第二百六十五話「私しかできないから」
「あはははははっ! 進め進めぇい!」
「ふにゃぁあああああああああああああああああ!?」
幅の狭い木々の隙間を、鈍色のモービルが破壊して進む。
バンパーの硬さとブルーブラストエンジンの膂力にものを言わせ、目の前のもの全てをなぎ倒して直進していた。
「おー、こりゃいいな。後ろに付いていけば走りやすくて助かる」
いつの間にか車の後ろに移動していたイールは、綺麗に均された広い道をぽっくりぽっくりとロッドに進ませていた。
「ララさん!? ちょっと目が怖いですよ。もうちょっと速度緩めませんか」
「大丈夫大丈夫。木はまた生えてくるわ」
「全然話聞いてないです!?」
ロミが泣きそうになりながら懇願しても、荒い呼吸と昂ぶった様子のララの耳には入っていないらしい。
「――っとそろそろ村ね」
「お、おおお……。そこの理性はまだ残ってたんですね」
とは言え彼女も考え無しに爆走を続けることはなく、森を抜けるとアクセルを緩めた。
平和的な動きになったモービルに、ロミが胸をなで下ろす。
「そういえばララさん」
「ん? 何かしら」
落ち着いたことで余裕が生まれたのか、ロミがララに声を掛ける。
ハンドルを握り、前方を見つめたままララが聞き直す。
モービルは快速で、遠くに見えていた村の影は急速に近づいてくる。
「これ、村のみなさんが見たらびっくりしませんか?」
「――――ああー」
至極真っ当な意見だった。
しかしララの頭の中からはすっぽりと欠落していたらしい。
彼女は目を細めて口を開いた。
「止まれぇぇえええ!」
そうして彼女達は、鬼気迫る様子で剣を構えやってきたサムズによって、沢の側で停止させられたのだった。
「全く、森の方から突然こんなのが出てきたら驚くだろうが。新手の魔物かと思ったぞ」
ララ達が車から姿を現し、説明すると、サムズはげっそりとやつれた様子でララを睨んだ。
とはいえ今回ばかりは彼女が全面的に悪いため、ララは素直に謝罪する。
「ごめんなさい。そこまで気が回らなかったわ」
「……まあ実際は魔物じゃなくて良かったよ」
実直な彼女を、サムズも許す。
とはいえファクトリーモービルの巨体はこの世界では奇異に映る代物であることは変えようもない事実である。
ララは今後の対策も考えなければと頭の片隅に書き留めた。
「そういえば、テトル達はどうなった?」
ロッドの汗を拭いていたイールが、ふと思い出して尋ねる。
「ああ。まだ集会所で話し込んでるんじゃないか?」
「そうか。結構掛かってるんだな」
テトルがディジュを招き入れようとしている組織は、それなりに規模も大きい。
その上機密の多い性格をしているため、教えることも多いのだろう。
「あ、でも出てきたみたいよ」
「よくそこから見えるな……」
村の方に目を向けていたララが声を上げる。
沢の向こう岸から村の奥にある集会所の様子を細かく見ることのできるララの視力に、イールが呆れる。
「あれ、なんかこっち見てすごい顔して、走ってきてるわよ」
「そりゃなぁ……」
ララが実況する妹の様子に、イールは是非も無しとモービルを一瞥した。
「なななな、なんですのこれは!?」
それが、猛然と走り寄ってきたテトルの第一声だった。
「これ、魔導自動車ですの!? その割には魔力炉らしきものは見当たりませんが……。この荷台にあるんでしょうか」
テトルは早速車体に張り付き、細部をつぶさに観察しだす。
少し考えればすぐに分かることではあった。
このモービルは、言うなればテトルの開発した魔導自動車の一つの到達点でもあるのだから。
「あのー」
「おっと。お疲れ様」
「あ、はい。ありがとうございます」
そこへ少し遅れてディジュもやってくる。
彼女も置いて行かれまいと急いでやって来たのか、額に汗を浮かべていた。
「これって……」
彼女もモービルの正体に興味があるのか、ララに尋ねる。
「『錆びた歯車』の研究室にあった、私の忘れ物よ」
「こ、こんなの見たことないけど……」
「正確に言えば、あったのは荷台に置いてある機械ね。この車はそれで作ったのよ」
「あれってこんなのも作れたんだ……」
彼女もある程度予想はできたらしく、驚いた様子でモービルを見上げる。
恐らく、彼女にとってファクトリーは怪しげで使い方もよく分からない機械だったのだろう。
多少の――それこそ魔物研究の際に使う程度の利用法は判明していたようだが、正式な持ち主であるララほど使いこなすことは当然できなかった。
「まあ、電脳と併用する前提みたいな機能もあるし。むしろディジュが扱えてた事の方が私は驚きよ」
「そこはまあ、時間だけは沢山あったから……」
要は総当たりという名の手探りである。
よく生きていたものだとララは胸の内で感心する。
ファクトリーはララも重要視するほど強力な設備だが、それだけに使い方を誤ればいくらでも命の危険がある爆弾でもある。
全くの無知のまま、僅かながらも操作法を確立する程まで手を出して無事なディジュは、かなりの幸運体質なのかもしれなかった。
「これ、私が持って行ってもいいわよね」
「え? あ、うん。私が持ってても使いこなせないことは分かったし。それにもう必要なさそうだしね」
そう言ってディジュはテトルの方を見る。
今も車体に張り付く赤髪の少女は、ディジュを上手く使ってくれるのだろう。
「それでどうだった? 『秘密の花園』は」
「ええ。とっても面白そうだわ。欲を言えば、もっと早くに知りたかった」
「あはは。でも『錆びた歯車』に入ってないと存在すら知らなかったかもね」
テトルと話した中で自信が湧いてきたのだろう。
ディジュは確固とした決意を胸に、毅然とした口調で言い切った。
学園を飛び出し、紆余曲折の人生を歩んできた彼女は、これからも弛まぬ努力を続け、その類い希なる才能を活かしていくのだ。
「そういえば、ルゥシィがまだ氷漬けなんだけどどうしたらいい?」
「ああ、そうでしたね。……あの子も早く眠らせてあげた方がいいですね」
森の方を向き、物寂しげな表情となってディジュが言う。
検体の一匹ではあるが、思い入れもあるのだろう。
「準備ができたら何時でも言って頂戴。氷を溶かすのは私しかできないから」
「分かったわ。その時はすぐに」
拡散凍結弾を停止させることができるのは、恐らくこの世界ではララだけだ。
彼女以外に電脳とナノマシンの高度な使用が可能ならば可能性は無くはないが、それは考えにくいだろう。
「ララお姉様、ここについて教えて頂きたいのですが!」
ルーペなど取り出し興奮した様子のテトルが声を掛ける。
「はいはい。一応教えるけど、理解できるかは知らないからね?」
そんな彼女に苦笑を浮かべ、ララは駆け寄っていった。
 




