第330話「なんだか都合のいい話だな」
アグラ砂漠の最果て、広大無辺な砂漠の真ん中にポツンと取り残されたかのように存在する町、ディスロ。オアシスも存在しない砂と熱風の世界でこの町が存続しているのは、地中深く岩盤を貫いて供給される豊富な地下水のおかげだった。
地下から汲み上げられた水は、町中を網羅する地下水道を通って各家庭へと供給される。また、下水はまとめて浄化処理を受け、生活用水などに利用される。ディスロは砂漠の外の町よりもはるかに高度な上下水道のシステムを構築しており、その恩恵を古くから享受している。
その水はディスロの民にとって文字通りの生命線であり、失うことのできない財産だった。それゆえ、水を汲み上げる装置に関しては厳重な秘匿体制が取られ、代々町を管理してきた赤銅騎士団の団長にしか詳細は明かされない。
「“太陽の欠片”は、地下水道の基幹部にあるわ」
ディスロの中心、城の一室。赤銅騎士団の団長マレスタはそう告げた。
あまりにも当たり前のように明かされた機密に、ララだけでなくリグレスたちでさえも驚きを隠せない。そんな彼女たちの反応に笑い、マレスタは続けた。
「これを明かすのは、事態が逼迫していること、あなた方を信頼していること、そして“太陽の欠片”はその存在を知ったところで何かできるものではないこと、それが理由です」
赤髪の騎士団長は指を三本立てて言う。
水路に異常が現れ、ディスロの民に水が届かない。それゆえに、城には多くの民衆が集まり、暴動になりかけている。
マレスタは騎士団員を信頼し、また騎士団員が信頼している者を信頼している。
だが、最後の言葉がララたちには理解できなかった。
「存在を知っても無駄って、どういうことかしら」
「そのままの意味よ。アレを盗もうとか、手に入れようとか、壊そうとか。そういったことを考えた者が歴史上いないわけがない。それでも、今のこの時点まで、それを成し遂げた者はいない」
ディスロの歴史は長い。かつては砂鯨狩りで栄華を極め、そして衰退した。辺境の外にも近く、多くの種族が去来した。かつては辺境の内外を繋ぐ交易の要衝ともなっていた。
そのような町が、悪意ある者に狙われないはずがない。そして、町の心臓は誰の目にも明らかだ。いかに箝口令が敷かれ、厳重に秘匿されようとも、“太陽の欠片”の存在は自然と漏洩する。辺境随一の貴族、プラティクス家がその存在を知っていたことがその証左だ。
しかし、長い歴史のなか、多くの者が“太陽の欠片”に手を伸ばしたが、手中に収めたものはついぞ現れなかった。“太陽の欠片”は輝きを放ち、水を供給し続けていた。
「まあ、その理由は実際に見てもらうのが早いわ。とはいえ、地下水路に入るにはいくつか気をつけて貰わないといけません」
マレスタはそう言って、ララたちに注意事項を伝える。
数多の悪意に晒され、常に狙われ続けた“太陽の欠片”を守るため、赤銅騎士団は多くの防御策を講じてきた。そのなかには、歴史のなかで詳細が失われてしまったものも多いという。
「地下水道には多くの罠が仕掛けられ、また魔導兵が目を光らせているの。この際、それらは壊してしまっても構わないけれど、返り討ちに遭わないように」
「魔導兵って?」
「簡単に言えば魔導具の兵士だよ。ゴレム技術が使われてて、自動で簡単な仕事をこなすんだ」
首を傾げるララに、専門家のヨッタが補足する。
事前にインプットされた命令を忠実にこなす魔導兵は、融通は効かないが優秀な兵士となる。地下水道に配置された魔導兵たちに命じられているのはただ一つ、“全ての侵入者を撃退せよ”というものだった。
「全ての侵入者って……。騎士団が点検に入るのも危ないんじゃないの?」
「そうね」
思い切った割り切りに呆れるララに、マレスタはすんなりと頷く。
