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第302話「なんというか、エッチね」

「アグラ砂漠に行きたい?」


 素っ頓狂な声を上げ、男は眉を吊り上げた。

 場所はエストルの一角にある武具専門店。情報を求めてギルドを訪れたララ達が、そこで教えて貰った提携店の一つだ。

 砂漠を歩くための装備を求めてやってきた三人を出迎えた店主の反応は、彼女たちの予想からいささか逸れていた。


「何か拙いことでもあるのか?」


 目を見張りつつ、首を傾げてイールが尋ねる。その様子から三人が何も分かっていないことを察して、店主の男は首筋を掻きながら唸った。


「アグラ砂漠はこれから本格的な乾期に入る。その様子じゃ、お嬢ちゃんたちは砂漠に慣れてるわけでもないんだろう? せめて雨期の前後にしないと、最悪野垂れ死ぬぞ」

「そんなに過酷なんだ……」


 戦くララに、店主は頷く。


「砂漠はいつでも過酷だが、特に乾期は別格だ。昼間は熱い空気で肺が焼け、砂嵐で目が潰れ、強い日差しで肌が割れる。夜は夜で血まで凍り付くような寒さだ」

「アグラ砂漠の過酷さは神官の間でも良く言われますが、それほどとは……」

「いるんだよね、お嬢ちゃんたちみたいな人。よく知らないで砂漠に入っちゃって、帰ってこねぇ」


 肩を竦める男。その眼差しは真剣なものだ。彼も面白半分で脅しているわけではない。むしろ、ララたちのような者を多く見送ってきたからこそ、こうして忠告していた。


「参ったわね……。でも、私たちどうしてもディスロに行きたいのよ」

「ディスロ!?」


 呻くように呟いたララ。彼女の言葉に男は更に目を丸くする。


「よりにもよって、ディスロに行きたいのか」


 ララ達が揃って頷くと、彼はぶんぶんと首を振った。


「やめとけやめとけ。あそこはお嬢ちゃんたちが行くような場所じゃねぇ」

「そんなに治安が悪いのか?」

「いろんな意味で危険なんだよ。オアシスからも外れてるし、行商も滅多に巡らん。そのくせ砂漠の中でも特に凶悪な魔獣がうろついてる。そんなこんなで外からくっきり区切られてるから、他の町以上に悪人がいくらでも駆け込んでくるような場所だ」


