第二百八十六話「後片付けはしてくれるって……」
ララは石畳を蹴ると高く跳躍し、屋敷を守る兵士たちと襲撃者たちの間に着地した。
両陣営は突如現れた第三勢力に勢いを削がれ、武器を構えたまま警戒を続ける。
「誰だ貴様ッ!」
兵士の側から誰何される。
ララはちらりと視線を流すと、何も言わず彼らに背を向ける。
襲撃者の一団を睥睨し、彼女はその人数を確認する。
「十二人……。まあ、いけるかな」
「何をぶつぶつと」
計画の狂った襲撃者は苛立ちを隠さない。
ララは彼らが口を開くのに構わず、一瞬で距離を詰めた。
「な、ガグッ」
顎を揺らす一撃は、一瞬で脳を麻痺させる。
瞬く間に一人が倒れ、双方は彼女たちがどちらの味方なのかを判断した。
「続け! 不審者を捕縛しろ!」
気を取り直した兵士達が声を上げる。
襲撃者たちもただ立っているだけではない。
想定外の展開にはなったものの、彼らも目指す筋書きはただ一つ。
集結しつつある兵士達の防御陣を突破するため、勢いよく走り出す。
「うぉぉおおお!」
雄叫びを上げて駆ける襲撃者。
「させません!」
「なにっ!? うわぁっ」
しかし、彼らが三歩目を踏み出すことはなかった。
石畳の影から生える、黒い腕。
それは瞬く間に襲撃者の足を絡め取り、転倒させる。
地面に手を突けばそこにも腕が殺到し、起き上がることすらままならなくなった。
「イール、多分館の裏側にも居ると思うわ」
「分かった」
イールはララの声を受けて路地へと駆け込む。
「くそ、舐めるんじゃないぞ」
ロミの召喚した黒い腕に拘束されていた男が声を荒げる。
ララは冷めた目で彼を見て、つかつかと歩み寄る。
「俺たちには最終手段もあるんだ。貴様ら全員道連れにしてやる」
「……もう飽きたわよ、それ」
彼女は男の眼前までやってくるとしゃがみ込み、温度のない目で見下ろす。
白い手を伸ばし、彼の額に触れる。
「なにをす――」
「解析させてもらうわよ」
この世界の法則は、精霊との一件の中で知識として蓄積されている。
ララはデータベースに記録されているそれらと男の持つ魔法的な回路を相互に参照し、その類似点を上げていく。
この世界では意味のある図形や文字の羅列が、彼女の脳内に浮かび上がる。
「ぐあっ!?」
ララの指先から紫電が弾ける。
男はうめき、しばらくして困惑の表情を浮かべた。
「き、貴様、俺に何をした!」
「一時的に回路を閉じたわ。これで何もできない」
簡潔にそう告げると、ララは立ち上がる。
彼女は十二人の拘束された男達を順に回り、静かにその機能を停止させていった。
「あの子はいったい……」
「昼間にティラお嬢様と一緒におられた方か?」
その様子を遠巻きに眺めながら、兵士達は唖然とした表情を浮かべていた。
突如として現れた襲撃者。
それと同時に闖入してきた彼女たちは、瞬く間に事態を鎮圧した。
自分たちの出る幕を奪われた形だったが、そのことに気を回す余裕はないようだった。
「あれは、何をしているんだ?」
「分からん。あんな魔法は見たこともない」
「恐らくは魔法回路を閉じているのかと」
「お、お前は……」
ざわざわと言葉を交わす兵士達へ、ロミが混じる。
ララと共に現れた、教会の神官服を着た彼女も十分に好奇の視線にさらされる。
しかし、彼女の放った言葉は、次第に注目をララへと戻した。
「魔法回路を閉じる!?」
「そんなことができるのか」
「わたしはできませんし、そのような魔法も知りませんが。でもララさんならできると思えるんですよね」
羨ましいですねぇ、とロミは場違いなほどに暢気な声で言った。
兵士たちはざわつき、口々に憶測を飛ばす。
全く未知の現象を目の当たりにして、彼らの理解は追いついていないのだった。
「よし、裏に居た五人も持ってきたぞ」
そこへ、もう一人の規格外が現れる。
彼女はずりずりと何かを引きずって路地裏から戻ってきた。
兵士達が見つめる中、彼女は通りの真ん中にそれを置く。
「こ、こいつら……」
それは簀巻きにされた五人の襲撃者だった。
ララが処置を施している者共と同じく黒い装束に身を包み、覆面すらしている。
彼らは目立った外傷こそないものの、全員が例外なく意識を落とされていた。
「とりあえずこれで全部だと思う。あとの事はお前らに任せていいか?」
イールは責任者らしい一番身なりの立派な兵士の元へと歩み寄り、話しかける。
彼は未だ混乱した様子だったが、ひとまず頷くことだけはできた。
「あ、イールの方も終わった? こっちもこいつで……よし、終わり」
あどけない笑みを浮かべてララが駆け寄ってくる。
今し方凶悪な技術を見せたとは思えないほどの無垢な笑顔だった。
ざわざわとまた兵士の一団が騒がしくなる。
「それじゃあ私達は帰るので、皆さんもお気を付けて! おやすみなさーい」
元気いっぱいに手を上げて、ララが言う。
兵士達はぽかんと口を開けて、彼女たちが夜の町へと姿を消すのを見送ろうとして――
「阿呆かお前ら! 早く呼び止めろ!!」
慌ててやってきたジェイクに喝を入れられる。
「あ、ジェイク。こんばんは」
「いい夜だな」
「こんばんはでもいい夜だなでもない! お前ら自分でやったことの後片付けは手伝え!」
ジェイクが顔を真っ赤にして叫ぶ。
ララは唇をとがらせて彼から顔を背けた。
「でも、後片付けはしてくれるって……」
「あいつらにまともな判断ができないのを知っていて言っているだろう!」
ばれたか、と彼女は舌を出す。
「とりあえず、ティラ様がお呼びだ。それだけは来てもらうぞ」
「ええ……」
「ララさん、流石にそれは応じた方が……」
ロミが背中を押し、ララも頷く。
兵士達が昏倒した襲撃者の処理に頭を悩ませている横を通り過ぎ、彼女たちは屋敷の敷居をまたいだ。
 




