第326話「ねえ、なんか人が集まってるわよ」
「待ってくれよ。そんな一斉に浄水機が壊れるなんて……」
バジャフの家の前に集まった男達を見渡して、ヨッタは困惑する。彼らは皆、彼女が以前の出張で浄水機の修理を行った客たちだった。とはいえ、その修理のタイミングも浄水機の細かい種別もそれぞれ違っており、またヨッタ自身が手を抜いていたということもない。それなのに全ての浄水機が一度に壊れるというのは、もはや異常という他なかった。
「これはきな臭いわねぇ」
「面白そうにするんじゃない」
何やら不穏な気配が醸されるのを感じ取り、ララが思わず口元を緩めると、呆れたイールが拳を落とす。涙目で頭頂を手で押さえながら、ララは男達に尋ねた。
「みんな、壊れ方はおんなじなの? バジャフは水量が減ってたみたいだけど」
その問いかけに、男達は互いの顔を見ながら頷く。それを見て、ララはぽんと拳で手のひらを叩いた。
「だったらやっぱり、浄水機の問題じゃないんじゃないの? これは水路を見てみないといけないわ」
ララの意見は、イールやロミからすれば真っ当なものだった。それぞれの浄水機が同時に壊れるという事態はなかなか考えづらい。であれば原因はその下、ディスロの町に張り巡らされた地下水路の方にあると考えるのが妥当だろう。
しかし、ディスロの住人たちの反応は鈍かった。彼らは長年使い続けてきた水路が壊れるという発想がないらしく、他になにか理由があるのではと考えている。
「とにかく水路に降りてみたいわ。水路を管理してるのは赤銅騎士団なんでしょう?」
これまでの話から水路の根源は町の中心に立つ城の地下にあるということが分かっている。そして、そこにある“太陽の欠片”を守っているのが、他ならぬ赤銅騎士団であるということも。
ララとしてはこれはとても都合の良いことだった。騎士団のリグレスたちとは知り合いで、事情を話せるだけのパイプがある。今すぐ廃城へ向かって、彼らに頼んでみればいい。
「それは、そうだけどな……」
「赤銅騎士団が守ってるのは、あくまで地下水路に続く扉だ。その向こうにあるものは彼らも知らないと思うぞ」
戸惑った顔で進言する男達。それを聞いたイールは呆れた顔で肩を下げる。
「よくそんなので何年も水源を維持してきたな」
「水路には防犯用の仕掛けがたくさんあって、それを解除する方法も分かってないんだ。下手に入ると死ぬか大怪我だ」
「そもそも“太陽の欠片”は遺失古代技術の産物なんだろ? 魔導具も直せないような俺たちには手に余る代物さ」
男達は揃って弱気な事を言い、更にイールを呆れさせる。だが、彼らの言葉を聞いてむしろやる気になる人物が、彼女達の側にいた。
「防犯用の仕掛けねぇ。それって魔導具なんだよな?」
「おもしろいじゃない。むしろ“太陽の欠片”を一目見たいとずっと思ってたのよ」
バリバリとやる気を漲らせるヨッタとララ。そんな二人を、ロミが慌てて止める。
「ダメですよ。ララさん、わたしたちは外部の人間なんですから。ディスロの町の根幹にあるような重要な施設をそう簡単に見せてもらえるとは思いません」
彼女の言葉は正論だった。ただでさえ〈錆びた歯車〉との対立でギスギスとしている町のなかで、何も知らない少女達が突然現れたところで、信頼はほとんど無いに等しい。町を歩く程度ならばまだしも、住民達の命を支えている水の根源を見せろと言われて承諾する者はいないだろう。
しかし、時として正論とは人を止める役割を果たせないこともある。
ララはロミの肩を掴み、諭すようにいう。
「ロミ、何百年も何千年も手入れもせずに動き続ける水路よ? きっと特別な魔法が使われてると思わない?」
「そ、それは……」
「神殿の図書館のどんな本にも載ってないような、珍しい特別な魔法があるかも……」
「う、うぅぅぅ……!」
ララの誘惑にまんまとはまり、欲望と理性の間で揺れ動くロミ。彼女が堕ちるのも時間の問題だろうとララはほくそ笑む。そんな様子を見て、イールが大きなため息をついた。
「とりあえず、許可が出るかどうかは置いておいて、騎士団に報告したらどうだ。水路の管理をしている以上、この事態は知らせるべきだろ」
そんなイールの鶴の一声を受けて、ララ達もひとまずの方針を定める。彼女たちは修理を望む男達には一度待ってもらうこととして、町の中心にある廃城へと足を向けた。
四人は砂埃の舞い上がる町中を駆け抜け、半分崩れかけた城を目指す。そして、その尖塔が見えたその時、ララがあることに気付く。
「ねえ、なんか人が集まってるわよ」
「本当だな」
尖塔の足元、城壁に築かれた門のあたりに、多くの人が押しかけてきている。彼らは拳を振り上げ喉を震わせ、異口同音に何かを訴えているようだった。
「ヨッタ!」
ララ達がその人々の正体を掴もうと目を凝らしたその時、路地の影から押し殺した声がする。四人が振り返ったその瞬間、影から飛び出した腕がヨッタの体を引き込んだ。




