第339話「こいつ壊せば水路は元に戻るのか?」
硬い石壁に亀裂が入る。ポロポロと細かな破片が砕け落ち、冷たい床に転がる。
直後。
「おらあああああっ!」
イールの勢いのついた声と共に、壁が轟音を立てて崩れた。もうもうと砂埃が立ち込める中へ彼女たちはもつれるように飛び込む。その背後を無数の槍と剣が追いかけていたが、壁のあったところを境にぴたりと止まる。
「ひぃ、今度こそ死ぬかと思いました……」
「一歩外に出たらすぐに襲って来やがる」
四方が壁に囲まれた密室の中に逃げ込んだロミは青い顔で魔導兵を見上げる。彼らは目の前にいる四人の姿がまるで見えていないかのように、ふっと興味を失って通路を下がっていく。
「安全な場所が見つけられたのは僥倖ね。これでゆっくり考え事もできるわ」
「そこに逃げ込むのが大変なんだけどな」
深く息を吐いて落ち着くララに、イールが肩をすくめる。
ロミの予測したように、地図上でどこの通路からも繋がっていない壁の中の空間は、魔導兵たちが認識できないエリアになっていた。そこに逃げ込めば、どれほど大量の魔導兵に追いかけられていても難を逃れることができる。問題なのは、頑丈で分厚い石壁を破壊することができるのがイールかロミだけという点だ。しかも、ロミも走りながらの長い詠唱というのは難しいため、実質的にはイールに任せきりになっている。
「しっかり休憩して、またよろしくね」
「簡単に言うなあ」
半目になるイールを笑ってはぐらかし、ララは部屋の奥に目を向ける。サクラのライトが照らす先にあるのは、先ほども見た巨大な魔導具だ。ピストンや歯車が忙しなく動き続け、何かの働きを続けている。
「やっぱりここにもあったわね」
真新しい筐体を眺めて、ララは頷く。ヨッタも間近でじっくりと観察し、間違いないと確証を得た。
これは最近取り付けられた、新しい魔導具だ。
「これで何個目だ?」
「ちょうど六つね。予想通り、六角形の頂点に置かれてるみたい」
ララが地図を広げ、そのうちの一点に印を付ける。最初に見つけた魔導具から始まり、地図上の空白地点を探し回った彼女たちは、合計で六つの魔導具を発見した。それは巨大な魔法陣を構成する水路のなかで規則的に設置されており、全ての頂点を繋ぐと魔法陣と中心を重ねる六角形を描くことができる。
誰かが意図的にこれを空白点に設置していたのは事実だろう。
「それでヨッタ、何か分かった?」
「うーん」
六つの魔導具はどれも同じような形だが、どのような働きをしているのかララたちには分からない。しかし魔導具はヨッタの扱うサディアス流の技術が使われている。彼女は大量のメモを書き留めながら、その全容を把握しようと解析を進めていた。
「ぶっ壊しゃいいんじゃないのか? どうせ水路の不調もこれが原因なんだろ?」
「適当なこと言わないでよ」
瓦礫に腰掛けて携帯食料を齧りながら言うイールにララが眉間に皺を寄せる。精密機械というものは、おいそれと稼働を止められないのだ。
「うーん、多分魔力を集めてるんだと思うけど、肝心の集めた魔力をどうしてるのかが全然分かんないんだよ。下手に触ると最悪爆発するよ」
「魔導具っておっかないな」
「適切に使いこなせば便利なんだよ」
戦々恐々とするイール。ヨッタは唇を尖らせる。
「一つ気になるのは」
ララが二人の間に割り込んで口を開いた。彼女は動き続ける魔導具を見上げて、その方向を確認する。
「これ、全部水路の中心を向いてるのよね」
「中心、ですか。正直もう方向感覚が全然なくて分からないです」
首を傾げるロミだが、それも仕方ないとララは頷く。空も見えない地下水道で、しかもその道は複雑に入り組んでいる。ララは電脳による支援を受けて完璧に方角を把握できているが、そうでなければすぐに感覚が麻痺してしまうだろう。
「……ああ、そういうことか」
魔導具を見つめていたヨッタが、唐突に呟いた。
ララたちの視線が一気にそちらへ向かう。
「何か分かったのか?」
期待のこもったイールの声に、ヨッタは勢いよく振り返って目を大きく開いた。
「すごいぞ、これ! すごい魔導具だ!」
これまでとは打って変わって興奮を隠しきれないヨッタ。彼女のなかでは、何か大きな進展があったらしい。パズルの最後の1ピースが嵌ったのか、もしくは喉奥に支えていた小骨が取れたかのように、小躍りしそうなほど喜んでいる。
完全に蚊帳の外に置かれたララたちは、3人できょとんと目を合わせるほかなかった。
「結局、何がどういうことだったの?」
ついにララが切り出すと、ヨッタはようやく気が付いた様子で落ち着きを取り戻す。それでもまだ少し浮き足だっていたが、それでも説明を始めた。
「こいつは魔力を吸収してるんじゃない。魔力を打ち消して、魔法を使えなくする魔導具なんだ!」
「魔法を使えなくするって……」
ララは首を傾げ、隣に立つロミを見る。彼女も不思議そうな顔だ。ロミはこの魔導具の近くに立っていても、問題なく魔法が使えている。
しかし、彼女たちの言わんとすることを察したヨッタは首を横にふる。
「違う違う。こいつはもっと大規模な魔法を想定してるんだ。魔法使いが一人で使えるようなやつじゃなくて、数十人規模で扱うような――それこそ、でっかい魔法陣で使うような!」
彼女の言葉をそこまで聞いて、ララたちも理解する。
そしてイールが「やっぱり言った通りじゃないか」と唇を尖らせる。
「つまり、この魔導具は地下水道の魔法陣を停止させてるのね?」
「ああ。けど、それだけじゃない。これはスイッチなんだよ。魔法陣は基本的に陣を崩されない限り動き続けるけど、一度破綻したらもう一度描き直さないといけない。それを、この魔導具を使えばいつでも自由に動かしたり止めたりできるんだ」
これは画期的だぞ、とヨッタは叫ぶ。
ララとイールはその素晴らしさにピンと来なかったが、ロミだけは興味深げに聞いていた。
「それじゃ、こいつ壊せば水路は元に戻るのか?」
「いや、それは違うと思う。魔導具は六つで一組だから、一つ壊しても意味はないし、最悪魔法陣自体が壊れる可能性もある」
ヨッタの予測に、イールは背筋を凍らせる。安易に魔導具を壊していたら、自分たちがディスロの水源にとどめを差していた可能性すらあったのだ。
「魔導具の機能が分かったところで、どうするの?」
「やっぱり中心に行くべきだと思う。そこに、魔導具を停止させる装置があるはずだから」
先ほどまでとは異なり、強い確信を持ってヨッタが断言する。それを聞いて、ララたちも方針を固めた。
少し回り道をしたが、彼女たちは結局、水路の中心へ誘われているのだ。