“全ての侵入者を撃退せよ”という使命を刻まれた魔導兵は、たとえ赤銅騎士団長のマレスタであっても躊躇なく殺しにかかる。
「でも、それでいいのよ。騎士団も代替わりをしているし、誰が味方で誰が敵か判別させるのは手間がかかるから」
「じゃあ、日頃のメンテナンスは誰がやってるんだ?」
イールが呈したのは当然の疑問であった。
地下とはいえ寒暖差の激しい砂漠の真ん中という過酷な環境で、何百年もメンテナンスフリーで動き続ける機械というものは存在しない。
「……もしかして、魔導兵?」
ララが予想を口にすると、マレスタが口元を緩めた。
「そうよ。地下水道は魔導兵によって保守管理と防衛が行われている、完結したシステムなの。私たち騎士団の使命は、その蓋を守ることだけ」
「一体どうやって……。パーツから製造して、組み替えていってるのね」
その仕組みは、ララも覚えがある。
補給の望めない未開拓惑星の探索のため送られる調査用宇宙船には、大量の資材と高性能な立体造形機――いわゆる3Dプリンターが積み込まれる。未知の状況を観測した上で、管制AIが必要としたものを現地で製造し、使用するのだ。
数千光年という距離を確率論的空間渡航も用いず下道だけで進む宇宙船は宇宙塵やデブリといった予測困難な障害によって破損する可能性も高い。軽度の損傷であれば自己修復ナノマシンによって修理可能だが、大質量を損失する重度の損傷であれば、3Dプリンターによって部品を製造し、自動的に修復する。
ディスロの地下水路は、それ自体が完結した巨大なシステム。何百年、ともすれば何千年もの間、人の手を借りずに生き続けてきたシステムなのだ。
「魔導兵にそんな高度なことができるのかよ? そもそも、魔導兵って一体で貴族が一人破産するってくらいの高級品なんだぜ?」
マレスタの話を聞いて、ヨッタは胡乱な顔をする。彼女の知る魔導兵は、確かに命令に忠実な兵士となる。とはいえ、高度な魔導技術が詰め込まれた、いわば精密機器の大規模な集合体だ。一人の魔道技師で作れるようなものではなく、数十人、数百人がかりの大仕事となる。
そんなものを地下水路に徘徊させるだけの数を揃えるとなると、国が傾くレベルの金額となるだろう。
防衛を担う兵士そのものが狙われる可能性だって考えられる。それこそ、本末転倒というものだ。
「私も詳しいことは知らないわ。けれど、かつて砂鯨狩りで栄えた町ならあるいは。――それに、ディスロにはその昔、とても優れた魔道技師がいたそうなのよ」
「なんだか都合のいい話だな」
イールがそう言って肩をすくめる。
厚い岩盤を貫いて地下水を汲み上げる“太陽の欠片”、そしてそれを守る魔導兵。それらを内包し、完璧な形で長年にわたって維持し続けてきた自己完結システム。
マレスタの口から明かされたディスロの地下水道は、聞けば聞くほど現実味が薄れていく代物だった。
「正直、私もそう思うわ」
それに対して、マレスタは素直に認める。
「私も前任の騎士団長から情報を引き継いだだけ。彼だって、その前の騎士団長から渡されたものをそのままこっちに渡しただけだし、そんなことが何代も続いてきた。栄華を極め、衰退し、悪党の町と言われるようになるまで、ずっと私たちは紙の上の情報をリレーしてきた。それで、特に問題も起こらなかったから」
騎士団長は情報を知る者。だが、彼女でさえ、地下水道には立ち入ったことがない。
内部のことを伝え聞いてこそいるものの、その全容を直接目の当たりにしたわけではないのだ。
「だから、あなた達が確かめてきて。ずっと閉ざされてきた扉の先を」
マレスタは改めて依頼する。
これまで開かれることなく、また開く必要のなかった古代の遺構の異変を知るために。




