第338話「世界の外側に置くまでして隠したいものねぇ」
地下水道の中で見つけた、巨大な魔導具。いくつものピストンが忙しなく上下し、歯車がカラカラと回転する。その鋼鉄の筐体を一目見ただけでは、ララたちにはそれがどのように働くものなのか見当もつかない。しかし、ヨッタは愕然として立ち尽くし、それを見上げていた。
「サディアス流って、ヨッタの流派よね。別に珍しくもないんじゃないの?」
「たしか魔導兵にもサディアス流の技術は使われてるんだろ?」
ヨッタがそれほど驚く理由がララたちには分からない。ヨッタの修めるサディアス流は、魔導技師の一派でありアグラのような砂漠の過酷な環境を想定したものが多い。
アグラ砂漠の片隅にあるディスロの地下水道ならば、サディアス流の技術が使われた魔導具が置かれていても、さほど珍しいことのようには思えなかった。何より、イールの言ったように地下水道を徘徊する魔導兵たちにはその技術が使われているのだ。
しかし、ヨッタは首を振ってそれを否定する。彼女は何かを確かめるように機械をまじまじと見つめ、そして確信を高めたようだった。
「この魔導具、最新の技術が使われてるんだよ」
「最新?」
怪訝な顔で言葉を繰り返すララに、ヨッタは頷く。
「魔導兵に使われてるのは、サディアス流のなかでも古い技術だ。それこそ、あたしも存在は知ってても今更使おうとは思わないくらい時代遅れなんだよ。それは魔導兵がかなり昔に作られたってことで納得できる」
けど、と彼女は言う。
「この魔導具、新しい理論で動いてる。筐体も真新しいし、少なくとも3年以内に作られた魔導具だ」
「それはおかしいわよ。地下水道はずっと閉じられてたんでしょ?」
「だったら地下水道が作られた時にはまだ発見すらされてなかった未来の技術が使われてることになるんだぞ」
ヨッタが叫ぶように言った。彼女の混乱する理由を、ララたちも遅まきながら理解する。数百年前に作られた地下水道、その後長らく魔導兵たちによって守られてきたはずの内部に、最新技術が使われた魔導具が安置されている。
考えられるシナリオはひとつだけ。何者かが最近、この水道に侵入して魔導具を安置した。
しかし、言ってしまえば一言で済むものも、実際に成し遂げようと思えば難しい。まず、ララたちでさえ手を焼くほどの魔導兵の群れを凌ぎながら、どうやってここまで魔導具を運び込むのか。しかも、赤銅騎士団に気取られることなく。もしマレスタたちが知っているなら、ララたちにも一言伝えているはずだ。
「ヨッタ、この魔導具は誰が作ったのかって分かるのか?」
「分解して調べないと、なんとも。見えるところにサインがあるわけでもないし」
魔導具は今も動き続けている。下手に手を加えて、何か大変なことが起きてしまうことを考えると、なかなか手が出せない。
「気になることは他にもありますよ」
外観から何か手掛かりが見つけられないかと睨むヨッタの背後で、ロミが口を開いた。この魔導具の存在に気が付いたのは、ロミが強い魔力を壁越しに察知したからだ。
「この魔導具、隠すように四方が壁に囲まれた部屋に置かれてたみたいですが」
イールによって壁が破壊され、魔導具の存在が露わになった。この巨大な機械が安置されている部屋は、出入り口らしきものがどこにもない密室だ。ロミが気付かなければ、ララもイールもここには辿り着けなかっただろう。
ロミは壁に開いた穴を見て言う。
「魔導兵たちが、この中に入ってこないんですよ」
「……本当だな」
言われてみれば、とイールが眉を上げる。
直前まで四人を外敵と判断して容赦なく襲いかかってきた大量の魔導兵たちが、まるで気配を感じない。ララが咄嗟に築いたバリケードも今ごろはとっくに乗り越えられているはずだが、壁の中に乗り込んでくるものはいない。
「どれどれ……。うひゃぁっ!?」
穴から頭を少し覗かせたララが、直後に大きな悲鳴を上げて部屋の中へと転がる。彼女の銀髪のすれすれを掠めるように、鋭い槍の穂先が振り下ろされた。
「魔導兵が動かなくなったってわけではないみたいだな」
それを見てイールが言う。
魔導兵は部屋の外にいる。少しでも壁から外に出れば、その瞬間に襲いかかってくる。しかし、絶対に部屋の中には入ってこない。というよりも、別の感覚をララは抱いていた。
「もしかして、魔導兵はこの部屋の存在を知らないの?」
「知らないってどういうことだよ」
「プリセットされてないってことよ。もしかしたら、魔導兵は決められた地図の範囲を巡回するように設定されているのかも。で、この四方を壁に囲まれてた密室は地図の範囲外。だから、魔導兵は部屋そのものを認知できない」
「そんなことがあるのか?」
ララの予測に眉を顰めるイール。彼女からしてみれば部屋は現に存在しているわけで、その認識を崩すのは難しいようだ。理解を示したのは、意外にもロミの方だった。
「なるほど、世界の外側に当たるわけですね」
「ごめん、それが分からないけど」
自分の知らないもので例えられる、ララが首を傾げる。ロミは薄く埃の積もった床に、杖の先で円を描いた。
「ここが、わたしたちの存在する地上界です」
「ああ、なんとなく察したわ」
地上界というワードにはララも聞き覚えがある。エルフの里で出会った精霊オビロンが語っていたことだ。この世界はララの常識にある宇宙の概念とは異なる世界構造を成しており、いくつもの世界が複層的に重なっている。
キア・クルミナ教の教義に拠れば、世界は七階層に分かれているという。
ロミは地上界を示す円を囲むように、一回り大きな円を描いた。二重の円となったその外側を、杖で指し示す。
「地上界と天空界、天上界は繋がっています。ですが、その上にある神霊界は全く異なる世界です。神霊界の存在、たとえばオビロン様などはわたしたちの世界を見下ろすことができますが、地上界から見上げることはできません」
「それが世界の壁ってことか?」
「はい。この境界を越えて、上位の世界から下位の世界は観察できますが、下位の世界に住むものは、上位の世界を認識することすらできないんです」
それが地図の外と内だ。魔導兵たちは地図の内側という世界で暮らしているため、地図の外側にある部屋を知覚することができない。つまり、さっきララが頭を出した時、魔導兵からすれば突然に彼女の頭だけが出現したように見えたはずだ。
「世界の外側に置くまでして隠したいものねぇ」
なおも動き続けている魔導具を見上げて、イールが言う。
こんなところに、誰がなぜ、どうやって。疑問は尽きることがない。しかし、それが動き続けている以上、何かの機能を有していることは確実だ。
「ロミ、水路内に魔力がないのはこれが吸い取ってるからなの?」
「どうでしょうか。たしかにこの部屋には魔力が充満してますが、とはいえ水路全体の魔力を集めるともっと濃くなりそうですし」
地下水道不調の原因はこれにあるのではないか、とララが予想するが、ロミは訝しげだ。魔導具の周囲は魔力が満ちているが、周囲と比べて多少濃いという程度だ。ここに水路全体の魔力が集まっっているとは考えにくい。
「他のところにも魔導具があるって可能性は?」
ヨッタが口を開く。彼女の指摘を受けて、ララが地図を広げた。
「あるとしたら、通路に接続していない場所よね」
地図上に浮かび上がる空白。意識して観察すれば、点々と散在するそれが見えるようになってくる。
「確かめてみるか」
「そうしましょう」
イールが大剣を担ぐ。彼女を先頭にして、四人は壁を壊して地下水路へと飛び込んだ。




