第二百八十八話「思ったより綺麗なところね」
「私達の探しているもの?」
「――はい」
ティラは静かに頷く。
ララとロミは困惑した顔で互いに見合わせる。
「この騒動が片付いた暁には、実際にそれをお見せできるでしょう。なので、今は何卒、力をお貸しください」
「いいわ。分かった。多分、ティラが言ってることは合ってると思うしね」
深々と頭を下げる少女に、ララは柔らかな笑みをもって答える。
「それに、助けを求める人に手を差し伸べるのは、神官として当然ですから」
それに便乗するように、ロミが頷く。
頭を上げたティラの青い瞳は、少し湿っていた。
†
「夜が明ける前に尻尾をつかんでおきたい。できるだけ早く刑務所に連行してくれ」
「分かった。そうしよう」
屋敷の庭園に並べられた男達を前に、イールとジェイクが慌ただしく動いていた。
襲撃者は全員身ぐるみを剥がされ、哀れな姿で地面に横たわっている。
ジェイクの部下達が男らの隅々までを調べ、何かに繋がる手がかりがないかを探していた。
「イールもララもなんでこんなことに手慣れているんだ? こちらとしては仕事が楽になるからありがたいが……」
「ララは知らん。あたしはまぁ……色々あるのさ」
チェックシートを持ったジェイクが呆れ声で言う。
イールは不敵な笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てた。
「やっほー、何か手伝うことはある?」
そこへ場違いなほど暢気な声がかかる。
イールが振り返ると、ララがブンブンと手を振りながらやってきていた。
「お、話は終わったのか?」
「うん。ティラは客間で待機、ロミはその護衛してるわ」
ララは地面に並んでいる人々を見ながら言う。
このうちの半分以上が彼女の手に掛かり、その魔力回路を切断されてしまっているのだ。
「歯に毒とか仕込んでなかった?」
「真っ先に確認した。三人が噛みやがったから無理矢理解毒剤を飲ませたよ」
「毒の種類特定できたんだ?」
「このあたりで使われる、歯に仕込んでいても問題ない毒はかなり限られるからな」
まるで世間話をするかのように、二人は物騒な言葉を投げ合う。
その隣のジェイクの方は少し青ざめていた。
「俺はお前らが一番怖いよ……」
「なんか言ったか?」
「なんでもない!」
ジェイクはそう言うと、逃げるようにその場を離れていく。
「イールさん、人数分の衣服を準備できました」
「む、よくやった。それじゃあそれ着せて、連行するか」
そこへ一人の兵士が駆けつける。
彼の報告を受けて、イールはその場にいた全員に指示を出した。
いつの間にか指揮官のような貫禄とカリスマを見せ、彼女はティラの兵士達を自分のもののように扱っていた。
「イール、傭兵よりも向いてるんじゃない?」
「馬鹿言え。あたしは人の上に立つような器じゃないよ。今は緊急事態だからやってるだけだ」
その割には楽しそうだけどな、とララは彼女の横顔を見る。
普段もだいたいは楽しそうに微笑を浮かべているイールであるが、今はそれが一際目立っていた。
程なくして、捕縛者全員の着替えが完了する。
時間がなかったこともあるのだろうが、できるだけ惨めな格好というイールのオーダーは余すことなく受け入れられたらしい。
彼らの服は大きすぎたり小さすぎたり、目を覆いたくなるような柄モノであったりと凄惨な光景だった。
顔を真っ赤にした男が吠えるが、それすらも滑稽で、近くにいた兵士も肩を震わせていた。
「縄で手を結んでつなげ。足は歩幅より若干短めで固定しろ。武器を持ってなくても拳はあるからな、十分注意しろよ」
指示を出しながら、イール自身も動く。
彼女は手早く麻縄を手繰って結び、瞬く間に一人を立たせた。
