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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第七章【大祭と叡智の鏡】

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第二百九十三話「よりにもよってこれかぁぁあああ!!」

 一瞬、鏡の中をすり抜ける。

 春先の風のような少し冷たい感触が頬を撫で、目を開いたときには消えている。

 ロミは、塗りつぶしたような暗闇の中にいた。


「ここは……」

「私も、鏡の奥にこのような空間があったなんて」


 呆気に取られるロミ。

 その隣に、一緒に鏡をすり抜けてきたティラも立っていた。

 彼女も鏡の裏側については知らなかったらしい。

 大きく目を見開いて、初めて見る暗闇に目を凝らす。

 そんな二人を差し置いて、ララは迷いのない足取りで闇の中を歩く。


「二人とも、ちょっと眩しいよ」


 ララの声。

 二人は先ほどの光の奔流を思い出し、ぎゅっと目を閉じる。

 ララが虚空に手を伸ばす。

 その指先が、何かに触れた。

 青い光の筋が幾重にも走る。

 ララの指先を起点に、壁を床を天井を。

 シュンシュンと甲高い音を立ててそれは次第に光量を増していく。

 そして、閾値を越えたそれは、先ほどとは比べものにならないほどの強烈な光を発する。


「う、ぐ……」

「きゃっ」


 瞼を透かす光の束に思わず呻く二人。

 閉眼し腕で覆ってなお感じる光。

 もはや平然と立っているララの方が異常であった。


「コマンドコード入力。起動シーケンス展開」


 ララは手元に顔をおろす。

 闇に紛れていたそこには、床から突き出た長方形の物体があった。

 彼女はそこに指先を落として細やかに叩く。


「自己補修プログラム発動。ステータスウィンドウ展開」


 キィンと耳鳴りのような音が響く。

 恐る恐るロミが目を開くと、無数の半透明の板に囲まれたララの背中が見えた。

 彼女は長方形の面に指を滑らせつつ、目をせわしなく動かしている。


「サクラ、聞こえる?」

『感度良好。ばっちりです』

「やっぱり図書館だったわ。テストデータを発信してみる」

『受信しました。シリアルコード、ID、履歴整合性ともに合致。ララ様の個人端末情報収集保管庫で間違いありません』

「そう、良かった。自己補修プログラムを走らせてるけどちょっと時間掛かりそう。手伝ってくれる?」

『分かりました。それと、モジュールも作成が完了しましたので、転送しますね』

「よろしく」


 この場に居ないサクラと会話をこなしながらも彼女は作業を進める。

 その様子を、ロミとティラは言葉もなく見つめていた。


「あの、ティラさん」


 もう少し時間が掛かりそうだと判断し、ロミは隣に立つティラに話しかける。


「なんでしょうか」

「叡智の鏡というのは……。そもそも、ララさんは何故刑務所からここに?」


 ロミの疑問に、ティラが答える。


「叡智の鏡というのは、少なくとも私たちにとっては魔法よりも魔法のような品物でした」


 彼女は語る。


「プラティクスは元々、人の住めない荒涼とした土地だったそうです。そこへやってきたのが、当時旅の身だった私のご先祖様です。その方は物資も尽き、何もない荒野で息絶えようとしていました。そんなとき、半ば地中に埋まっていた鏡を見つけたのだと、伝えられています」


 そこまで言って、彼女はくすりと相貌を崩す。


「とはいえ、何世代も昔の話です。私もその話は鏡から聞かされました。――落ちてきたのは鏡ではなかったのでしょうね」


 ティラが背後を振り返る。

 彼女たちがすり抜けてきた鏡は、ララの目指していた物ではない。

 となれば、ティラの先祖の誰かが作り上げ、カモフラージュとして置いたのかもしれない、とティラは考えていた。


「その鏡は、どういうことができたのですか?」

「鏡は全てを教えてくれました。鏡の前に立ち、儀式を経て問いかけると、その答えが鏡面に浮かび上がりました。初代は鏡から水の湧き出る場所を教えられ、それによって命をつなぐことが出来たと言います」

「全てを教えてくれる鏡、ですか」


 繰り返すロミに、ティラが頷く。


「民の治め方、道の作り方、種の育て方。何を聞いても、鏡は淀みなく教えてくれました。そしてそれは、今までの全てが正しかった」


 だからこそ、ティラの家系は危惧した。


「この鏡が悪しき者の手に渡ると、プラティクスだけでなく、辺境一帯が危機に陥る。そう考えられたのでしょう。――三代目の市長はとりわけ術式構築に長けた方でした。彼は持てる技術と鏡の知識を駆使して、この館と防衛機構、隠蔽術式を構築しました」

