表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/352

第三十五話「ここは、カフェですね!」

 往路は『女神の翼』を使って一瞬だったララたちも、復路はのんびりとした足取りだ。

 数十の馬車によって構成された『青き薔薇』の隊列は細長く連なり、ヤルダへの道を行く。

 ララたちが乗っているのは、隊列の中ほどを走る一際堅牢な作りの馬車だ。

 テトル率いる『青き薔薇』が乗ってきた装甲馬車で、紋章すらない無骨なものである。

 『青き薔薇』の部隊長であるパロルドや、『壁の中の花園(シークレットガーデン)』の長であるテトルが乗る、部隊の中枢を担う馬車である。


「随分と大所帯なんだな」


 細かな振動を伴って進む馬車の中で、イールが感心して言う。

 これらを率いているのが旧友でもあったパロルドで、彼すらも従えるのが自分の妹だというのが、ようやく実感できたようだった。

 彼女は広い馬車の中に備え付けられたソファに座り、供されたグラスを傾ける。

 馬車に乗るララ、イール、ロミ、パロルド、テトルの五人は中央のテーブルを囲むようにしてソファに座り、各々身体を休めていた。


「『青き薔薇』はいくつかの分隊に分かれてるんだが、今回はそのほとんどが出動してきてっからなー」


 ソファに腰を下ろして落ち着くパロルドが、手に持ったグラスをゆらしながら答える。

 彼を頂点として、『青き薔薇』は十四の分隊に分かれているらしく、今回はそのうちの十二分隊が出動していた。

 数が数だけに規模も相応に大きくなり、こうして大蛇のような列を組んでの行軍になっていたようだ。。


「あくまで秘密の部隊だから、普段は隊員たちも他の仕事があるんだけどな。今回の一件のおかげでヤルダは休業中の店が多いと思うぜ」

「普段は極々普通の店をやってて、有事の際には装備を調えてやってくる、か。……まさかヤルダにそんな部隊があったとはね」


 しばらく寄らないうちに変わったもんだとイールは嘆息した。


「それで、イールお姉さまはヤルダに帰った後どうなされるのでしょうか」

「うん? ああ、そうだな。とりあえず神殿に行かないといけないかな」

「ひとまず、レイラ様への報告と、報酬の受け取りだけお願いしますね」


 両手にマグカップを握りしめ、温かいミルクを飲んでいたロミが頷きながら言う。

 彼女がレイラと交信した際に、ララとイールをすぐに神殿へ連れてくるよう厳命されていた。


「分かってるさ。報酬を受け取らないことには終わらないからね」

「結構な額になるわよねぇ。何買おうかしら」


 イールの言葉に、ソファで横になっていたララも頷き賛同する。

 今回の一件でエネルギーを多く消費した彼女は、省エネルギーを進めるために楽な体勢で休んでいた。


「神殿、ですか。それなら私もご一緒してもよろしいでしょうか。少し、レイラとも話したいことがあるので」

「ああ。別にいいぞ」


 テトルの申し出に、イールは特に悩むこともなく了承する。

 断る理由もなかった。


「ねえイール、私はとりあえず何か食べたいわ……」

「ヤルダに帰るまでは、少し辛抱してくれ」

「あら? 食料なら十分な量を用意してますわよ?」


 くぅくぅとお腹を空かせて訴えるララを、イールは頼み込んで押さえる。

 何も知らないテトルが提案するが、今のララならそれすらも食べきってしまうだろうと判断し、イールは丁重に断った。


「数日程度なら我慢できるだろ? ヤルダに帰ったら思う存分食べさせてやるよ」

「やった! ありがとうイール!」


 ララは希望の光を青い瞳に燃やし、にこにこと笑みを浮かべた。

 しかし身体はだらりとソファに沈めたままである。


「うーん、ちょっと私眠るわ。食事の時だけ起こしてくれない?」

「ああ、別にいいさ」

「今回一番の功労者はララさんですからね。しっかり休んで下さい」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 そう言って、ララはゆっくりと目を閉じる。

