第307話「当たり外れが激しいわね」
ヨッタのリュックサックからは、魔導具の部品らしき細々とした物がいくつも飛び出した。その中にはロミの求めていたものも全て揃っており、彼女はようやく安堵の表情を浮かべる。
「神官服が壊れたんだよな。アタシが直してやろうか?」
「いいんですか? 結構複雑な魔法なんですけど」
修理材の代金を受け取ったヨッタの言葉に、ロミは目を丸くする。神官服に施された魔法は、どれもかなり高等なものだ。まだ年若いヨッタの手に任せられるのか、どうにも判断が付かなかった。
「アタシの腕が心配なら、魔導具を見てから判断してくれていいよ。売り物は全部自分で作ったものだからな」
「すみません、侮っている訳ではないんですが……」
「いいよいいよ。アタシみたいな若造にはなかなか任せにくいよね」
ロミの胸中を察したヨッタは、売り物として並べている魔導具を示す。ロミは謝りつつも、それらをじっくりと品定めする。
「ヨッタって若いの?」
熱心に魔導具を見るロミに代わり、ララがヨッタに話しかける。彼女の率直な問いに、ヨッタはむっと眉間に皺を寄せた。
「どこからどう見てもうら若き乙女だろ」
「そう言われても……。ダークエルフというか、エルフの年齢は全然分かんないから」
ララたちは以前、エルフの隠れ里に滞在していた。その時に出会ったエルフたちは、見た目こそ若々しかったが数百歳が当たり前だった。ドワーフや鬼人、砂竜人など、ほぼ全ての種族について言えることだが、他種族の外見から年齢を推し量ることは難しい。
「まあ、ダークエルフもエルフと同じだからな。でも20歳くらいまで人間とそう変わらないよ。ちなみにアタシは18だ」
「18!? 私と同じじゃない」
「アンタ、18歳なのか!?」
ヨッタが明かした年齢に、二人はお互いに驚く。ヨッタもララも小柄で華奢な体格をしていたため、どちらも相手がもう少し若いと思っていた。
「ちなみにこっちのイールは28よ」
「ああ、それはなんとなく分かる」
「……なんか、失礼じゃないか?」
ララが後ろでぼんやりと立っていたイールを示して言うと、ヨッタは素直に頷く。それを見て、イールが口をへの字に曲げた。
「ちなみにわたしは14歳です」
「14歳!?」
ロミの言葉に、ヨッタは再び大きく驚く。ロミはロミで、もう少し年上に見られることが多かった。
「やっぱり、ダークエルフから見た人間も年齢が分かんないんじゃない」
「それはアンタらがちぐはぐなだけじゃないかな……。ともかく、アタシは18だけど小さい頃から魔導技師として鍛えられたから、安心してくれていいよ」
ヨッタは複雑な表情をした後、ぽんと胸を叩く。
「さっき別の店でも聞いたんだけど、魔導技師って流派がいくつもあるの?」
ララが気になっていたことを尋ねる。ヨッタは頷いて、軽く説明を始めた。
「アタシはサディアス流だけど、他にも色々あるよ。キア・クルミナ教は聖教流っていう独自の流派があるし。まあ、アタシは師匠からは一通りどんな魔導具でも見れるように鍛えて貰ってるから、大抵の魔導具は扱えるつもり。流石に、専門外のものを一から作るのは難しいけどね」
「へえ。修理はできるけど、って感じなのね」
「魔導具なんて、技師の数だけ流派があるようなもんだからな。基本を押さえてれば、直すことはできるけど、組み立てるのは難しいのさ」
工業技術の発達していないこの世界では、多くの物が手作りだ。魔導具もその例に漏れず、魔導技師が一つ一つ時間を掛けて製作する。
その過程で使用者や使用環境に合わせた微調整がなされ、そのノウハウが蓄積され、やがて流派としての流れが確立される。
ヨッタの専門とするサディアス流は砂漠地帯の技術流派であり、砂漠の過酷な環境に耐える頑丈なものを作る事を得意としていた。
「たしかに、ヨッタさんの技術は高いみたいですね。これなら、安心してお任せできそうです」
「ふふん。だから言ったろ」
ロミの検分も終わり、彼女は専門家に神官服を託すことを決めた。ヨッタが茣蓙の上に並べていた魔導具は、どれも品質の良いものばかりだったのだ。
