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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第六章【合わせ鏡の双子】

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第二百六十話「ほら、そこに」

 じゅぶりと熟れた果実を潰すような音と共に、ディジュの胸から白銀の刃が生える。


「あひ?」


 突然の展開に理解が追いついていないのだろう。

 ディジュは首を傾げ、己の胸元に視線を落とす。


「イール、大丈夫?」

「今抜けたよ」


 ディジュの背後からララが話しかけると、イールはずぼりと腕を引き抜きながら答えた。

 ララの不意の一撃によって拘束が解けたようだった。


「ララさん!」

「ロミー、お待たせ!」


 ロミが感極まって名前を呼べば、ララはひらひらと手を振り返す。

 今の状況を鑑みれば、随分と余裕の態度である。


「ララ、そいつ危険だぞ。物理攻撃は効かなさそうだ」

「うん。なんとなく分かってるわ」


 イールの助言に頷きながら、ララはハルバードの刃を引き抜く。


「あへひっ! ぜぇんぜぇん、痛くなぁいよぉ!」

「うえっ、関節って概念も無さそうね」


 ニタニタと粘着質な笑みを浮かべながら、ディジュが首を真後ろに向ける。

 骨格を持つ人間や動物では不可能な動きは、形容しがたい違和感を湧き上がらせる。

 ララは全身を震わせ、嫌悪感を露わにした。


「で、どうするんだ」


 油断なく剣を構えつつイールが問う。

 物理攻撃が効かない以上、ララにもイールにも出せる手段はほぼ皆無と言って良い。

 唯一の頼みの綱は、ロミの魔法だ。


「『――氷の牙城よ、悪しき者を凍てつく零度で封殺せよ』」


 氷の欠片の入り交じる風が吹きすさぶ。

 それは螺旋となってディジュを覆い隠し、一瞬で氷柱へと姿を変える。


「わお、こんなのもできるのね」

「結構消費大きいんですけどね」


 ララが氷柱を見上げながら、感心した様子で言う。

 氷は幾層にも重なっているのか、白濁として内部が見えない。

 しかし、うっすらと浮かぶ影から、その中に少女が一人封じられているのが分かった。


「で、これどれくらい持つ?」

「え? 魔力が尽きない限りは維持できますから、頑張れば数日は――」

「罅入ってるよ?」

「はえっ!?」


 ララとイールが真後ろへ跳躍して距離を取る。

 その瞬間、氷柱に大きな亀裂が走り、硬い氷塊は粉砕する。


「な、なんで!?」

「あひひっ! なんでだろぉねぇ!」


 氷の瓦礫の中心に立つのは、赤熱を発するディジュの姿だった。

 周囲の氷は瞬く間に溶け、白い蒸気となって霧消する。


「急激な発熱で破壊したのかな? 器用なことするわね」


 ララが冷静に分析し、思わず笑みを零す。

 どうやら、ディジュは随分と彼女達の知らない能力を保有しているらしい。


「イール、ロミ。あと一分だけ持ち堪えて」


 ハルバードの切っ先をディジュに向け、ララが言う。

 イール達はその要請に首を傾げたが、すぐに頷く。


「分かった。それだけあれば何とかなるんだな?」

「ええ。ちょっと長いけどよろしく」


 そう言って、ララは目の前の少女の姿をした異形を睨み付け、不敵に笑った。

 イールは剣を構えなおすと、再度踏み込む。

 同時に右手の魔力を解放し、さらなる力を爆発させる。

 瞬間的に刃は風を切り、ディジュの腕に食い込み突き抜ける。


「どうだっ」

「ひぎっ!?」


 渾身の一撃は、まだ薄く蒸気をあげる少女から悲鳴を引き出した。

 切断には至らないが、一撃は入った。

 痛覚はあるようだと、イールは少なからず安心する。


「いひひっ。いたぁいねぇぇ」


 ごぽごぽと沸騰する泥のような音と泡が、半ばまで折れた腕から発せられる。

 ディジュは折れた腕をささえ、真っ直ぐに繋げる。

 粘着質な液体のようなそれは、すぐに傷を消して復活する。


「まるで粘土人形だな」


 苛々としてイールは吐き捨てる。

 これでは、いくら断ち切ったとしてもすぐに復活される。

 そうなればじり貧なのはこちら側だ。


「わたしも忘れないで下さいよ!」


 そこへ、目を灼くような雷撃が横飛びに現れる。

 ディジュの脇腹を貫き、焦げた臭いと共に肉を抉る。

 ロミが白杖を構え、険しい目で彼女を射抜いた。


「おお、見事だな」

「どうせそんなに効いてませんから、油断しないで下さい」


 ロミの言葉通り、ディジュは不気味な笑い声を上げる。

 細かな泡が傷口を覆い、瞬く間に修復していく。


「もぉ……終わりかなぁ?」


 ねっとりとした唾を口元から垂らし、ディジュが笑う。

 直感的にイールは彼女から距離を取る。


「ちぃ!」


 その直後、イールが立っていた地面から、泥の針が迫り上がる。

 太く鋭いそれは、もしイールがその場に留まっていたら瞬く間に股下から頭頂部までを貫いていただろう。


「あっぶな! ひぃぃこわ」


 前触れのない必殺の一撃に、イールが思わず身震いする。

 今までディジュが彼女達の攻撃を甘んじて受けていたのは、地中に針を巡らせる為だったようだ。


「ロミ、あんまり一カ所に突っ立ってるのは不味いかもな」

「分かってますよ!」


 ロミが泣きそうな声で走り回る。

 そのすぐ後ろを、小ぶりな刃がドスドスと突き上がっていた。


「ララさん! まだなんですか!?」

「もうちょっと待って! 私も加勢するから!」

「ふええええええっ!」

 