 最低限の機能だけを残し、ナノマシンの活動を休眠に移らせる。

 静かに吐息を立て始める彼女を、四人はそっと見ていた。



 ヤルダの町に『青き薔薇』の隊列がたどり着いたのは、三日後の事である。

 途中、野営は挟みつつ、ゆっくりとした速度で帰還した。

 ララたちがやって来たときとは違い、壁沿いにぐるりと回り込むように進んで、人気の無い場所にまで向かう。

 そこでパロルドが壁に向かってサインを送ると、隠されていた扉がゆっくりと開いた。


「すごいな……。こんな場所があったのか」

「腐っても秘密部隊だからなー」


 装甲馬車の屋根の上に立って様子を見ていたイールが驚きの声を上げると、パロルドは得意げに鼻を鳴らした。

 そんな彼らを乗せて、隊列は壁の中へと吸い込まれていく。

 石造りの通路はなだらかな坂になって、ヤルダの地下へと続いていた。


「ララ、そろそろ起きろ。ヤルダに着いたぞ」


 イールは馬車の中に戻り、ソファで寝息を立てるララの肩を揺する。

 数回ゆらせば、ぐずりながらもララは瞼を開いた。


「んぅ……。もうヤルダ?」

「ああ。到着だ」


 大きな欠伸を一つ漏らし、ララは関節を動かす。

 ポキポキと音を鳴らして、次第に意識が覚醒していった。


「ふぅ。なんだか随分暗いわね?」

「ヤルダの地下らしい。そこに『壁の中の花園』の本拠地があるんだとよ」

「へぇ、すごいわねぇ」


 馬車に備えられた小さな窓から暗い外をのぞき見て、ララは声を上げた。

 通路を抜けた先に待っていたのは、広大な空間だった。

 装甲馬車が整然と並び、何十という人々が歩き回っている。

 次々と到着する馬車はそれぞれの待機位置に戻り、そこで整備を受けていた。


「ここが『壁の中の花園』の本拠地なのね」

「よくもまあ、こんなに大がかりな物を作ったよ」


 何本もの太い柱に支えられた巨大な空間を目の当たりにして、二人は呆れたような、驚いたような声を漏らす。


「ヤルダでは長い間暮らしていましたが、まさかこんなものが足下にあったなんて……」


 ソファに座っていたロミも、信じられないと表情を強ばらせる。


「さあ、そろそろ地上に出る連絡塔に着きますわよ」


 テトルが言うと、ほぼ同時に馬車がゆっくりと動きを止めた。

 扉が開き、五人は外へ出る。

 そこにあったのは、太い円柱の柱だった。

 根元には扉があり、そこから地上へと繋がっているらしかった。


「では、行ってらっしゃいませ」


 馬車に乗っていた『青き薔薇』の隊員たちに見送られ、ララたちは柱の中に入る。


「あれ? 階段があるわけじゃないのね」


 てっきり螺旋階段が続いている物だと思っていたララが、首をかしげる。

 その言葉にテトルは得意げな表情を浮かべた。


「うふふん。実はこの連絡塔、自動昇降機になっているのですわ」


 そう言うと、テトルは壁に備えられたボタンを押し込む。

 扉が閉まり、五人は重力がのしかかるのを感じた。


「うわっ、エレベーターがあるなんて……」

「ぐ、これもララお姉さまは知っていましたか」


 ララが驚きながらも言った言葉に、テトルは悔しそうに歯がみする。


「それで、これはどこに繋がってるんだ?」


 エレベーターの慣れない感覚に戸惑いつつも、イールが尋ねる。


「ヤルダの町にいくつかある施設の一つに繋がっていますわ。この昇降機の場合は――」


 テトルの説明の途中で、エレベーターは動きを止める。

 ゆっくりと扉が開くと、そこは廊下のようだった。


「ここは、カフェですね!」


 漂うコーヒーの香りを感じて、ロミが言った。

 廊下を出てみれば、そこはララとイールがパロルドと話したオープンテラスのあるカフェだった。


「へぇ……。ここと繋がってるのか」

「このように、町のあちこちの施設から秘密の通路が繋がっているんですのよ」


 胸を張って、テトルは不敵な笑みを浮かべる。


「それでは、神殿へ向かいましょうか」

「そのあとは、早くお腹いっぱいごはんが食べたいわ!」

「はいはい。じゃあさっさと用事を終わらせようか」


 そうして、五人は連れだって神殿へと足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆剣と魔法とナノマシン1〜7巻まで好評発売中です!
◆合法ショタとメカメイド1〜3巻もよろしくお願いします!

ナノマシン
第1巻 ⚫︎公式ページ ⚪︎ Amazon Kindle ⚪︎ Book Walker
第7巻(最新) ⚫︎公式ページ ⚪︎ Amazon Kindle ⚪︎ Book Walker
メカメイド
第1巻 ⚫︎公式ページ ⚪︎ Amazon Kindle ⚪︎ Book Walker
第3巻(最新) ⚫︎公式ページ ⚪︎ Amazon Kindle ⚪︎ Book Walker
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