、まさかこんなものが足下にあったなんて……」
ソファに座っていたロミも、信じられないと表情を強ばらせる。
「さあ、そろそろ地上に出る連絡塔に着きますわよ」
テトルが言うと、ほぼ同時に馬車がゆっくりと動きを止めた。
扉が開き、五人は外へ出る。
そこにあったのは、太い円柱の柱だった。
根元には扉があり、そこから地上へと繋がっているらしかった。
「では、行ってらっしゃいませ」
馬車に乗っていた『青き薔薇』の隊員たちに見送られ、ララたちは柱の中に入る。
「あれ? 階段があるわけじゃないのね」
てっきり螺旋階段が続いている物だと思っていたララが、首をかしげる。
その言葉にテトルは得意げな表情を浮かべた。
「うふふん。実はこの連絡塔、自動昇降機になっているのですわ」
そう言うと、テトルは壁に備えられたボタンを押し込む。
扉が閉まり、五人は重力がのしかかるのを感じた。
「うわっ、エレベーターがあるなんて……」
「ぐ、これもララお姉さまは知っていましたか」
ララが驚きながらも言った言葉に、テトルは悔しそうに歯がみする。
「それで、これはどこに繋がってるんだ?」
エレベーターの慣れない感覚に戸惑いつつも、イールが尋ねる。
「ヤルダの町にいくつかある施設の一つに繋がっていますわ。この昇降機の場合は――」
テトルの説明の途中で、エレベーターは動きを止める。
ゆっくりと扉が開くと、そこは廊下のようだった。
「ここは、カフェですね!」
漂うコーヒーの香りを感じて、ロミが言った。
廊下を出てみれば、そこはララとイールがパロルドと話したオープンテラスのあるカフェだった。
「へぇ……。ここと繋がってるのか」
「このように、町のあちこちの施設から秘密の通路が繋がっているんですのよ」
胸を張って、テトルは不敵な笑みを浮かべる。
「それでは、神殿へ向かいましょうか」
「そのあとは、早くお腹いっぱいごはんが食べたいわ!」
「はいはい。じゃあさっさと用事を終わらせようか」
そうして、五人は連れだって神殿へと足を向けた。




