第三十四話「うえええ、勘弁してよぉ!」
ララは拾い集めた部品を工具を使って加工していく。
あるときは鋭利な刃物となって。
あるときは重い槌となって。
またあるときはレーザーで微細な溝を刻む銃となって。
万能工具は瞬時に形を変えながら、ララの手として動く。
「おい、ララ。何やってるんだ?」
唐突な彼女の行動に首をかしげ、イールが尋ねる。
「うふふ。ちょっとこの自律人形が稚拙すぎるから、私が鍛え直してあげようと思って」
そんな彼女の問いに、にこりと笑みを浮かべてララは答える。
そうして、また工具を用いて部品を作り替えていく。
「えっと、お姉さま。ララさんはどういう……?」
「あー、うー。なんて言ったら良いんだろうな」
困惑するテトルに、どう説明した物かとイールは頭を抱える。
結局の所、彼女もララの能力についてはあまり詳しくは知らないのだ。
「ねえ、テトル。少し聞いても良いかしら?」
突然、作業をしていたララからテトルに声が掛かる。
驚いて飛び上がりつつも、彼女はララに顔を向けた。
「ふぇっ!? な、なんでしょうか?」
「テトルってこういうのにも詳しいのよね」
「こういうの、というと、魔導自律人形に関してですか?」
「それもあるけど、魔力で動く道具とか機械とか、そういうの」
ララの言葉に、テトルは理解できたようで頷く。
彼女は得意げな表情を浮かべて、ぽんと胸を叩いた。
「魔導具に関してなら、ある程度知識はあると自負しておりますわ」
「なら良かった。ちょっとこの回路を見て欲しいんだけど」
ララはぱっと表情を輝かせ、手元の装甲に刻んだ回路を見せる。
それをのぞき込み、テトルは驚きの声を上げた。
そこに刻まれていたのは、驚くほど細やかな回路だ。
彼女の知るどんな技術でもできないような緻密な、美しさすら感じる回路だった。
「すごい。こんな密度の回路、見たことありませんわ!」
思わず声を上げて、彼女はじっとそれを凝視する。
見れば見るほどに、その技術の、既存技術との乖離具合が実感できた。
「そういえばレーザーはないのよね。何か代替できる魔法とかあればいいけど……」
そんな事も話しつつ、ララは本題に移る。
それは人形を制御する中枢機関である、コアについてだった。
ララは『錆びた歯車』の残したこの魔導自律人形の残骸を分析し、更に洗練させようとしていたのだ。
「ここからの指示を、こことここに送りたいんだけど……」
「それなら、こうして……」
頭を突き合わせて、ララとテトルは論議を交わす。
完全に蚊帳の外となったイールは、暇そうに残骸を積み上げていた。
「ふむふむ。これならいけそうかな」
「ララさんの物は、聞いたこともない発想の技術ですわね。一体何処でそんなものを……」
大方の方向性が決まり、早速組み立て作業を始めるララを見て、テトルは呆然として言う。
長年研究してきたあらゆる知識が、一瞬で塗り替えられていくのを感じる。
まるで堅い殻を破るようにして、ララは彼女に新たな叡智を与えていた。
「――よし! 完成」
そうして、一体の人形が組み上がる。
それは先ほどまでこの部屋で暴れていた魔導自律人形とは似ても似つかぬ容姿だった。
無骨だったシルエットはすらりとした流線型に整えられている。
サイズも、見上げるような背丈からララより少し高い程度になっている。
のっぺりとした何も部品のない顔を持ち、それは静かに横たわっていた。
「さーて、起動してみましょうか」
ララは手に持った小さな長方形の箱を握る。
そこにはいくつかのボタンが用意されていた。
彼女はそのうちの一つを押し込む。
すると、小さな駆動音を鳴らして、ゆっくりと人形が立ち上がった。
「すごい! 人形が立ったわ!」
感激して、テトルが声を上げる。
「おお、面白そうだな」
その声を聞きつけて、イールも近寄ってくる。
見慣れない白い人形を、彼女は興味深そうに観察した。