 ロミが悲鳴を上げる。

 ララは少しでもディジュの動きを鈍らせようと、ハルバードの刃を彼女の身体に突き立てる。

 しかし半固体のような不定形の身体は、少し輪郭を歪めるだけで、決定打には至らない。


「むぅ、もう少しなんだけどな!」


 とはいえ手を止めていても仕方が無い。

 ララとイールは互いに連携を取りながら、それぞれの得物を少女にぶつける。

 一秒以上その場に留まっていた場合、無慈悲な泥の針が足下を貫く。

 二人は絶えず動きながら戦うという、高機動戦闘を余儀なくされていた。


「なぁララ、流石に体力がキツいぞ」


 長い探索の果ての今だ。

 さしものイールも苦しげに呻く。


「もうちょっと! あとちょっとだから!」


 しかしララはそんな彼女に理不尽を言う。

 詳細は何も語らない。

 だが、イールはその言葉を信じて身体を動かし続けた。


「ひぃん! わたしも助けて下さぁい!」


 少し離れたところでは、ロミが針に追われている。

 一見すれば笑いを誘うような光景ではあるが、実際の所本人達は生死の懸かった真剣な場面である。


「あうっ!?」


 ロミが何かに躓きよろめく。

 彼女が視線を下げると、不自然に突き出た土塊があった。

 突然のことにロミは回避できず、そのまま地面に手を突く。


「あ……」


 そこへ迫る、泥の針。

 ロミの瞳孔が開く。


「よし来た!」


 それとほぼ同時。

 いや、少しだけ早くに、ララが歓声を上げる。

 全てが緩慢な世界の中で、ララだけが光の速度で身をよじる。


『お待たせ致しました!』

「ありがと、サクラ! 特殊兵装完成ね。装着、展開、エネルギー充填、照準確保――」


 アームズベアの塒跡から、サクラが飛び出す。

 サクラはその球体の下部に、小さな円筒状の物体をぶら下げていた。

 それをララが受け取り、左腕に装着する。

 ベルトが伸び、腕に機体を固定する。

 それは、待機状態から戦闘形態に移行するハルバードと同様に、細かなヒンジを起動させ、そのシルエットを変化させた。

 細く尖った銀色の針が現れる。

 それは細かに座標を調整し、一点を見据える。

 ララの声と共に、針の先端に白い粒子が集まり、小さな球を作る。


「――発射!」


 一声と共に、光の粒が射出される。

 それは誰も反応できない超速で、ディジュの身体に突き刺さる。


「拡散凍結弾の威力、ご覧あれ」


 にこりと艶やかな笑みを浮かべるララの視線の先で、ディジュの体積が急速に膨れ上がった。


「ぎひっ!?」


 その土色の瞳に、明らかな動揺が浮かぶ。

 まるで空気を詰めすぎた風船のように、彼女はボコボコと歪に膨らむ。

 パキパキと剥落する音が始まる。

 ディジュの四肢の表面に、霜が立つ。


「――や、いや! 冷たい! 硬い! いや、いやいやいやいやいやいやいやい」


