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第三十二話「どっせーーーーーいっ!!!!!!!」

 彼女が細い腕を振るうたび、風が吹き荒び鉄の躯が積み上げられる。

 感情のない傀儡の赤い瞳に、生々しい怯えの色が浮かぶ。


「二人とも、ずいぶん手こずってるみたいね?」


 腰に手を当てて、ゆっくりと近づいてきたララが二人に声を投げかける。


「気を付けろララ。ここじゃ魔力が使えない」

「これ、『抗魔力空間アンチマジックフィールド』って言うらしいわよ」

「なんだって? ララはこのカラクリを知ってたのか」


 絶え間なく強襲を仕掛ける人形たちをあしらいながら、ララが素っ気なく言う。

 思わぬ彼女の言葉にイールは目を見開いた。


「イライザっていう人が教えてくれたわ。ま、私には関係ないんだけど。――ねえ! そこのお二人さん。あなたたちのリーダーはもう捕まっちゃったけど、まだ戦うの?」


 彼女は虚空に向かって叫ぶ。

 その声は確かに男たちに届いたらしく、間を置かずに彼らが応答する。


「ふっ、イライザ様と会ったのか。なぜここまで逃げ切れたのかは分からんが、貴様もここで死ね!」


 まるで状況を察していない様子の言葉に、ララは呆れて力を抜く。


「ねぇ、あの人たちほんとに古代遺失技術を復活させた人たちなの? 状況判断がぜんぜんできてないみたいだけど」


 現に、こうしてララが魔力のない空間でも戦えていることに、彼らは一分の疑問も抱いていないようだった。

 致命的な事実に気が付かないのは、彼らの驕りか無能故か。

 ひとまず、そのことはララにとって大した問題ではなかった。


「ララ、ナノマシンのエネルギーは大丈夫なのか?」

「あと半分くらいかな? まあ、ここからは省エネモードで行くから大丈夫よ」


 景気よくナノマシンの力を発動させるララを、イールは心配そうに見る。

 ララは腰に提げた円筒を取り出し、不適な笑みを浮かべた。


「『戦闘形態起動(バトルアクション)』」


 円筒がドロリと溶け、形を失う。

 それはまるで意志を持った生物かのように動き、巨大化する。

 やがて、ララの手に握られていたのは、彼女の背丈以上の長さを持つ巨大なハルバードだった。


「さぁ、第二ラウンドよ」


 床を蹴る。

 硬質な音が響く。

 弾丸となった彼女は、正面の魔導自律人形に肉薄する。


「はっ!」


 銀閃が走る。

 その一瞬で、空間がゆがむ。


「次ぃ!」


 末路を見届けることなく、ララは次の獲物を見つける。

 彼女の背後で、回路の断絶した人形が崩れ落ちた。


「……待て。待て待て待て! なぜそんなに早く動ける!? なぜ戦える!?」


 今更ながら、男の狼狽える声が聞こえる。

 あまりにも遅い反応に、ララは嘲笑すら浮かべる。


「頭の神経切れちゃってるんじゃないの? 状況判断が遅すぎるわよ」


 一体。

 また一体。

 一句紡ぐ間に一体。

 瞬く間に鉄の兵団を壊滅させながら、ララは言う。


「私が動ける理由はとっても簡単よ」


 ひどく鈍重な動きの人形たちの隙間を、彼女は流星のように駆ける。

 風に流れる銀の髪は、まさしく星のきらめきだった。

 彼女は天井を射抜く。

 分厚い壁の向こう。

 そこには、魔導自律人形を統率する司令塔が存在していた。

 向こう側に立つ男たちを見て、彼女は笑う。


「――私、魔法使いじゃないの」


 ララは床に手を突く。


「『風壁(エアークッション)』」


 全方位に風の壁が広がる。

 自律人形たちはことごとく吹き飛び、機能を停止させる。

 空白が、彼女を囲んだ。

 ララがハルバードを構える。

 弓のように体をしならせ、ハルバードをぐっと握る。


「どっせーーーーーいっ!!!!!!!」


 大気を切り裂き、矢となってハルバードが空を飛ぶ。

 それは天井に到達し、やすやすと貫く。


「ぐああああっ!?」


 バターを切り裂くヒートナイフのように容易く装甲を破り、司令塔に到達したハルバードは、勢いを殺すことなくローブの男を貫く。

 自分を害する存在がここまで到達することなど考えてすらいなかったのだろう。

 驚愕と混乱に満ちた断末魔が響きわたる。


「ピゲド様!?」


 鎧の男のものだろう、焦燥の声が続く。

 それは幾度となくローブの男の名前を呼ぶ。


「さあ、観念しなさい。イライザはすでに捕縛済み、隣の男も即死よ」


 極めて冷酷に、ララは宣告する。


「き、貴様! ただで生かしておけると思うなよ!」


 激昂した男が吼える。

 足音が遠ざかったかと思うと、部屋の壁に穿たれた穴の一つから、抜剣した男が姿を表す。

 猛々しい雰囲気を纏い、ギリギリと歯ぎしりする。


「ララ!」


 イールが声を投げる。

 彼女は今、ハルバードをなくしている。

 徒手空拳の彼女に、完全装備の男の相手は分が悪いだろう。


「……体術はまだ習ってなかったわね」


 冷たい汗を流し、ララが呟く。

 ナノマシンのキーワードを呟く前に、男は彼女にまで到達し、喉元を掻き切るだろう。


「許さん……許さん……」


 怨嗟の如く呟き、男はギラギラとした眼光でララを切る。

 彼女は右腕を突き出し、それを制する。


「あぁぁぁああああああっ!!!!!」


