第328話「これで信用してもらえると嬉しいんだけど」
リグレスに秘密の通路を案内され、ララたちは城の中へと忍び込む。そこで彼女たちを出迎えたのは、リグレスの同僚である砂竜人のユーガと狐獣人のペレだった。
彼らはララたちを小部屋に通した後、通路に繋がる扉を慎重に隠す。レンガを積み上げたそれは、元に戻すとただの壁にしか見えなくなる。更にダメ押しとばかりに木箱を壁際に並べて、完璧な偽装を図った。
「念入りに隠すのね」
「当然だ。いつ敵が攻めてくるかも分からないからな」
城門付近での騒ぎはここからでも聞こえている。群衆の勢いを番兵たちが抑え切れなくなれば、城の中が争いの渦中になってしまうのだ。
ユーガが壁から離れて痕跡が残っていないことを確認し、満足げに頷く。そうした後でようやく、ペレがララたちへと目を向けた。
「それで? ここは一応、赤銅騎士団の一部しか知らねぇ通路だったわけだけど」
獣人特有の鋭い目が、ララたちを舐めるように見る。剣呑な空気に飲まれそうになるララやロミを庇うようにイールが一歩前に出た。
「門の騒ぎは地下水路が枯れたせいらしいじゃないか。あたしらはその原因を直せるかもしれない」
「原因ねぇ」
ペレは視線をリグレスへと移す。機密をララたちに漏らしたのは彼だ。
「ヨッタは優れた魔導技師だ。それにララも何か特別な知識を持っているらしい。団長に会わせるだけでも、手伝ってくれないか」
仲の良い同僚が、いつになく真剣な面持ちで語り掛ける。ペレも完全に疑念を晴らしたわけではないが、彼の要求を強く否定することはできなかった。
そもそも地下水路が枯れているのは事実なのだ。そして、それをどうにかできそうな者は赤銅騎士団にもいない。ララはともかく、ヨッタにはかすかな希望を見出せる。
「分かった。着いてこい」
ペレは尻尾をゆらりと揺らすと背を向けて歩き出す。ララたちは彼に感謝の言葉を述べて、その背中を追いかけた。
「すまねぇな。ペレも悪気があるわけじゃねぇ」
石壁に挟まれた通路を行きながら、ユーガがそっとララたちに語りかける。
「大丈夫よ。私たちだってペレの立場ならそうするもの」
城の地下にあるという水路の根源はディスロという町にとって文字通りの命脈だ。それを失えば、過酷な砂漠を生き抜くことすらできなくなる。だからこそ、それを守る赤銅騎士団も強い責任を持ち、常に警戒しているのだ。
ヨッタはともかく、ララたちは初めて町を訪れた旅人に過ぎない。むしろ、ペレの判断は寛容と言っていいほどだろう。
「それで、騎士団長はどんな人なんだ?」
隠し通路の繋がる小部屋から騎士団長の居室までの道のりは長かった。しばらく無言が続いたのち、イールが退屈紛れにそんな問いを投げかけた。
「マレスタさんは生まれも育ちもディスロでな。昔から文武両道の天才なんだ」
「こんな寂れた町にはもったいない人だよ」
赤銅騎士団の面々は、自分たちのリーダーを誇らしく思っているようだ。リグレスもユーガも口々にマレスタの功績を讃える。
それによれば、騎士団長に就任する以前から騎士として町の治安維持に努め、また魔獣狩りとしても並々ならぬ戦果を挙げていたようだ。
「どんな悪党だって、マレスタさんの名前を出せば途端に大人しくなるのさ」
「あの人が街に繰り出した時は珍しく平和だったな」
「普段は街にも出ないの?」
「多忙な人だからな」
武勇で名を挙げ、ディスロの悪党たちにすら恐れられた騎士だったが、団長となってからは平の騎士と肩を並べて歩くことも少なくなった。騎士とは名ばかりに、今では書類仕事に忙殺されている日々だという。
「マレスタさんが出てくれば、表の騒ぎも落ち着くのでは?」
「あれくらいの騒ぎは日常茶飯事だよ。流石に地下水路が枯れたことは報告しないとまずいが、暴動が起きるたびに呼び出してたんじゃ休む暇もないだろ」
「騎士団長ってのも大変なのね」
リグレスもユーガもペレも、マレスタが姿を表せば途端に暴動が収まるという点では意見を同じくしている。そんな彼らを見て、ララは騎士団長がどんな偉丈夫なのかと想像する。
ガラの悪い町人たちさえ尻尾を巻いてしまうような人物だ。鬼人族の筋骨隆々とした大男かもしれない。
「そんなに怖がらなくてもいいさ。普通にしてれば優しい人だからな」
「そ、そうなの?」
リグレスの言葉もあまり信じられないまま、ララたちはついに大きな扉の前にやってくる。騎士が二人、両サイドに立ち目を光らせている。それだけでこの扉がどれほど重要なものなのかララたちも察することができた。
「団長に客人を連れてきた」
ペレが端的に扉の開放を指示する。しかし、騎士たちは油断のない目でララたちを睨む。
事前の連絡もない、突然の来客。それも若い女ばかり。ララたちに至っては薄い布の服を着た、いかにも怪しい風貌なのだ。
「要件は?」
「地下水路の異常について」
「……」
ララの回答に、騎士たちは思案する。彼らも怪しい者を騎士団長に近づけるわけにはいかない。しかし、ここで躓いていてはララたちも話が進まない。
「これで信用してもらえると嬉しいんだけど」
彼女はそう言って胸元を弄る。一気に警戒感をあらわにする騎士たちに対して、ララはペンと剣の交差したペンダントを取り出してみせた。
「それは――」
「プラティクス家の紋章。ここでも伝わるかしら?」
「……分かった。少し待て」
大貴族プラティクス家の威光は、砂漠の果ての町にまで届いた。
騎士はララたちをそこに止め、一人が扉の向こうへと向かう。そして、さほど間をおかず戻ってきた彼が、大きく扉を開いて中へうながした。
「騎士団長のお許しが出た。中へ入れ」
「ありがとうございます」
権力というものは素晴らしい。家紋を見せるだけで信用の関わる問題は大体解決してしまう。ララは改めて貴族というものの力を実感しながら部屋へ踏み込む。
室内で待つのは、どんな巨漢なのか。砂漠の魔獣すら軽々と屠り、悪党からも恐れられる強者とはいったいどんな男なのか。
「初めまして、ようこそディスロへ」
内心胸躍らせていたララは、部屋の奥から響く声に思わず瞳を揺らす。
広い執務室の奥、大きなガラスのはまった窓の前に執務机が置かれている。無数の書類が山積みになった机の向こうに座っているのは、長い黒髪と切れ長な瞳が優しげな雰囲気を醸す長身の女性。よく日に焼けた肌が、そこに活発な印象を加えている。
「騎士団長さんって、女の人だったのね」
思わず飛び出したララの言葉に、彼女は柔和な笑みを浮かべる。
ディスロを守る赤銅騎士団のリーダーは凛々しい女騎士だった。
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