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第325話「みんな浄水機が壊れてるの?」

 神殿での用事を終えたヨッタとロミ、そして二人に引っ付いていたララとイールの四人は、パロと別れてその場を後にする。彼女たちが次に向かったのは、砂に埋もれるようなボロ屋だった。


「爺さん、生きてるか?」

「なんとかな」


 ヨッタが砂を足で払いながら暗い屋内に声を響かせると、すぐにくぐもった男の声が返ってきた。彼女の次の仕事先は、この町に長く住む老人の家だった。

 人間族のように見えるが、ララは彼の正体に気付くのに少し時間を要する。痩せた腕に、小柄な体。そのうえ、左足の膝下がなかったのだ。


「おや、可愛らしいのが付いてきてるな」


 老人は這うようにして小屋の中から現れ、ララたちの存在に気付く。


「アタシのツレだよ。こんな町までやって来る変わり者の旅人さ」

「はっは! ちげぇねぇ」


 ヨッタの乱暴な説明を受けても、老人は怒るどころか爽快に笑い飛ばす。そうして、傍に倒してあった杖を使ってララたちの前まで歩み出てくる。


「オレはバジャフってんだ。もう引退して長いが、昔は鯨取りだった」

「ララよ。鯨って、砂鯨のことよね?」


 バジャフは『それ以外に何があるってんだ』と大仰に頷く。


「砂鯨がいなくなっちまう少し前に、足をやられたんだがな。今でも銛の手入れは欠かしてねぇ」

「砂鯨がいなくなってほとんどの人は町を離れたって聞いたけど、経験者がいたのね。ぜひお話しを聞かせてもらっても?」

「わ、わたしもぜひ!」


 砂漠を泳ぐ巨大な鯨という存在は、ララの知的好奇心をおおいに刺激した。ロミも鯨取りたちの暮らしに興味があったようで、手帳を開きながらララの隣に立つ。少女ふたりに迫られたバジャフはまんざらでもない様子で、『仕方ねぇなぁ』ともったいぶりながら口を開く。


「あんまり真に受けなくていいよ。爺さんボケてきてるから」

「なにおう!?」


 小屋の中に入りながらヨッタが口を挟み、バジャフはむっと眉を立てる。


「オレぁディスロでも一番でけぇ捕鯨団、灼陽の団に所属してたんだぞ! 毎日3頭のどデカい奴を仕留めてな、それなのに銛は一本しか使わなかった。オレの足を食いやがったのは、砂鯨の中でも一番凶悪で嵐王って呼ばれてる――」

「はいはい。その話は何度も聞いたよ」


 立板に水の勢いで捲し立てるバジャフをあしらい、ヨッタは自分の仕事に取り掛かる。老人の小屋は狭く、物も少ないが、その中にもいくつか魔導具があった。今回は魔導砥石と浄水機の修理が依頼されている。


「また浄水機?」

「砂の多いところだからね。よく壊れるんだよ」


 神殿に続いて連続の浄水機に、ララが驚く。

 水は生きる上で欠かせないものである上に、ディスロを取り巻く環境は非常に厳しい。そういった理由から、浄水機の修理は特に多いのだとヨッタは語る。


「神殿のみたいにそもそも動かないやつもあるけど、こっちは水量が減ってる感じだね。まあ、修理っていうより手入れみたいなもんだよ」


 ディスロで使われている浄水機はサディアス流のものが多い。そのため砂漠の環境にも強いとされているのだが、それでも何年もメンテナンスフリーで動き続けるわけではない。むしろ、ヨッタがやってくるまでの間をもたせるためには、サディアス流の魔導具くらいの耐久性が必要なのだという。


