第336話「ですが、少しおかしいんです」
「“神聖なる光の女神アルメリダに希う。彼の者に裁きの刃を下せ。煌めく光刃よ万敵を切り裂き聖なる救いを与えよ”」
放たれた光の刃が通路を塞ぐ魔導兵を滑らかに斬り刻む。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる兵隊を踏み越えながら、イールはその奥から迫る一回り巨大な魔導兵へと斬りかかった。
「はああああっ!」
ガギン、と硬い音が響く。邪鬼の醜腕が膨張し、尋常ではない力が吹き上がる。堅固な両刃の剣が魔導兵の腕を断ち切った。
「まだ!」
「分かってる!」
後方からララが叫ぶ。魔導兵は腕を落とされてなお、臆する事なく動き続ける。痛みも苦しみも感じない体を動かし、剣を突き出す。イールはそれを弾き、更に繰り出された槍を蹴り折る。そして露わになった魔導兵の円柱型の胴体に勢いよく剣を突き込む。深く突き刺さった刃はそのまま筐体を貫通し、内部に宿していた魔石を破壊する。
直後、魔導兵は糸が切れたように崩れ落ち、そのまま沈黙する。
「やっとコツが掴めてきたぞ」
「どっちにしろ固いことには変わり無いみたいだけどね」
縦穴の壁を破壊して脱出したララ達四人は、その通路を進む中で再び魔導兵の襲撃を受けていた。しかし、今度はイールもロミも冷静に着実に魔導兵を無力化することに成功していた。
その立役者は魔導兵の内部機構を解明したヨッタだった。彼女は魔導技師としての知見を活かし、魔導兵の弱点を見つける。それはエネルギーの根源となる魔石だった。当然弱点となるその部分は固い外装によって守られているが、彼女はそのガードをこじ開ける方法を編み出した。
「ロミ、頼む!」
「分かりました。――“神聖なる光の女神アルメリダの名の下、血の使徒ルタに希う。不浄の大地を焼き払え。死の火炎にて全ての敵を打ち砕け”!」
ロミの魔法によって狭い通路を炎が埋め尽くす。火炎は潤沢な魔力を受けて燃え広がる。それは魔導兵の外装を灼熱で焼き、脆くする。そうなれば、イールの膂力でなんとか破壊することができた。
「みんな、左の角を曲がったら小部屋があるみたい。そこで少し休憩しましょう」
「分かった。もう少しだな」
ララのナビゲートを受けて、四人は一丸となって通路を進む。やがて、水路の途中に小さな部屋が現れた。そこに飛び込んだ四人は急いでバリケードを作り、一息つく。
地下水道の内部を探索した彼女達は、時折このような小部屋が点在していることに気がついた。おそらくはこの水路を建設した際に使われた休憩スペースのようなものなのだろう。そこに逃げ込み、石材や木の板で入り口を覆えば魔導兵から襲われることもなくなった。
「ふぅ。かなり進めたな」
「魔導兵はいくらでも出てきますね。なんだか大きいものも現れましたし」
石材に腰を下ろしたイールに、ロミが続く。
地下水道を探索し、すでに数時間が経過していた。縦穴の底で腹ごしらえしたとはいえ、連戦につぐ連戦でまた腹が減ってくる頃合いだ。イールは荷物の中から携行食を取り出し、皆に渡す。
「もぐもぐ。……ごめんね、役立たずで」
疲労のにじむ面々のなか、一番に携行食を飲み込んでしゅんと肩を落としたのはララだった。食料も潤沢にない地下水道で、彼女はすでにエネルギーが枯渇しかけていた。携行食によってなんとか凌いでいるものの、生存のために必要な機能を動かすことで精一杯だ。
ララは魔導兵との戦闘にも加わることができず、イールとロミの背後に下がっている。そのことを、彼女は申し訳なく思っていた。
しかし、イールもロミもそんな彼女を邪険に扱うことはない。
「十分助かってるさ。ララのおかげで迷わず進めるんだ」
「戦うだけが全てじゃありませんからね」
イールと肩を並べて戦うことこそできないが、ララもただ荷物になっているわけではない。彼女がサクラと連携して地下水道のマッピングをしているおかげで、四人は迷うことなく探索を進めることができていた。
「そうそう。そんなこと言ったら、あたしはどうなるんだよ」
そこにヨッタも同調する。彼女は元々戦う術は持っておらず、ずっとイールたちに守られている。それでも、ララは彼女のことを足手纏いだとは思わない。彼女もまた、魔導技師として罠や魔導兵への対応を考えてくれているからだ。
「できる奴ができることをやればいい。それで、地図はどれくらいできた?」
「ちょっと待ってね」