 鮮烈な恐怖がディジュを包む。

 発狂した声に死の怯えが表れる。

 そして絶叫は、喉の凍結によって止まった。


「……終わったのか」


 油断なく剣を構えたイールが、それを見上げる。

 内側から鋭い針で貫かれた様な奇妙な突起を全身に付けて、ディジュは凍結していた。


「とりあえず、これで動かないと思うけど」

「でも、さっきのわたしの凍結の時は――」

「あれくらいの温度なら普通に抑えられるから、大丈夫よ」


 不安げなロミの声に、ララは気軽に返す。

 事実、ディジュは恐怖に塗り固められた表情のまま、微動だにしない。


「しかし、なんだそれは」


 イールが剣をしまいながらララの左腕を見る。

 そこには、細い銃身のような、特殊金属製の器具が装着されていた。


「ちょっと造ってきたの。必要そうだったから」

「……全然わからんのだが」


 本質的なことが何も分からない説明に、イールが目を細める。

 イールはばつが悪そうに毛先を弄り、口を開いた。


「見つけたのよ、船の一部」

「……ああ、以前カミシロで言ってましたっけ。えっと、ふぁ、ふぁく……?」

精密作業工作室(ファクトリー)ね」


 唇に手を当て首を傾げるロミに、ララは頷く。

 それは、彼女が乗ってきた船に搭載されていた施設の一つだった。


「ナノマシンではできないような、精密加工をするための部屋。この銃と拡散凍結弾はそこで造ってたの。ちょっと時間掛かっちゃったけどね」

『多少老朽化していたファクトリーを粗方直した後、レシピだけセットして行かれたので少しびっくりしましたよ』

「えへへ、ごめんね。ちょっと嫌な予感がしてたから」


 ララは愚痴をこぼすサクラに謝る。


「そうだ。それで結局ディジュはなんだったんだ」


 今も凍ったままのディジュを見て、イールが言う。

 どう見ても、ただの魔獣研究者には見えない。


「ああ、その子はディジュのニセモノよ」

「はえ!?」


 軽く言い放つララの言葉に、ロミが驚く。

 対照的に、イールは落ち着いた様子だ。


「それで、本物のディジュはどこにいるんだよ?」

「えっとねぇ」


 イールから顔を逸らし、ララは背後の塒跡を見る。


「ほら、そこに」

「ひえっ!」


 ララがびしりと指さすと、塒の影から怯えたような声が聞こえる。

 それから少し間を置いて、恐る恐る黒髪が現れる。

 伸び放題の長い髪の隙間から覗くのは、土色の瞳と細縁の眼鏡だ。


「あれが、ディジュ……?」

「あっちが本物。研究室の更に奥の部屋に閉じ込められてたわ」


 驚く二人に、ララが説明する。

 三人の視線に晒され、本物のディジュはまたピュッと引っ込んでしまった。

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