 本当に何にも知らないんだな、と男は心底呆れた様子で丁寧に説明を施す。


「町には一応、騎士団もあるらしいがね。それがどれほどのもんかは怪しいところだ。何千万って賞金が懸けられた悪党が大手を振って歩いてるって話もある」


 彼はそう言って、恐ろしげに大きな体を震わせる。

 それを聞いたララは内心で深く頷く。ディスロという町は、『錆びた歯車』が根城に選ぶだけの理由をいくつも併せ持っているようだ。


「――分かったよ、おっさん」


 黙って話を聞いていたイールが素直に頷く。こうして商機を失ってでも忠告してくれる者は信用に値する。しかし、だからといって彼女たちも素直に従うわけにはいかなかった。


「ごめんなさいね。こういう事情があるのよ」


 そう言ってララは首にかけたペンダントを見せる。ペンと剣の交差したそれは、名にし負うプラティクス家の家紋である。

 銀に輝く紋章を目の当たりにした男は、今までで一番大きく目を見開いて、更に大きく仰け反って全身で驚きを表した。


「そ、それは!」


 わなわなと震え出す店主。プラティクス家の名声がここまで驚異的だと、ララもだんだんと楽しくなってくる。


「わたしたちはこの御方からの導きもあって、ディスロを目指しているんです」

「どうしてもって事情がありそうだな……。そんなもん出されちゃ敵わねえ。あんたらも無知なだけで、実力が無いってわけじゃないんだな」


 男はやれやれと首元を掻き、ひとつ頷いた。


「ちっちゃい嬢ちゃんはよく分からんが、そっちの姉ちゃんは傭兵としても腕利きなんだろう。それに武装神官もいるなら、なんとかなるかもな。――一式、見繕ってやるよ」

「私だって腕利きなんだけど!」


 約一名が不満げに抗議の声を上げるなか、男は店の奥へと三人を誘う。砂漠用の装備品がずらりと並んだ店内では、数人の傭兵がそれらを吟味していた。


「武装神官のお嬢ちゃんはともかく、二人分でいいかい? 注文があったら言ってくれ」


 店主の声に応じて、イールとララがそれぞれの要望を伝える。彼はそれを元に、商品の中から最適なものを選び取っていく。


「わたし、外で待ってますね」

「すまんな。散歩してきてもいいぞ」


 邪魔になると考えたロミはひとり、店から出る。

 一刻ほどの時が過ぎ、ロミが退屈そうに店先の往来を眺めていると、ようやく一足先にララが戻ってきた。


「どうかしら?」


 装いを新たにしたララが、ロミの前で両手を広げる。

 彼女はゆったりとした白い布の服を着て、腰と手元足元を細い帯で縛っていた。頭には薄く透けたヴェールを被り、直射日光を防いでいる。


「いいですね。覆面は魔法使いもよく使うんですよ」

「そうなの?」

「ええ。詠唱している口元を見られずにすみますから」

「へぇ。私もコマンドを発声でするし、こっちの方が有利かな?」

「ララさんのそれは、唇の動きを読まれてもあまり関係ないと思いますけど……」


 真新しい服に身を包んだララは楽しげに動き回る。ゆったりとした柔らかい布は動きやすいようで、彼女はいつにも増して身軽そうだ。

 一応、胸元には革が当てられており、急所も守れるようにはなっている。


「イールさんはどんな感じですか?」

「うーん。もうすぐ戻ってくると思うけど」


 興味を持ってロミが尋ねると、タイミング良く店の奥からイールが現れた。


「待たせたな」


 ロミが振り返ると、そこにはいつもと印象を変えたイールが立っていた。

 金属板の代わりに、薄緑色の滑らかな鱗が彼女の体に沿って纏われている。鱗が縫い付けられているのは、半透明の薄い革だ。

 イールは体のラインが強調される魅惑的な鎧の上から、それを包むように薄手のマントを羽織っていた。


「砂蜥蜴の鱗鎧に、冷却の魔法を付与した魔法糸のマントだ。防御力も十分だし、これなら多少の暑さにも耐えられる」


 品定めした店主が自慢げに語る。

 砂蜥蜴はまさしくアグラ砂漠の過酷な環境に生きる魔獣であり、その鱗は硬く皮は熱を通さない。適度に湿度も逃がし、汗を掻いても快適だ。

 そんな謳い文句を聞いて、ロミも口元を綻ばせた。


「ありがとうございます。これなら、砂漠でも平気ですね」


 彼女が丁重に感謝を告げると、店主はすかさず首を振って否定する。


「今、靴もサイズを調整してるところだ。そんな分厚いブーツじゃ、蒸れて指が腐るぞ」


 そう言っている間に、店の者が二足の靴を持ってくる。薄い革と布で作られたもので、通気性を確保しつつ、熱い砂が入りこまないように工夫されている。


「一式揃えるとこれくらいになるが、いいかい?」

「もちろん。ここでケチる程バカじゃないさ」


 最後に店主が提示した金額を、イールが代表して払う。装備は命に直結する重要なものだ。そこを疎かにすれば、いつか命を落とす。そのことを彼女は長い経験の中から知っていた。


「よし、じゃあこれで準備が整ったわね」


 イールが代金を払い、晴れて所有権が彼女たちに移る。ララは腰に手を当て気炎を上げた。


「――しかし、あれだわ」


 そうして、ララは不意にイールの方へ視線を向ける。財布をしまいながら、彼女は怪訝な顔で首を傾げる。

 彼女の新しい装備は、ぴったりと体の曲線に沿っている。それが逆に、イールの豊かな凹凸をはっきりと際立たせ――。


「なんというか、エッチね」


 薄いマントだけでは隠しきれない、女性的な魅力を見せていた。背中の巨大な大剣も、籠手の代わりに包帯を巻いた右腕も、彼女の魅力におけるちょっとしたアクセントにしかならない。


「よく分からんが……。褒め言葉として受け取っておくよ」


 ララの言葉の意味を理解できなかったイールが、眉を寄せながら言う。


「うん。いいと思うわよ」


 ララはぐっと親指を立てて、良い笑みを浮かべて頷いた。

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