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第342話「本人に聞けばいいわね」

 地下水道内に人がいる。そう伝えられたヨッタは驚愕の声が漏れないように必死に口を押さえた。

 イールとロミは壁に背を付けて、真剣な表情で周囲の気配を探っている。ララもまた、サクラのライトを消して口を固く結んでいた。彼女たちの剣呑な空気に、ヨッタの中で不安も膨れ上がる。

 地下水道は本来、赤銅騎士団長ですらおいそれと立ち入ることのできない秘境だ。侵入者を問答無用で排除するために待ち構える無数の魔導兵たちは、彼女たちも苦労した優秀な警備員だ。ララ、イール、ロミの三人が常人以上の実力を持っていたおかげで今まで無事に生きているのだ。そのうちの誰か一人でも欠けていれば、ヨッタはここにはいないかもしれない。

 だというのに、彼女たちは他の人物の気配を察知した。その事実が何よりも奇怪だ。


「もしかして、魔導具を置いた奴か?」


 ヨッタの脳裏に浮かんだのは、水路の()()()()に置かれた六つの魔導具。誰がどのようにして、何の目的で置いたのか分からない、謎の物体だ。


「敵意があるかどうか分からないのが厄介ね。中心に向かうなら、絶対に鉢合わせるわよ」

「せめて姿を確認できたらいいんだが」


 人の存在を感知したのは、ララの鋭敏な感覚だけだ。イールもロミも、彼女の言葉を信頼しているだけで、実際に目視したわけではない。相手の外見や言動がわかれば、そこから正体を類推し、危険性を判別することも可能だろう。しかし、彼女たちには圧倒的に情報が不足していた。

 また、もう一つ懸念事項がある。ララが気配を察知したのは、ロミが放った魔法によって作られた穴の先だ。つまり、向こうもまた、ララたちの存在を察知していると考えなければならない。それも、一方的に攻撃してきた、と捉えられている可能性すらあった。


「……仕方ないわね。イールとロミやヨッタを守って。私が偵察してくるわ」

「ララ!?」

『ララ様、ここは私が!』


 覚悟を決めて口を開くララ。彼女の言葉にイールたちが驚く。サクラがランプを明滅させて、自分が適役だと訴える。しかし、ララの意志は揺らがなかった。


「サクラが突然出てきたら、それこそ敵だと思われるでしょ」


 浮遊する金属球という姿のサクラは、どう考えても話の通じる相手には見えない。むしろ、水道内を徘徊している魔導兵の一味だと思われるだろう。ファーストコンタクトがサクラであった場合、平和的なやり取りができる可能性はぐっと低くなる。


「心配しないで。上手くやるわよ」


 ララは胸を張って自信に満ちた笑みを浮かべる。


「ちょっと悔しいけど自分が一番小さいしね。本格的に襲いかかってきたら、迷わず逃げてくるからその時はよろしくね」

「はぁ……。気を付けろよ」


 ララの言っていることは、間違いではなかった。イールもロミも、自分がそういった事に向いているとは思わない。彼女たちはしばらく考えた後、結局それが最適であると判断して頷いた。

 ただし、少しでも身の危険を感じれば、すぐに退避することを彼女に約束させる。ララもまた、ここで死ぬ予定はないため、すんなりと了承した。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。――『隠密歩行(キャットウォーク)』」


 ララはエネルギー残量を確認しながら、足音を抑えるコマンドを実行する。ナノマシンの働きによって彼女の足裏はしなやかに音を吸収するようになり、石の床を走っても奇妙なほど音がしなくなった。


「本当はノイズキャンセリングまでしたいんだけど、流石に厳しいわね」


 自身を中心に一定範囲の音を全て打ち消すコマンドもあることにはあったが、あまりにも規模が大きいため、現在のララのエネルギー残量では実行できない。ないものを嘆いていても仕方がないと彼女は早々に諦めを付けて、ロミが貫いた穴の先へ目を向けた。

 静かに地面を蹴り、穴の中へと飛び込む。

 ララの背中が闇に紛れて見えなくなるまで、イールたちは心配そうにそれを見送る。そして、その奥に待ち構える存在が、せめて話の通じる者であることを祈るのだった。


(断面が滑らかね。気をつけないと滑りそうだわ)


 ララは狭い穴を駆け抜けながら、その凹凸のない壁に思わず感心する。ロミの魔法によって削り取られた壁はツルツルとしていて、意識していなければ滑って転んでしまいそうだった。

 水路を横断する瞬間に魔導兵がぴくりと反応するが、壁の向こうへ飛び込むとすぐにおとなしくなる。そんなことを続けながら、ララは全く音を立てる事なく穴の中を突き進む。


「ッ!」


 そして、200メートルほどをノンストップで進んだ時、彼女は足を止めて壁の陰に身を隠す。彼女の目が鋭くなり、耳に意識が集中する。彼女の鋭敏な聴覚が、この先でかすかな物音を感じ取ったのだ。

 彼女は物陰に身を潜めながら、ゆっくりと顔を出す。こういうことならば、指先の目をひとつくらい持ってきておくべきだったと少し後悔しながら、慎重に音の発生源を確認する。


「――あれは?」


 彼女の目が暗闇を見通す。音の発生地点には光源らしきものもない。それだけで怪しさは拭いきれないところがあったが、それを見たララは更に困惑する。

 水路の一角が、異様な光景を呈していた。これまで彼女が見てきたのは、魔導兵によって絶えず補修が続けられてきた完璧な水路だった。しかし、そこは壁もボロボロで、更にボロボロの布を使った簡素なテントがいくつか並んでいる。

 明らかに、人の生活の痕跡が見てとれた。


「一体どう言う事なの?」


 水路は魔導兵が目を光らせている。ララたちが歩いているだけでも、問答無用で攻撃されるのだ。あのようなテントを建てるほどの余裕があるはずがない。

 一つ可能性があるとするならば、あの一角が魔導兵にとって“水路の外”と認識されていること。しかし、それもおかしい。どう考えても、あそこは水路を構成する通路のひとつなのだから。

 思考を巡らせていたララだが、結局その答えは出なかった。彼女は小さなため息をついて、考えることを諦める。


「本人に聞けばいいわね」


 意を決して立ち上がる。堂々と穴の真ん中を歩いて、ボロボロのテントの前に立つ。

 薄い布越しに、人の気配がする。ロミの放った魔法は強力だった。それを感知していないはずもない。その上で、テントの中の人物は静かに佇んでいるのだ。

 少なくとも、過激な性格ではないだろう。

 ララは意を決して布に手をかける。

 そして、勢いよくそれを払った。

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