「一応、応急修理はできるんですが、できれば本職の方にやって貰う方が確実ですからね。よろしくお願いします」
「はいよ。ここで脱いで預けて貰うか、それが嫌なら宿まで出張するよ」
「では、来て頂いてもいいですか? 流石にここで脱ぐわけにはいかなくて」
神官服の下はほとんど肌着のような簡素な服だ。ララやイールの前では身軽な姿になっていることも多いロミだが、流石に暑いとはいえオアシスの真ん中で曝け出すことは避けたいようだった。
そんな彼女の意思を汲み取り。ヨッタは頷く。
「それじゃあ店じまいしたら行くから、部屋番号だけ教えてよ」
この集落に宿は一つだけということで、ロミが部屋の番号を伝えればそれで事足りる。
遍歴職人のヨッタは、普段から店舗を兼ねたこのテントで寝泊まりしているようだった。
「商隊の参加費も払えない貧乏職人だからね。仕事が増えるのは大歓迎だ」
そう言って笑うヨッタ。
ララ達は彼女によろしくと念押しして、露店を離れた。
「ふぅ。一段落付いたらお腹が空いたわね」
「車の中でも結構食べてたじゃないか」
腹を摩るララに、イールが呆れて言う。
しかし、日も傾き夕刻に迫る頃合いでもあった。三人は少し話し合って、商隊の露店で今日の夕飯を買い求めることにした。
足元の影が長く伸びるようになると、広場にずらりと並んだ露店も夜に備え始める。軒先のランタンに火を灯したり、風を防ぐ覆いを追加したりと慌ただしい。
三人はそんな広場を歩き、美味しそうなものがないかと物色する。
「いらっしゃい! 冷たい氷だよ! 果物も一緒に凍らせてるんだ」
中には冷却の魔法を使える魔法使いによって営まれる氷売りもある。瑞々しい果物が内部に封じられた透明な氷にララは目を輝かせるが、そこに示された値段を見て跳び上がる。
「やっぱり氷は高いのねぇ」
「砂漠のど真ん中だからな。あの露店、護衛も多い」
おずおずと店先から去るララに、イールは苦笑して言う。彼女の言葉通り、氷売りの露店では他よりも多くの護衛が睨みを利かせていた。
「魔法使いの氷売りとなると、狙う輩も多いんでしょうね」
大変そうだ、とロミが嘆息する。
だからこそ稼ぎも多いのだろうが、護衛の雇用でその少なくない割合が吹き飛んでいる可能性もある。商売とはなかなか難しい、とララは眉を顰めた。
「わ、見てみて。砂漠蟹の蒸し焼きですって!」
ララは再び周囲に視線を巡らせ、目に付いた露店を指さす。大きな筒のような鍋でぐらぐらと湯を沸かしているその店では、真っ赤な蒸し蟹を売っていた。
更に隣の店では黄金色の油で大きな魚を豪快に揚げている。
「あれは砂魚ですね。砂漠蟹と同様に、アグラ砂漠ではよく食べられているものらしいです」
「へぇ。美味しいそうだわ」
「もう買ってきたのか……」
ロミの解説を聞くララの手には、大きな茹で蟹と紙に包まれた魚のフライが握られている。少し目を離した隙に手に入れてきた彼女の行動力に、イールが呆れる。
目を輝かせたララは、湯気の立つ赤いカニの足をもぎ取る。
「あれ……?」
「砂漠蟹は身が少ないみたいだな」
「そんなぁ」
ララの手に握られたカニの足は、分厚い甲殻とは裏腹に細く貧弱なものだ。食べてみると確かにカニの味がするが、どこか物足りない。
「イール、ちょっと食べる? ロミもいいわよ」
「一本だけ貰おう。残りは自分で食べろよ」
「わ、わたしも……」
ララが複雑な表情で勧めるが、二人とも試食の域に留める。地元で良く食べられているからといって、それが美味しいとは限らないのだった。
「あ、でも砂魚のフライは美味しいわね」
「そっちは半分貰っても良いぞ」
「自分で食べるわよ!」
砂魚は肉厚な白身で、さっくりと揚げられた衣の食感と共に美味しく頂ける。ララはイールからそれを守りながら、3口ほどで平らげてしまった。
「うーん、当たり外れが激しいわね」
「それもまた旅の醍醐味ってやつだ」
片方はあたりだったから良かったものの、と少し落ち込むララ。イールはそんな彼女を見て、くつくつと笑った。




