第304話「武装神官の服は特別製ですからね」
砂漠の真ん中、炎天下の中でララ達は突如として砂の中から現れた大蛇と対峙する。それは見上げるほど大きな体を砂の中から出し、ゆらゆらと揺れながら彼女らを睥睨していた。
「サクラ、モービルは任せたわよ」
『了解しました。戦闘区域から離脱します』
ララの指示を受け、サクラがモービルの操縦権を取得する。自動操縦モードになった車体は戦闘の邪魔にならないように距離を取った。
その間にもララは蛇の金眼から目をそらさず、その力を推測する。砂色の鱗は周囲の環境に良く馴染むが、腹側は薄い白色になっている。口の隙間から覗く舌は赤い。
「イール、この魔獣に心当たりは?」
「ずいぶんデカいが、砂鳴り蛇だろう」
イールは大剣の柄を握り、鞘を足元に落としながら言う。アグラ砂漠の固有種なのだろう。当然ながらララの知らない魔獣である。
それでも、やることは変わらない。
「――“神聖なる光の女神アルメリダの名の下、腕の使徒イワに希う。求める者に虚偽の安寧を、黒き贄に永久の拘束を”」
口早に紡がれた詠唱。ロミが高く掲げた草紋の白杖が薄く輝き、砂鳴り蛇のすぐ下に青白く輝く魔法陣が展開された。
その中から現れる無数の生白い左腕が蛇に纏わり付き、その動きを制限する。
「行くわよ!」
ロミの魔法により拘束されたのを確認し、ララが突風のように走り出す。彼女は一瞬で距離を詰め、蛇の喉元に向かって白銀のハルバードを差し向けた。
しかし――。
『シュアアアアアアアッ!』
「ぬわああっ!?」
突如、大蛇が口を大きく開く。彼は全身を震わせ、甲高い声を放つ。耳を劈く爆音に、ララたちは思わず怯む。
周囲の砂が共振し、小刻みに震えながら円形の模様を広げていく。
「砂鳴り蛇は音の魔法を使う! 厄介な相手だぞ」
「それを早く言ってよ!」
片耳を押さえたイールの遅い忠告に、ララは憤慨する。
しかし、特に影響が顕著だったのはロミである。集中力と共に魔力の流れも乱され、魔法が破壊されている。それどころか、平衡感覚を失ったようでふらふらと足元も覚束ない。
「やばっ!?」
その大きな隙を――ましてや自分を拘束した忌まわしき相手を攻撃できる千載一遇の好機を、砂鳴り蛇は逃さない。
鋭い牙が生えた口を開き、今度は噛み付くために頭を突き出す。
「『脚力強化』ッ!」
ララが咄嗟にコマンドを発動させ、間一髪のところでロミと蛇の間にハルバードを差し込むことに成功する。硬い金属音と共に、蛇がハルバードの長い柄に噛み付く。
「うらああっ!」
その隙にイールが蛇の胴体へ大剣を振り下ろす。しかし、彼女の自慢の強撃も、堅固な鱗に阻まれた。
「ちぃ。砂の上じゃあ力が入れにくいな」
戦い慣れない砂原での戦闘に、イールも予想以上に苦戦していた。ここまでモービルに乗って楽をしていたぶん、砂の上での歩き方が分かっていなかった。
「また吠えるわよ!」
ララはハルバードを一時的に待機形態へと戻し、蛇の口から引き抜く。その瞬間、蛇の喉元が大きく膨らんだ。
イールとロミは咄嗟に武器を落としながら両耳を塞ぐ。
「『聴覚遮断』ッ!」
『シュアアッ!』
短い発声。だが、魔力を帯びた声は攻撃的だ。コマンドにより聴覚を切ったララも、イールとロミの二人も、音の衝撃によって弾き飛ばされる。
「ぐぬぅ。厄介じゃないの……」
「あわわ、杖が遠くに」
ララはハルバードを砂に刺して体を立てる。イールの剣は上手く彼女の足元に転がっていたが、ロミの杖はその軽さから彼女の更に後方へと飛んでいた。
『シュゥアッ!』
三人が体勢を立て直すよりも早く、蛇が再び声を上げる。
すると、彼の足元の砂が弾け、波となって三人に攻め寄せた。
「『空振衝撃』ッ!」
咄嗟にララが放った空気の震動が、それを相殺する。砂埃がもうもうと立ち上がるなか、イールが蛇のもとへと再び接近した。
「オラァッ!」
今度はしっかりと砂を踏みしめ、体重の乗った一撃が蛇を捕らえる。巨大で鋭利な剣は蛇の鱗を砕き、皮を切る。赤い血が吹き出し、蛇が絶叫する。
「蛇のくせによく喋るわねぇ」
「しかもタフだ。傷がすぐに塞がってやがる」
魔獣はその身に宿す原始的かつ本能的な魔法によって、通常の獣では考えられない動きを見せる。鳴き声で攻撃していることもその一つだが、また別に魔力の循環によって傷の治癒を加速させることもよく見られた。
