第344話「お前ら、一体何者なんだ」
グラフと四人の男たちは、イールとロミの加勢もあって早々に捕縛された。四肢を縄でキツく縛られて床に膝をそろえた彼らは、ぐったりとして大人しくなっている。そんな彼らを見下ろして、ララは思わず息を吐く。
「まったく、何が何だか分からないわね」
「こっちも同じ気持ちだよ」
とにかく情報が交錯して、状況が混乱していた。ララの嘆息にグラフも冷笑して応じる。両者共に、今の状況が理解できていない。
この状況を打破するためにも、ララは改めてグラフに問いかけた。
「あなた達の目的と、正体を教えて」
「言ったろ。俺はただの雇われだよ」
適当な返答に、ララの背後に立っていたイールがぎろりと睨む。その気迫だけで、グラフの隣に座っていた男たちは小さな悲鳴を漏らした。
剣呑な空気に肩を竦め、グラフはヒゲに囲まれた口を開く。
「別に冗談で言ってるわけじゃねぇ。俺とこいつらははぐれでね。砂漠の集落を渡り歩いてた流民だ。それで、この町の近くにあるオアシスで、魔導技師の男に出会ったんだ」
「魔導技師の男?」
怪訝な顔をするララに、グラフは頷く。
「そいつはなんでも、ディスロの水路を直すために動いてるみたいでな。俺たちは力仕事のために雇われたんだ。そのままじゃあどっかで野垂れ死んで砂狼に食われてただろうからな、飯も貰えるってんで引き受けた」
「その魔導技師の男はどこの誰なんだ?」
イールが更に尋問するも、今度は明瞭な答えは返ってこなかった。
「ずっとフードを目深に被って顔を隠してるからな。名前はチキンって言ってたが、多分偽名だろ。声の感じからして、若い男ってことくらいしか分からん」
「よくそんな怪しい奴について行ったわね」
「俺たちもギリギリだったんでな。藁にもすがる気持ちだったのさ」
グラフの笑いは自嘲的だ。砂漠を放浪するというのは、灼熱の太陽と極寒の夜を交互に過ごすことに他ならない。壁や屋根のある宿ならともかく、集落から集落へと渡り歩く旅人の過酷さは想像を絶するものがある。
彼らも必死なのだ。
「若い男……。水路に置いてあった魔導具も、そいつが置いたのか?」
ヨッタが興味深げに尋ねる。グラフは再び頷いた。
「あれがねぇと作業ができねぇってことでな。あんたらが壊さなくて良かったぜ」
「てことは、魔導技師もここにいるの?」
「それこそ、修理の真っ最中さ。俺たちは修理が終わるまでの見張りなんだ」
その言葉にララ達は一様に驚いた。
修理の必要があると言われてやってきたのに、すでに修理が始まっているという。しかも、これは赤銅騎士団も関知していないはずだ。となれば、グラフたちの雇い主である魔導技師とは、いったい何者なのか。
「それで、お前達こそ何者なんだよ」
拘束されている身でありながら、堂々とした態度でグラフが質問をし返す。
「私たちも水路の修理のためにやってきたのよ。管理者の赤銅騎士団から直々に頼まれてね」
自分たちの方が正当だ、と言外に主張しながらララはここへ来た理由を伝える。そうすると、グラフの隣に並んで座っていた男達は、やはり困惑の表情を浮かべた。
「ちょっと待て、いま赤銅騎士団って言ったか?」
「ええ、そうよ」
彼らは困惑し、互いに顔を見る。そして五人を代表するようにグラフが厳しい形相で言い放った。
「それじゃあ、ここはディスロってことか!」
「そうだけど……。知らなかったの?」
憤る男達に再びララ達が困惑する。
地下水路はディスロの生命線であり、またこの町の有名な建造物だ。内部に立ち入ったものこそいないものの、その存在はアグラ砂漠に広く知られている。
ララ達も当然、グラウたちはそれを知っているものだと思っていた。だが、彼らの反応はまるで、騙されて連れてこられたかのようなものだった。
「ここがディスロの町だとして、何か問題でもあるのか?」
「問題大有りだよ。――ここには、〈錆びた歯車〉の奴らがいるんだろ!」
「っ!?」
グラフの口から飛び出した言葉。
それを聞いた瞬間、ララたちは咄嗟に臨戦体勢を取った。それほどまでに、彼女達の中にその名は強く鮮烈に刻み込まれているのだ。
〈錆びた歯車〉――辺境の外からやって来た、各地に眠る遺失古代技術を悪用せんと付け狙う犯罪者集団。彼らは一つの村を滅ぼし、また魔獣と人に対する実験を繰り返していた。
その首領として君臨していたイライザとその腹心たちは、ララ達によって落とされた。今はキア・クルミナ教が擁する監獄に収容されているはずだ。
しかし、この辺境の辺境とも言えるディスロには、かの組織の残党が今も居着いている。そして、彼らは町の古参達と頻繁に衝突し、両陣営は互いに睨み合っているのだ。
「お前ら、一体何者なんだ」
イールが問う。
その名前を口にした瞬間に豹変した彼女達を見て、グラフも目を細める。そして、重たい口をゆっくりと開いた。
「俺たちは――。いや、俺は、〈錆びた歯車〉の前首領の息子だ」
彼の明かした正体。
それを聞いたララ達は、異口同音に驚きの声を上げた。