「あれ?」


 浄水機を分解していたヨッタが声を上げる。

 外装を取り外し、内部の濾過器を見た彼女は怪訝な顔をしていた。


「思ったより汚れてないね」

「そりゃあ、オレもたまに手入れしてるからな。それでも最近水が出なくなったんだ」


 元々砂鯨狩りに従事していたというバジャフは手先も器用だった。職人がいないこの町で暮らしていくため、簡単な手入れくらいはできるようになっていた。しかし、そんな小手先の仕事でも調子が落ちてきたため、満を持して専門家たるヨッタに依頼を送ったのだ。


「うーん、見たところ特に壊れてるところはないんだけどな」


 丁寧にゴミの取り除かれた網を見て、ヨッタは首を傾げる。バジャフの手入れは細やかに行き届いていて、一見するとヨッタの出番はないように思える。魔石もまだ十分に使えるものが装填されており、水の経路にも問題は見当たらない。


「これ、別に壊れてないんじゃないか?」

「なにぃ?」


 ヨッタの出した結論に、今度はバジャフが首を傾げる。そんなはずはないと組み直された浄水機を動かすと、やはり蛇口からはチョロチョロと糸のような細さの水しか出てこない。


「うーん。なんでだろう?」


 浄水機に問題はない。しかし水量が少ないことも明らかだ。


「ヨッタ。これも地下水路に繋がってるの?」

「そのはずだけど」


 ディスロの町は、“太陽の欠片”と呼ばれるもので地中深くから豊富な水を吸い上げている。それが地下水路を通じて町中に行き届き、各戸の浄水機を通して生活用水として使われる。


「チッ。どうせ歯車の奴らが何か細工をしたんじゃねぇのか」


 ポタポタと水瓶に波紋を広げる水滴を睨みながら、バジャフが忌々しげに言う。


「歯車って、錆びた歯車のこと?」

「そうだ。アイツらが水路を堰き止めたりしてるんじゃねえか」


 どうやらバジャフは〈錆びた歯車〉の残党たちに良い感情を抱いていない一人のようだった。証拠もないままに決めつけるのは尚早にすぎるだろうとララがやんわり忠言するも、聞き入れる様子はない。


「けど、水路は厳重に閉じられてて、町の古参でもおいそれと入れないんだろう?」


 そこへ鋭い指摘を差し込んだのは、黙って話を聞いていたイールである。彼女の言葉を受けて、バジャフも口を詰まらせる。


「いやまあ、たしかにそうだが……」


 しかしそれでもバジャフは外からやってきた新参者たちに信用が置けないようで、難しい表情で腕を組む。


「そもそも、水路を通る水自体が減ってるって可能性はないの?」


 代わりにララが投げ掛けたのは、素朴な疑問だった。

 というより、町の対立関係にあまり詳しくないララたちにとっては、むしろそちらの方が一番最初に思いつく原因である。


「あるともないとも言えないけど……。そもそも水路には誰も入れないんだよ」

「オレの爺さんの爺さんが子供の頃にはもうあった水路なんだぞ。今までそんな水量が減るなんてことは聞いたことがねぇ」

「今までなかったとしても、今回が最初かもしれないわよ?」


 ララの示す可能性を否定したいバジャフだったが、完全に拭い去るだけの理由が見つからない。彼が眉間に皺を寄せて考え込んでいると、不意に小屋の戸口から影がさした。


「おお、こんなところにいたか」

「うわっ!? だ、だれ?」


 バジャフの小屋を訪れたのは、ララたちの知らない男たちだった。ディスロの住人なのか、日光の直射を遮る布を頭に被せ、影の落ちた顔から目だけを光らせている。


「あれ? わざわざ探しにきたのか」


 彼らに反応したのはヨッタだ。どうやら顔見知りのようで、彼女はきょとんとしながら立ち上がる。


「ヨッタが町に着いたって聞いてな。早く直してもらいたくて探してたんだ」

「ウチもだよ。もう全然水が出なくてな」


 口々に窮状を訴える男たち。彼らの言葉を聞いて、ララはまさかと顔を向ける。


「もしかして、みんな浄水機が壊れてるの?」


 そんな彼女の問いかけに、集まった男たちは揃って頷くのだった。

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