第348話「信じるとか、信じないとか、そういう話じゃないよな」
ディスロの地下に広がる広大な水路の中心に浮かぶ、巨大な発光体“太陽の欠片”。レイスの魔導具によって力を制限されていてなお強い光と熱を放つ球体は、人智をはるかに超越した高度な技術の集合体だ。
乾燥した砂漠のなかに孤立するディスロが人の拠点として存続しているのは、“太陽の欠片”が供給する莫大なエネルギーを用いた揚水システムによって潤沢な水が供給されているからだった。
「ララ、本気で言ってるのか?」
「ええ。もちろん」
だが、ララはそれを破壊すると言う。“太陽の欠片”を停止させ、そして新たな“太陽の欠片”を作り出すのだと。
それがどれほど荒唐無稽なことなのか、彼女が本当に理解しているのか疑わしそうにヨッタが目を細める。だが、ララはそんんか彼女の追及に臆することなく即座に頷いた。
「状況が変わりすぎだ。あたしにも分かるように教えてくれ」
緊迫した空気を打ち壊すように、イールが後頭部を掻きながら前に出る。彼女もロミも、目の前で事態が二転三転し、もう理解が追い付いていなかった。
ララは彼女たちを呼び寄せて、一から事情を説明する。
「まず、ヨッタたちに抑えておいて欲しいのは、この“太陽の欠片”が元々私の所有物だったということよ」
「そこから納得できねぇよ。だって、これは遺失古代技術なんだろ?」
唇を尖らせて鋭い指摘をするヨッタ。
遺失古代技術は現在よりもはるか昔に栄えた高度な文明の残滓だ。そのほとんどが失われているが、各地の遺構などにわずかだが残っているものもある。それらは現代の技術では説明も付けられないような強い力を持つ。
古代文明が栄華を極め、そして滅びたのは千年以上前のことだと言われている。
更に、この“太陽の欠片”が古代遺失技術ではなく、ララの所有物だったとしても、話は説明が付かない。なぜなら、ディスロという町そのものが百年以上の歴史を持っているのだ。
「それとも、ララは100歳以上のおばあちゃんなのか?」
「うーん……」
疑念の目を向けられたララは、どう答えたものか悩む。コールドスリープの期間を数えるならば、優に100歳は超えている。そもそも、寿命という概念が薄らぐほど医療技術や生体機械化技術の発達した社会で暮らしていたのだ、自分の年齢というものに、彼女は元々強い執着を持っていない。
一応、自認している年齢で答えるならば、18歳くらい、といったところだ。
「説明するのは難しいんだけど、保証書みたいなものならあるわよ」
ララはそう言って懐に手を入れる。
懐疑的な態度を崩さないヨッタの前に差し出されたのは、一枚の紙。だが、それを一目見た瞬間、ヨッタは笹型の耳を震わせて飛び上がった。
「なっ!? おま、これ――!」
「やっぱりヨッタは一目見ただけで分かるのね」
覿面な反応にララは口元を緩める。
彼女が広げて見せたのは、一枚の地図だった。それは辺境の全域を簡素な線で描いており、その中には広大なアグラ砂漠も記されている。そして、砂漠の片隅に位置するディスロの町のあたりに、印がひとつ記されていた。
この地図は、ただの地図ではない。ヨッタの後方から覗き込むグラフたちには察知できないが、ダークエルフである彼女はすぐに理解した。地図そのものから滲み出す魔力は驚くほどに清浄で力強い。これに並ぶものとなれば、伝説上の聖遺物しか思い当たらないほどだ。
こんなものを生み出せる存在など、限られている。そして、ヨッタの最も馴染み深い存在となれば、該当するのはただ一柱である。
「オビロンと、会ったのか……?」
「ま、色々あってね」
不敵に笑うララを見て、ヨッタはふらりと力をなくす。膝から崩れ落ちる彼女を、イールが慌てて抱き抱えた。
「それで、彼女から貰ったこの地図にいくつか印があるでしょ。ここには、私の失くした物があるの」
「なんていうか、信じるとか、信じないとか、そういう話じゃないよな」
この数秒でどっと疲れた様子のヨッタがぐったりとして言う。
エルフ族の守護者でもある精霊オビロンは、当然エルフ族の一員でもあるダークエルフ族のヨッタの信奉する存在だ。エルフであろうと、オビロンと直接対面できるのはその長い人生のなかで二回きり。ましてや、他の種族が邂逅したという話はまず聞いたことがない。その上、彼女から物を授けられるともなれば……。
もはや、そこに理屈はなかった。神がララを認めているのだ。ならば、ヨッタが主張したところで意味はなさない。
「実際、レイスはこれが遺失古代技術じゃないと思ってるんでしょ?」
「ああ。普通、遺失古代技術は謎めいてはいても、特異ではないからね」
話を振られたレイスは逡巡なく頷いた。
彼が先ほども言ったように、遺失古代技術は現代の技術をはるかに超越しているものの、それは確かにこの世界に根付いた技術だ。一方で、ララと共に各地に散逸したものは、どの技術体系からも逸脱し、独立した異質なものなのだ。
「はぁ……。分かったよ。それじゃあ、ララはこいつをどうにかできるってことか?」
証拠と言うのもおこがましいほどの物を出されては、ヨッタはもう何も言えない。彼女を両手を上げて降参の意を示すと、好きにしろと言い放った。
「そうね。じゃあ、とりあえず停止させたい……ところだけど、それも難しいわね」
燦然と輝く“太陽の欠片”に向き直ったララは、そう言って肩を落とす。
「何か問題でもあるんですか?」
不思議そうに首を傾げるロミに、彼女は頷く。
「これを止める前に、まずは新しい“太陽の欠片”の材料を集めないといけないのよ」
“太陽の欠片”はディスロの生命線。その活動が停止すれば、水の供給も絶たれ、灼熱の日射のなかでジリジリと焦げるような苦しみを余儀なくされる。それは、彼女としても本意ではないし、そもそも現在も地上では暴動が起きかけているのだ。“太陽の欠片”を見つけたからといって、すぐに水の供給を止めるわけにはいかない。
「それじゃあ、どうするんだ」
イールが腰に手を当てて尋ね、ララが答える。
「まずは材料集めからね」