ララは荷物の中から折り畳んだ紙を取り出し膝の上に広げる。それは、彼女がマッピングした地下水路の地図だった。
ララはペンを取り出すと、描きかけの紙面に走らせる。その動きは機械的で正確だ。電脳に記録されているものを自動筆記によって出力しているため、間違いはない。
「相変わらず怖いくらい正確だな」
「これだけで一生食べていけるでしょうね……」
イールとロミも、瞬く間に埋められていく地図を見て戦慄する。
地図というものは丹念な測量の末にようやく完成するものだ。戦略的にも重要で、正確なものは機密として出回ることがない。それをララは、たった一度駆け抜けるだけで地形を記憶し、一瞬で何枚でも描き記すことができるのだ。その能力だけで、貴族や軍は目の色を変えて求めるだろう。
「はい、完成。結構全貌が見えてきたわね」
ララが測量した箇所を書き加え、地図を最新の状態に更新する。
紙面に広がる地下水路の姿は、欠けた円環のような姿をしていた。いくかの円が重なるように配置され、その間を直線的な通路が複雑に繋いでいる。
欠けているのはララがまだ歩いていない部分であるため、おそらく全貌としては径の異なる同心円がいくつも重なるような形をしているはずだった。
「やっぱり、これは魔法陣なのか?」
「そうみたいですね。通路にも魔法的な意味が宿っているようですし」
地図が三割ほど完成した時点で、ロミはそう指摘していた。
ディスロの地下にある地下水路は、それそのものが巨大な魔法陣として構成されている。しかも、最初に歩いていた上層と、縦穴を落ちた先に広がっていた下層。少なくともその2種類が重なるように配置されていると。
「魔法陣の効果は?」
「おそらく、魔力の吸収と固定です」
地図を指でなぞりながらロミが答える。地図は下層だけではあるがすでに七割弱が完成していた。それを知識のある者が見れば働きを推察できる。
「魔力の吸収と固定って、どういうことだ?」
「おそらく、周辺の土地の魔力を集めて、魔法陣の中心に注いでいるんです」
「そんなことができるのか?」
ロミの口から紡がれたのは、荒唐無稽な話だった。
この世界に普遍的に存在する魔力は、土地にも宿っている。その魔力濃度が高いほど、生命も活発に動く。以前訪れたエルフの森などは、特に土地に宿る魔力が高い例だ。
「わたしも驚いてますよ。こういうことは、それこそ竜脈でなければできないですから」
土地に横たわる巨大な魔力の流れ、それが竜脈だ。エルフの隠れ里などは、その竜脈に根を下ろす精霊樹を中心に営まれる。エルフの森の高い魔力は、竜脈という雄大な自然によるものだ。
しかし、ディスロの地下に竜脈は存在しない。ロミは、この巨大な魔法陣が、人為的に作り出された竜脈だと推測していた。
竜脈を人為的に作るという試みが成功した例を、ロミは知らない。彼女が知らないということは、ララやイール、ヨッタは当然知らないということだ。しかも、この地下水路が作られたのははるか過去の話だ。にわかには信じられない。
「この水路は水を周囲に流すと同時に、周囲から魔力を集めるのね。それじゃあ、中心に何かがあるってことかしら」
「おそらく、そうでしょうね」
ララの予測にロミも同意する。しかし、彼女の中には疑念もひとつあった。
「ですが、少しおかしいんです」
「おかしい?」
「この魔法陣が動いているとするならば、通路には魔力が満ちているはずです。それも、中心に向かう流れも。ですが、この魔法陣の規模に比べて魔力濃度は低いですし、何より流れが淀んでいます」
「ああ、それはあたしも気になってたよ」
ロミは魔力の流れを見る特殊な目を持っている。ダークエルフであるヨッタもまた、その点に気付いていた。ララも頑張れば見ることができるが、今はエネルギー節約のためその機能を切っていた。
彼女の指摘は、重要なもののように思えた。
通常動いているはずの魔法陣が機能していない。それが、水道の異変の正体である可能性は十分に考えられる。なぜなら水路自体には十分に水が流れているのだ。
「つまりなんだ、魔法陣が壊れてるのか?」
ひとり置いて行かれたような顔をしてイールが言う。
「簡単に言えばそうですね」
「それを確かめるにはどうしたらいい?」
まどろっこしいことはなしだ、とイールが頭を掻く。
そんな彼女のために、ロミは方針を打ち出した。
「魔法陣の中央に行きましょう。そこに、核となるものがあるはずですから」