「三代目の方があれほどのものを作り上げたんですか」

「その後も少しずつ補修や改修を重ねてきましたけれど。それでも、やはり土台を完成させた三代目の功績は大きな物です」


 少し誇らしげに、ティラがはにかむ。


「私達は危機に陥るたびに鏡に教えを請いました。しかし依存することなくここまで連綿と続いてきたのは、この鏡が語る恐ろしさのおかげでした」

「恐ろしさ?」


 聞けばなんでも教えてくれる鏡。

 それが確かなら、人は依存してしまう。

 いつしか主従の関係は変転し、人が鏡に使役されてしまうことも考えられた。


「私達の質問に鏡が答えるのは、年に三度まで。それは、鏡と私達が交わした唯一の誓いです。鏡はその誓いの場で語りました。『道具が人の領分を侵した時、人は尊厳を失ってしまう。使用者がいなくなった道具は朽ちるまで悠久の時を過ごさざるを得なくなり、人は目と耳を失ってしまう』と」

「な、なんだか難解な言葉ですね……」


 眉を寄せるロミに、ティラが笑う。

 彼女もまた、初めてその言葉を聞かされたとき、同じように困った顔を浮かべていたことを思い出していた。

 人が依存せず、道具が朽ちない頻度。

 年に三回というのは、鏡がそう判断したものだった。


「にゅ!? 仮想人格データが軒並み破損してるじゃない!」


 唐突にララが大きな声を上げる。

 驚いた二人が肩を跳ね上げ振り向くと、ララがわしゃわしゃと髪をかき乱していた。


「ぬぅ、データ容量確保のために捨てちゃった? 確かに未知の記録が沢山あるけど……」

『新たな仮想人格データを作成しましょうか?』

「時間掛かるでしょ。……一応一つ残ってるし、いいよ」


 大きなため息をつき、作業に戻る。

 それを見届けて、二人も会話を再開した。


「それで、ララさんは何故刑務所からここに? それも、親衛隊の皆さんにも内緒のようですが」

「鏡の存在はある程度知られています。けれど、その在処は極秘中の極秘なのです。なので、ララさんには一度館を出たという形を取って貰ったのです」

「そういう事だったんですか……」


 襲撃者はもちろん、ジェイクら護衛の者も知らない秘密。

 それほどまでに、鏡というものは重要な存在だった。


「でも、全てが落ち着いた後でも良かったと思うんですが、どうして襲撃者がやってきたその日に?」

「襲撃者がやってきちゃったからよ」


 ロミの質問に答えたのは、ララだった。

 ロミが顔を上げると、彼女が振り返って猫のような笑みを浮かべている。


「やってきてしまったから?」

「ぶっちゃけ、襲撃者をけしかけそうな人物は沢山いるらしいの」


 そうだよね、と確認を取るようにララがティラに目配せする。

 ティラは「不本意ながら」と頷いた。


「だから、鏡に聞くのが一番かなって」

「犯人捜しも、鏡にして貰うんですか」

「情報収集を手伝って貰うだけ。最終的に判断するのはティラよ」


 道具を扱うものであり、扱われてはいけない。

 ララの言葉の裏にそんな信念を感じ取り、ロミがほうと息をはく。


「さ、そろそろ本体が起動するわ」

「本体? 鏡は起動しているんじゃないんですか?」


 首をかしげるロミに、ララが首を振る。


「今までは機能の98%が休眠状態だったわ。全部起こすには流石にエネルギーが足りないから、30%だけ起動させる。それだけでも、この町全体を把握できる能力はあるわ」


 手元の端末を操作する。

 青い光が流れ出す。


「さあ、起きなさい!」


 タン、とララが指を打つ。

 耳鳴りのような音が一層大きく響き、光が空間を照らし出す。

 闇が剥落し、ロミは自分が正方形の部屋にいたことを知った。

 ララの操作していた端末の少し奥に、半透明のキューブがあった。

 ララの頭ほどの小さな正方形が、青く光る。

 そして、


『はぁーい☆ 目覚めて飛び出て久しぶり☆ 愛するララちゃんの知恵袋、レコちゃんでぇーす☆』


 きゃぴーん、などという効果音が似合いそうな底抜けに明るい声が響き渡る。

 ララががっくりと端末に項垂れる。


「残した仮想人格データが、よりにもよってこれかぁぁあああ!!」


 ララの絶叫が、部屋に響き渡った。

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