第332話「気が休まらない探索になりそうね」
「うわあああっ!?」
猛烈な勢いで転がる巨大な丸い鉄球が、ララたちを押しつぶさんと迫り来る。地下水道のレンガ道を走り抜けながら、四人の悲鳴が反響する。
「おい、ララ。なんとかできないのか!」
「無茶言わないでよ。私はただの学者なのよ? それよりイールが左手で殴ったら壊れるんじゃないの?」
「そっちこそ無茶言うな!」
鉄球の硬さが分からない以上、あれに攻撃を加えて破壊するというは最後の手段だ。もし破壊できなければ、あの大重量に押し潰されて圧死する。
「皆さん、あそこ。横穴があります!」
「でかした!」
「流石ロミ!」
ララとイールが言い合っている間に、ロミが通路の前方に横穴が空いていることに気付く。
「ひぃ、ひぃ」
「ヨッタも転んじゃダメよ。あともうちょっとだから」
「なんなんだよこの水路は!」
ただの魔導技師として来ているヨッタは既に泣きそうな顔をしている。優秀な職人ではあるが、彼女はただの一般人なのだ。彼女の足がもつれないようにララたちも気を付けながら走り、横穴を目指す。
「飛び込め!」
「とりゃあっ!」
イールの合図で四人は一斉に横穴へと逃げ込む。
直後、彼女たちの背後をけたたましい音と共に鉄球が転がり、水路の奥へと去っていく。その行く末を見送ることもなく、ララたちは荒い呼吸で床にへたり込んだ。
「まったく、とんだ洗礼だな」
「今まで騎士団の方々が立ち入らなかったのは英断でしたね……」
ロミも寿命が縮んだとげっそりして言う。ヨッタに至っては、もう帰りたい気持ちでいっぱいだった。
地下水路には多くの罠が仕掛けられていると事前に聞いてこそいたが、ここまで殺意に満ちたものだとは思いもよらなかった。町の生命線としての水道の重要性に、彼女たちは改めて緊張感を高める。
「はぁ。まったく、困ったわね。あんな罠がゴロゴロしてるとなると、探索も大変だわ」
ララは周囲のレンガ全てが怪しく見えてきて体を強張らせる。どれがスイッチになっているのか、見た目では全く分からない。
これなら“指先の目”を飛ばして偵察させた方がいいかもしれない。とはいえ、あれはララと接続が切れたら面倒だ。サクラのように特別優秀なAIを搭載しているわけでも、戦闘能力があるわけでもない。
「サクラ、ちょっと散歩してこない?」
『イヤですよ!』
腹の底が明け透けに見えるララの誘いに、サクラはランプを明滅させて憤慨する。ララとしても、こんな危険なところにサクラを放置するというのはやりたくない。
冗談よ、とララが肩を竦めたその時だった。細い横穴の奥から、物音がする。
「ッ!」
「ヨッタ、後ろに」
「ええっ!?」
微かな音だったが、ララとイールは敏感に反応する。飛び起きて武器を構え、暗闇に目を向ける。サクラがライトをそちらへ向け、ロミはヨッタを守るように身構える。
その時、暗闇の中に青い光が浮かび上がる。
「何かしら――ッ!」
ララが首を傾げた直後、影から細長い刃が飛び出してくる。ララがハルバードの切先でそれを弾き、イールが前に飛び出す。前方の暗がりからも、刃の持ち主が姿を現した。
「コイツ!」
ヨッタが愕然として声を上げる。その反応で、ララたちもそれの正体に勘付いた。
イールの左腕が唸り、黒々とした石の躯体に拳がぶつかる。邪鬼の醜腕の絶大な膂力は剣がなくとも発揮され、石は呆気なく砕け散る。だが、それは体の一部が破損したにも関わらず臆することもなく槍を突き出してきた。
「これが魔導兵ってやつね!」
全身が石で作られた、小柄な物体。足のない円柱型だが、滑らかに動く腕を4本持っている。短い槍を1本、盾を1枚、ナイフを2本携えて、青い光を放っている。見るからに異形の姿だが、頭部にあたる位置にある光源が敵意を示している。
「なんだかサクラに似てる?」