「遠隔操作式半自律魔導人形……、マジックゴーレムとでも名付けようかしらね」
得意げな笑みを浮かべて、ララは言う。
彼女のリモコン操作によって、マジックゴーレムは滑らかに運動をする。
歩く、走る、跳躍など、人間と遜色ないほどの運動性能を発揮する。
「すごい……。これがあれば、労働力を確保できるようになりますわ」
「うーん。でもこれいくつか問題点があるのよ」
キラキラと目を輝かせて言うテトルの言葉を、ララは申し訳なさそうに遮る。
「一つは量産できないこと。素材はともかくとして、コアの作成に最低でもレーザー加工技術が必要ね。二つ目に、操縦者が大量の魔力を消費すること。私の場合ナノマシンのエネルギーだけど、魔力だとかなりの負荷になると思うわ」
「う、そうでしたか……」
テトルはしゅんと肩を落とし、残念そうにマジックゴーレムを見る。
「だからね。このマジックゴーレムはあげるから、隅から隅まで研究したらいいと思うわ」
「ええっ、いいんですか!?」
一転し、驚きの声を上げるテトルに、ララは軽く頷く。
「そもそも、あげる為に作ったのよ。安価な労働力があったら、ヤルダの食糧問題の解決の糸口くらいにはなるでしょう?」
高性能な人形が一体あったところで、変化は小さい。
ララはそれを元に劣化だとしても量産できる物を開発し、広めることを想定していた。
「古代遺失技術にある魔導自律人形の、永久に稼働できるっていう点は流石に実現が難しそうだけどね」
「そこまでデタラメな性能じゃなくても、十分すぎるほどに十分ですわ。ああ、ありがとうございます! これはすぐにヤルダの研究所に持ち帰って有効に使わせて頂きます」
ぎゅっとララの手を握り、テトルは感涙する。
彼女は早速『青き薔薇』の隊員に指示を出し、人形を丁重に布で包む。
「我らが『壁の中の花園』の威信にかけて、必ずやこれと同等の人形を作り出しますわ」
「おおう、随分燃えてるね……」
堅く拳を握りしめて言うテトルに、ララは気圧される。
ちょっとした出来心で作った物とは、今更言えない雰囲気だった。
そんな時、奥からテトルを呼ぶ声が届いた。
「テトル様、内部の捜索がおおよそ完了したぜ」
内部の探索に赴いていたパロルドは、テトルに駆け寄ると捜索の結果を報告する。
「内部のほとんどは、この魔導自律人形の生産工場だった。ほとんど自動で生産できるようになっていて、まだまだ膨大な数の人形が眠ってたぜ」
「ご苦労様。それじゃあそれらも全部接収して帰りましょうか」
パロルドの報告を受け、彼女は今後の行動を告げる。
それを聞いて、『青き薔薇』の面々は即座に移動を始めた。
「さぁ、それではヤルダに帰りましょうか。イールお姉さま、ララお姉さま」
「えっと、テトル? そのララお姉さまっていうのは……」
聞き捨てならない言葉に、ララが言及する。
テトルは満面の笑みを浮かべると、そっと彼女に寄り添った。
「ララお姉さまは私に大いなる知識を与えて下さったのです。これはもうイールお姉さまと同格の存在と言っていい……。そう、ララお姉さまは私の第二のお姉さまだったのですわ!」
「あの、イール……」
「ま、諦めるんだな」
助けて、と言外に訴えるララの視線を避けるように、イールはそっと歩き出す。
「ふぅ。レイラ様への報告、終わりましたよー、ってあれ? なんだかテトル様とララさんが仲良しに……」
丁度レイラへの報告を終えたロミが戻ってくる。
体調も戻ったのか、顔色も良い。
ララは彼女を見つけると、さっと背中に回り込む。
「ロミ、少し背中借りるわ」
「えっえっ!? な、なんですか?」
「もぉお姉さまったら! 恥ずかしがらなくてもよろしいのに」
「うえええ、勘弁してよぉ!」
豹変したテトルに追いかけ回されるララ。
事態の飲み込めないロミは、そんな二人を見て首をかしげた。