 鎖を断ち切られた猛獣のように、男は声をあげる。

 理性を失った本能のみによる吶喊である。

 構えもない、純然たる疾駆だ。


「くっ」


 ララは反射的に顔をかばい、身を屈める。


「……あれ?」


 しかし、予測した衝撃は来ない。

 彼女がうっすらと瞼をあげると、燃えるような赤髪が飛び込んできた。


「――こっから先は、あたしに任せな」


 横顔に笑みを浮かべ、イールは語りかける。

 剣を持つ右腕の鱗は輝き、爪は尖り、忌々しいほどの力に溢れている。

 ピゲドが絶命したことにより、『抗魔力空間アンチマジックフィールド』は効果を失った。


「さあ、あたしが相手だ」


 剣を握る。

 荒い獣のような吐息の男と対峙する。


「がああああああっ!!!」


 雄叫びを上げ、男が駆ける。

 イールは真っ直ぐに剣を構えると、流れるような足捌きでそれを避ける。


「冷静さを失うのは、三流の剣士だ」


 振り向きざまに、剣を横に薙ぐ。


「がっ!?」


 鮮血が飛沫を上げる。

 横腹を切られ、激痛が男を襲う。

 しかし激昂した本能はそれを無視して筋肉を動かす。


「ふざけるなぁあああ!!」


 大きく振りかぶって、男が剣を落とす。

 重い一撃を受け止めることなく、イールはそれをいなす。

 流れる水のように。

 音楽に乗せて踊る少女のように。

 醜い腕に美しい剣捌きを載せて。


「があっ! あぐぁあ!?」


 力任せに打ち付ける全ての攻撃をかわされ、逆にカウンターをくらう。

 徐々に増えていく出血は、時間の経過と共に男の体力を失わせる。

 次第にその動きは緩慢になり、やがて、剣すら取り落とす。


「――これで終わりだ」


 鋭い一撃が、男を舐める。


「そんな……馬鹿……な……」


 信じることができないと、瞳孔を開き、男は崩れ落ちる。

 静寂が支配する。


「これで、終わりかな」


 周囲を見渡し、ララが息を吐く。

 彼女たちの周りには、鉄屑となった魔導自律人形の残骸がうずたかく積み上げられていた。

 三人以外の生命反応すら確認できず、ようやくほっと胸をなで下ろす。


「そういえばララ。イライザって言うのは誰だ?」

「『錆びた歯車(ラスティ・ギア)』の首魁よ。教会にいたからやっつけて……。ああ、そうだ」


 ララが思いだしたように手を打ち、口を開きかけたとき、唐突に無数の足音が響きわたる。


「ちっ! 残党がまだいたか!」

「あ、ちょっと、違うの――」


 油断した、とイールは剣を抜き、入り口に目を向ける。

 瞬間、武器を構え完全武装した人々がなだれ込む。


「武器を捨て手を挙げろ! 抵抗すると即座に攻撃を開始するっ!!」


 高らかに声をあげる集団に対し、イールは低く腰を落として臨戦態勢を整える。


「ちょ、イール」

「ララは下がってろ。あたしが迎える」

「そ、そうじゃないの!」


 たまらずララが間に割って入り、絶叫する。

 場違いな彼女の様子に、両者ともに首を傾げた。


「あーもう! 人の話聞かないわね! ちょっとそっちの人たち! パロルドを呼んで!」

「何!? あんた、パロルドさんを知ってるのか?」

「知ってるも何も、イライザを捕縛して受け渡したのは私よ!」


 武装集団の先頭に立っていた男が驚愕し、傍らの一人に声をかける。


「おい、ララ。これは一体……?」


 怪訝な表情で、イールがララに尋ねる。


「いやー、すまんすまん。少し伝達が遅れたみたいだ」


 ララがイールに答えるよりも早く、集団を割って聞き覚えのある男の声が届いた。

 ゆっくりとした足取りで彼は進み、イールたちに姿を表す。


「パロルド!? なんで、ここに……?」

「ふっふふー。良いこと教えてあげるぜ。俺の名前はパロルド。腕利き傭兵兼、『壁の中の花園(シークレットガーデン)』直属の実力行使部隊『青き薔薇(ブルーローズ)』の名隊長さ」

「『壁の中の花園(シークレットガーデン)』!?」


 軽い口調から飛び出した驚きの単語に、イールは目を剥く。

 パロルドは口元の笑みを絶やさずにしっかりと頷いた。


「『青き薔薇(ブルーローズ)』は『壁の中の花園(シークレットガーデン)』の手駒となってあらゆる戦闘任務を遂行する秘密部隊。今回は事が事だけに、隊長である俺自ら出張ってきたのさ」


 ヤルダからここまで、彼らは決死の強行を行った。

 神殿の管理する『女神の翼』を使えない彼らにとって、時間は最大の問題だった。


「けどまあ張り切って来てみたら、村は壊滅してるわ、教会では敵の首領を伸してるララちゃんがいるわ。びっくりしたぜ全く」


 じゃらりと腰の銀鎖を揺らし、やれやれと肩を落とす。

 見れば、彼の背後にいる『青き薔薇』の面々も戸惑っているようだった。


「とりあえず、俺たちはここの調査をするとするよ。……ありがとう。助かったよ」

「はあ……」


 隊員たちに指示を出し、パロルドは更に奥へと向かう。

 イールは理解が追いついていないようで呆然としていた。


 そんな時。


 ダダダ、と新たな足音が響く。

 今度は何だとイールは顔をあげると――


「お姉さま!!」


 満面の笑みを浮かべた淡い赤髪の少女が、白衣をはためかせて跳躍していた。

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