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第341話「誰か、他の人間がいるわ」

 その光は全てを消し去った。瓦礫すら残さず、目の前に立ちはだかる壁の全てが消滅した。音すらも、そこからは感じられない。ただまばゆい光のみが地下水路を駆け巡る。

 ララは目の前で起きた事実を理解できなかった。ただのエネルギーの放出であれば、物理的な衝突によって様々な余波が発生するはずだ。物質そのものが消滅するという現象が、どれほど非現実的なことなのか、彼女はよく理解している。分子や原始、素粒子といった物質の基本構成を完全に無視した光景だ。

 光が途切れ、闇が戻る。残されたのは、真っ直ぐに伸びる丸い穴だけ。


「うぅ……」

「ロミ! 大丈夫?」

「一気に魔力を放出したので、一時的に欠乏症に陥っているだけです。少し休めば、すぐ元に戻ります」


 ぐったりとして石の床にへたりこんだロミを、ララは慌てて介抱する。水とナッツを渡すと、彼女はポリポリと小動物のように食べ始めた。


「すごいわね、これ……。魔法のことがまた分からなくなって来たわ」


 ロミが体力を取り戻すまで動けない。ララは穴の側まで近づき、その滑らかな断面にそっと触れる。まるで丁寧にヤスリがけされたかのように凹凸がなく、縁の部分は鋭く尖っている。まるで空間そのものが削がれたかのような、非現実的な破壊痕だった。

 物質をそのまま消滅させる。そんな芸当が可能なのが魔法なのか。少なくとも、ララの知る科学技術では、これほどまでの圧倒的な破壊能力は存在しない。

 魔法という現象について少しは理解できたと自負していたララは、まだその深淵を見通すことができていなかったことを痛感する。彼女が垣間見ていたのは、魔法という広大な技術体系の、ほんの一端に過ぎなかった。


「えへへ。実はわたしも、この魔法を使うのは初めてだったんです」

「ええっ?」


 壁に背を預けて姿勢を楽にしたロミが少し笑う。彼女の言葉にララたちは目を丸くして驚いた。


「こんな状況で、よくそんな魔法を使おうと思ったな」

「そうしないとどうにもできない状況だと思ったので。完全詠唱が初めてなだけで、正式詠唱や略式詠唱での発動はしたことがありますし」


 キア・クルミナ教の神官が使う神聖魔法には、一つにつき三種類の詠唱がある。長大で魔力消費も大きい正式詠唱、消費も少なく素早い発動が可能な略式詠唱。そして、正式詠唱よりも更に長く、大量の魔力を必要とする完全詠唱。

 ララは以前ロミから受けたレクチャーを思い出す。


「たしか、完全詠唱って儀式とかでしかしないって言ってなかったっけ?」


 実用性という側面の一切を切り捨てた完全詠唱は、神官であっても扱う機会はそう訪れない。神殿で大勢の神官が一堂に会して行う厳粛な儀式や礼拝などで、一部の魔法が象徴的に扱われるだけだ。

 そもそも、攻撃に用いる魔法の完全詠唱というものは、実践を考えると使う余裕がないのだ。


「そうですね。昔は敵対勢力との戦いで戦術級魔法として使っていたらしいですが」

「いわゆるマップ兵器ってやつね」


 それがどれほど前の時代のことかララには推し量ることもできないが、ここ最近という訳でもないだろう。とはいえ、人間一人にそんな大規模な影響を及ぼす能力があるというのは、かなり恐ろしい事実だ。


「ロミは怒らせない方がいいわね」

「わ、わたしだって必要に迫られないと使いませんからね!?」


 痕跡すら残さず抹殺されるのは、流石にララもごめん被りたい。そもそも、あの光線を真正面から受けて耐えられるかどうかすら未知数なのだから。もし本当にあらゆる理屈を貫いて“物質を消す”という単純な能力を持っているのだとすれば、ナノマシンや特殊合金でなんとかなるものでもない。


「ふぅ。……お待たせしました。いつでも出発できます」

「いいの?」

「はい。魔力がある程度戻れば楽になりますから」


 ナッツを食べ終えたロミが水を一口飲んで立ち上がる。彼女の顔色も、さほど悪くはない。それを認めて、ララは頷いた。


「それじゃああとはこの道を一直線に進めばいいのね」

「こりゃ楽だな。最初からこうしてりゃ良かったかもしれん」

「簡単に言わないでくださいよぉ」


 イールの冗談めかした言葉で、少し落ち込んでいた空気が弛緩する。


「この先に、“太陽の欠片”があるんだな」


 ヨッタが期待のこもった声を漏らす。

 地下水道の中心まで貫くこの道の先に、ディスロが守り続けてきたものがある。それがついに、彼女たちの前に現れるのだ。

 だが、意気揚々と歩き出そうとしたヨッタの手を、ララが強く握って引き止める。


「なん――」


 驚いて振り返るヨッタの口を、彼女は手で覆って塞ぐ。目に驚愕の色を見せるヨッタに、ララは身振りで口を閉じるよう伝える。コクコクと頷いたのを見て、ようやく手を離す。

 イールとロミは、すでに壁に背を付けて真剣な表情だ。周囲を警戒し、耳を澄ませている。


「どうしたんだよ?」


 ヨッタがララに顔を近づけて囁く。ララは彼女に届くギリギリの声量で、質問に答える。


「――誰か、他の人間がいるわ」


 その言葉に、ヨッタは再び驚愕した。

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