特に、それができる魔獣はかなりの力を持っていることの証となり、傭兵としても覚悟を持って挑まねばならない。
「そおおお、れっ!」
『シュアッ!』
砂を蹴り飛ばし、ララがハルバードを振るう。
砂鳴き蛇は体を柔軟に曲げることで傷を浅くして、間髪入れず喉を絞って反撃の衝撃波を発する。
声による不可視の攻撃はララでも避けることは難しく、そのエネルギーを受け流すので精一杯だ。
「喉を潰せば!」
体勢を崩すララと入れ替わるように、イールが大剣の切っ先を蛇の喉元に向ける。だが、そこが弱点であることは向こうも良く知っているようだった。
「クソッ」
蛇は長い体を自在に動かし、彼女の攻撃を自在に避ける。音の魔法を警戒する必要もあり、イールは攻めあぐねていた。
「――“神聖なる光の女神アルメリダの名の下、爪の使徒トゼに希う。揺るぎなき正義の心を具現し、不壊の矢を放て”」
そんな状況を打開する光の矢が突如として現れる。長い尾を残しながら風を切り裂いて飛来した魔力の矢は、そのまま滑らかに砂鳴き蛇の喉を貫く。
的確な狙撃によって要の喉を潰され、蛇は水の泡立つ悲鳴を上げた。
「一矢報いてやりましたよ!」
得意げな顔で言うのは、白杖を拾ったロミである。
「助かった!」
「ナイスよ、ロミ!」
そのチャンスを逃さず、イールとララが畳みかける。
二人は蛇の首の両側面から息を合わせてそれぞれの得物を叩き込み、刃を深く食い込ませる。
だくだくと流れ出す泡立った鮮血が砂地に染みを広げてゆく。
「これで、トドメよ!」
ララがナノマシンに指示を下す。微小なセルが互いに影響し合い、全体として強力なエネルギーを生み出す。それは彼女の手のひらから金属製のハルバードの柄を伝い、刃へと到達する。
「『雷――」
『ギュアッ!』
だが、彼女の生み出した莫大な電気エネルギーが蛇の喉を焼き切るよりも僅かに早く、砂鳴り蛇が最後の力を振り絞って魔力を放つ。
死を受け入れながらも、僅かに抗う意思。
周囲に広げるほどの余裕はない。ただ一点、ただ一人の対象を狙った、最後の一撃。
「ロミ!」
砂鳴き蛇の喉から赤い飛沫と共に絞り出された、音の針。それは高速で回転しながら、離れた場所に立っていたロミの胸を叩いた。
「きゃあっ!」
砂漠に悲鳴が広がる。
砂鳴き蛇はそれを聞くことなく、雷撃によって焼け死んだ。イールとララは死亡確認も後回しにして、砂の上に倒れたロミの元へと駆け寄った。
「ロミ、ロミ。大丈夫!?」
「しっかりしろ。状況を確認するぞ」
弱々しく呻くロミを、イールが抱きかかえる。
ロミの白い神官服には赤い血液がべっとりと付着しており、胸部の中央は生地がズタズタに切れていた。
「だ、大丈夫、です……」
取り乱すララ、焦るイール。
そんな二人にロミは弱々しく声を返す。
実際に、イールが神官服をはだけると、インナーには目立った傷が見当たらない。
「神官服には防御の魔法も掛けられているので……。衝撃が殺しきれなかったようで痛みますが、骨が折れているわけではないので」
健気に笑みを浮かべて説明するロミ。彼女に大事がないことを確認した二人は、大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。
「よ、良かったわ……。ロミが怪我しちゃったらどうしようかと」
「大丈夫です。この程度なら、神官服で問題なく受け止められますから」
ララが目を潤ませる。ロミはそれを見て、心配ご無用と胸を叩いた。実際、彼女はそれからすぐに立ち上がり、後に響いていないことを動きで示す。
「武装神官の服は特別製ですからね。この程度、どうということは……」
ロミは自慢げに口を弓形にして語る。しかし、その途中で突然、言葉を切った。彼女は何かを確認するかのように神官服をまさぐり、さっと顔を青ざめさせる。
「ロミ?」
「やっぱり、どっか怪我してるのか?」
怪訝な顔をする二人に、ロミは首を横に振る。
彼女は神官服に付与された防御魔法によって、五体満足だ。だが、神官服の方に異常があった。
「し、神官服に付与されてた魔法が消えてます……」
「えっ」
だらだらと大粒の汗を流し始めるロミ。
それは焦燥からだけではない。体温調整の魔法がなくなったことにより、砂漠の熱気が分厚い神官服の中で容赦なく蓄積していた。