『カメラアイのところだけ見て言ってません!?』
ララが冗談を言っている間にも、魔導兵は槍を突き込んでくる。イールが拳で破壊したのは盾とそれを把持していた腕だ。身体の一部を欠損したにも関わらず、魔導兵は機敏に動き続けている。
「ヨッタ、こいつはどうやったら止まるんだ?」
「体のどっかに核がある。それを破壊したら止まるはず!」
槍を避けながら反撃を繰り出すイールに、ヨッタは魔導具の基本を伝授する。
魔導兵も浄水ポンプも基本的には同じだ。動力源である魔石を内蔵した核を破壊すれば動かなくなる。
「ちなみに、核はどこにある?」
「分からない。たぶん一番硬いところ!」
「だろうな!」
弱点をわざわざ露出してくれる敵に優しい魔導兵というものも考えにくい。イールは予想できた答えに若干落胆しつつ、剣を引き抜いた。
「とりあえず、全部ぶっ壊せば当たるだろ」
狭い横穴では、彼女の長い両手剣は振り回せない。イールは上段に構え、一点に狙いを定める。
「せいっ!」
魔導兵が槍を突き出す。それとタイミングを合わせ、イールも剣を突く。二本の線が交差し、火花が散る。
打ち勝ったのはイールだった。
「どうだ」
イールの剣が深々と円柱の中心を貫いていた。強力な魔獣素材を用いて鍛えた特別製の剣は、水道を守護する魔導兵すら打ち砕く。
「イール、離れて!」
だが、ララが叫ぶ。
イールは咄嗟に剣の柄から手を離し、後ろへと飛び退いた。
次の瞬間、魔導兵が残った2本の腕に握っていたナイフをイールがいた場所へと切りつけた。
「まだ動けるのか!?」
「人間とおんなじように考えちゃダメよ。とりあえず、体表の光が消えるまでは油断しないほうが良さそうね」
魔導兵の動きはぎこちなく、最後の一撃だったことが分かる。
ハルバードを構えるララの目の前で、それは光を消して力無く崩れ落ちた。
「……今度こそ倒したみたいね」
ブラフの可能性を考えて、ララは用心深く近づく。ハルバードの先端でコツコツと石の体を突いて、本当に動きを止めたことを確認する。
「まったく、厄介だな」
円柱から剣を引き抜いて、イールも肩の力を抜く。傭兵としての経験が豊富な彼女でも、魔導兵――無生物を相手に戦うのは初めてのことだった。生きているか死んでいるかも分からない相手は非常にやりにくい。
「はぁ、すごいな……。いったい何百年動いてたんだ? サディアス流の古い技術も使われてるみたいだし」
どっと疲れを感じるララたちの傍らで、ヨッタはガラクタと化した魔導兵に取り付いている。興奮した様子で石の部品を分解し、円柱の内部に詰まっている細かな機構を確認しているようだ。
魔導技師の知識がないララたちにはさっぱりだが、この中にはヨッタも驚くような技術が高密度に詰め込まれているらしい。
「これ、一体だけだと思います?」
「そんなわけもないだろうな。コイツも元気いっぱいだったし」
ロミの不安な声に、イールは嘆息しながら答える。
初めて魔導兵に遭遇し、それを撃破したのはいい。問題は、魔導兵が老朽化している様子が全くないことだ。
マレスタの話によれば、地下水路には罠と魔導兵が無数に存在しているという。何百年、何千年という時間を、飽きることなく守り続けてきたのだ。ララたちはこれまでにずいぶんと騒音を立ててしまった。すでに異変は感知されていると考えた方がいい。
「困りましたね……。魔獣避けも意味はないでしょうし」
ただの魔獣であればロミの結界魔法で退けることもできる。しかし、意思のない魔導兵にどこまで効果があるかは疑わしいところだ。
「気が休まらない探索になりそうね」
安全地帯のない迷宮だ。
ララたちはこの先に待ち受ける地下水路の防衛機構に覚悟を決めて、気合いを入れ直す。
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