「よし、お前が先頭だ」
「ちくしょう。俺たちをどこへ連れてこうってんだ」
「個室付きの上等な宿だよ」
悪態を吐く男にすげなく返し、イールは二人目へ移る。
ララも手伝いつつ作業は滞りなく完了し、やがて惨めな男達の群れができあがる。
「ジェイク、刑務所の方はどうだ?」
「所長と話を付けてきた。いつでも受け入れ態勢は整っているとのことだ」
「よしよし、それじゃあ行こうか。近隣住民の迷惑にならないように静かにしろよ」
イールがぱんと手を打つ。
それを合図に、男達は兵士に突かれてのろのろと歩き出した。
かくして、闇夜の町を行脚する奇妙な一団が現れた。
重装の兵士たちに取り囲まれて、情けない格好の男達はとぼとぼ歩く。
寝付けない何人かの住人達がそれを見て、亡者の行進ではないかと少し噂になったのは、彼女たちが知らなくても良いことだった。
「あそこが刑務所?」
「ああ。サルドレットにいくつかあるうちの、一番古い刑務所だ。古いとは言っても設備は毎年整備されているがな」
しばらく歩くと、貴族街の外れに大きな白い塀に囲まれた建物が現れる。
塀の上には鋭く尖った棘がいくつも並び、外からも中からも誰も行き来できないようになっている。
「浮遊の魔法を使っても分かるように、敷地全体に感知の魔方陣も埋め込まれてる。逃げだそうと思う奴もそうそういないがな」
ジェイクの説明を聞きながら、一行は正面の大きな鉄門の前までやってくる。
兵士が一人中に入り、しばらくすると門がゆっくりと開き始める。
「思ったより綺麗なところね」
始めに目に飛び込んできたのは、隅々まで丁寧に手を加えられた緑溢れる庭園だった。
月明かりしかない闇夜であることが悔やまれるが、ララの目には鮮明に映る。
季節の花が咲き乱れ、瑞々しい葉が風に揺れている。
「奉仕活動の一環として、ここで職業訓練させてるんだ。軽微な犯罪者に限るが、出所後庭師として働く奴もいる」
「へぇ。そのあたりもしっかりしてるのね」
庭園の中央を貫く煉瓦の道を歩く。
やがて二つ目の門が現れ、同じような手順でゆっくりと開く。
その先には、打って変わって殺風景な踏み固まれた地面の空き地があった。
「ここは?」
「運動場だな。囚人達は一日二回、ここで自由に動ける」
器具のようなものは何もない。
白い塀に囲まれた、ただっ広い空き地だった。
日中は多くの囚人達が歩き回るのか、草の一つも生えていない。
「ということは、あれが刑務所本体だな」
イールが前方を指さす。
その先に、塀と同じ白い石材でできた大きな建物があった。
「ああ、あれがサルドレット第一刑務所さ」
得意げにジェイクが鼻を鳴らす。
ララ達が建物の足下までやってくると、重厚な鉄の扉が開く。
「こんな夜更けに突然牢を用意しろとは、全く」
扉の奥から不機嫌な男の声が響く。
ララが覗き込む前に、カツカツと固い靴の音と共に、一人の精悍な男が現れた。
固そうな黒髭を蓄えた、目つきの鋭い男だ。
「やあ、トルトン所長。すまないな、無理を言ってしまって」
「いや、いい。これが私の仕事だ」
ジェイクが頭を下げると、トルトンと呼ばれた男は首を振る。
「トルトン所長、この刑務所の責任者だ。所長、こっちはイールとララ、俺たちに協力してくれている傭兵だ」
ジェイクの説明を受けて、トルトンが二人を睥睨する。
妙な緊張感が流れた後、彼は重々しく一度頷いた。
「分かった。私からも感謝しよう。……さあ、中へ連れて行け」
彼が指示を出すと、建物の奥から頭巾で顔を隠した男達が飛び出す。
彼らは瞬く間に襲撃者たちの腕をつかみ上げると、有無を言わせぬ勢いで奥へと引っ張っていった。
「……時間がなさそうだ。早速始めよう」
そう言って、トルトンは三人を刑務所の中へと促した。
 




