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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第六章【合わせ鏡の双子】

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第二百五十九話「おまたせー」

 ララは強く床を蹴って、長い廊下を突き進んだ。

 暗い道を、サクラの探照灯で照らし、遮二無二に走る。


「サクラ、反応はあった?」

『申し訳ありません。調べておりませんでした』

「そっか……。まあ私も調べてなかったし、お互い様ね」


 カンカンと硬質な足音を響かせながら、風を切って走る。

 そしてすぐに、彼女はガラス管の並ぶ部屋に再度足を踏み入れた。


「ここには無いわよね」

『はい。反応ありません』

「それじゃあ、あの奥か」


 軽くあたりを見渡した後、すぐに結論を下した彼女は部屋の奥に続く小さな扉を見据えた。

 無残に内部から押し壊された古い木戸の奥は、ディジュが暮らしていた研究室だ。

 ララは一呼吸置いて、扉を押し開ける。


「ぐぅ、埃っぽい……」


 思わず裾で口を覆いララは顔を顰める。

 ディジュが住んでいたその部屋は、明かりもない、埃が降り積もった部屋だった。

 いくつもの、何に使うとも知れない器具や書籍が山積し、まるで迷宮のように入り乱れている。


「サクラ、反応は?」


 足下のガラクタを押しのけ進みつつ、ララが問う。

 それに応じて、サクラが白い光の波を放った。


『ありますっ! 確かにこの反応は――』

「やったわね」


 確かな手応えだ。

 ララは笑みを深め、強く拳を握る。

 この部屋のどこかに、彼女が探すものがある。


「サクラ、光を」

『了解です!』


 指示に従い、サクラが更に広範囲に向けて光を放つ。

 ララもまた第三の目を展開し、視界を広げた。

 捜索に特化した体制を構築すると、部屋の全容が浮かび上がる。


「それにしても、随分と雑多な部屋ね。研究室ならもうちょっと整理しておかないと使い勝手も悪いと思うんだけど」


 教職時代に見慣れた研究室とは雲泥の差だ。

 作業台と思しきテーブルの上にも様々な物が散らかり、とてもではないが研究などできる気がしない。


「ずっとここに幽閉されてたらしいし、外から資材が搬入されなかったら新しい研究はできないか……」


 ここの主、ディジュの境遇を思い返し、ララは目を伏せる。

 イライザが拘束されてしまえば、ここへやってくる人間は誰もいなくなってしまう。

 彼女は用心深いのか、ドアには鍵を掛けていたようだし、ディジュはここで孤独な時間を過ごしていたのだろう。

 そう考えると、ディジュに憐憫の念を抱いてしまう。


「……さて、大掃除を始めましょうか」


 ぱん、と手を打ってララは思考を切り替える。

 今重要なのは、失せ物探しである。

 彼女は部屋の中を見渡し、早速手近な本を手に取った。



「ララさん、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろ。ララだし」


 細い洞窟の坂道を歩きながら、ロミが憂いの表情を浮かべる。

 対照的に、イールは楽観した様子で背負った少女の位置を調整した。


「でも、一人で『錆びた歯車』の拠点に行ったんですよ?」

「あー、まあそういう捉え方もあるか」


 それもそうだとイールが頷く。

 以前乗り込んでイライザの部下達と戦った場所が拠点だと思っていたが、確かにここも拠点である。


「でもまあ、いたのはディジュだけなんだろ? もう結構経ってるんだし危険はないんじゃないか」

「それならいいんですが……。あ、出口ですね」


 ロミが前方を指さして声を弾ませる。

 気が付けば道も終端に差し掛かり、奥に小さく出口の光が見えた。


「そら、もうちょっとだ」

「うん」


 イールが背中に向かって声を掛けると、返事と共に顎が擦れる感触が伝わった。

 ララと別れてからというもの、ディジュは特に何か話すでも無く、始終無言で大人しくイールに背負われていた。

 従順でいてくれるのはイールとしてもありがたいが、大人しすぎて彼女が敵対勢力の一員だということを忘れそうになってしまう。

 それから程なくして、彼女達は洞窟を突破、アームズベアの塒跡を抜け、外へと帰還することができた。

 爽やかで新鮮な空気を存分に吸い込み、ロミは晴れやかな笑みを浮かべる。


「ん~、空気が美味しいです! 眩しいですね」

「背筋が伸びるな。どうしても狭いところにいると身体が縮まる」


 久々の外の空気を十分に堪能する二人。

 狭く暗い地下に潜っていると、意識しないうちに身体が萎縮してしまっていたようだ。

 主人が戻ってきたのを見て、近くで草を食んでいたロッドが待ちくたびれたように近寄ってくる。


「ここが、外……」


 イールの肩を掴んだまま首をあげて、ディジュが感激したように言う。

 その言葉に、イールは微かな違和感を覚えた。


「ディジュ、外に出たこと無いのか?」

「え? あっ……」


 訝しむイールの声に、ディジュは慌てて手で口を押さえる。

 その瞬間、イールは身を翻し、ディジュを地面に放り投げた。

 素早く剣を抜き、彼女の喉元に差し向ける。


「そんな……」

「ちょ、イールさん!?」


 戸惑うディジュ。

 ロミも突然のイールの行動に困惑を隠しきれないでいた。


「一応、だ。こいつは別に味方でもなんでもないからな」


 張り詰めた声でイールが言う。

 ロミは納得できない様子だったが、それでも彼女に合わせて杖を構える。


「そんな、イール……ロミ……」


 瞳を潤ませ、ディジュが二人を見上げる。

 白い金属の拘束具によって、彼女は立ち上がることすらできないでいた。


「イールさん……」

「ディジュ、一つ質問するぞ」


 イールが剣を構えたまま口を開いた。


「――本物はどこにいる?」


 静かな森の中に、声は溶けるようにして響いた。

 小さな木々のざわめきが、沈黙を彩る。

 対峙する二人の視線が、しばらくの間交差する。

 その均衡を打ち破ったのは、黒髪の少女だった。


「ばれ、ちゃっ……た」


 ニタリ、と口が弧を描く。

 イールは視線を鋭くし、一歩踏み込む。

 その剣先が彼女の喉元に達しようとしたその瞬間――


「あひっ」


 少女の輪郭が揺らぐ。

 どろりと粘着質な動きで、それはゼリーのように震えた。

 鈍い音を立て、手足の拘束具が地に落ちる。


「こ、これは!?」


 ロミが驚き声を上げる。


「落ち着け! こいつ、魔物だ」


 イールは言葉と共に斬り掛かる。

 しかし――


「なっ!?」

「いひひひっ」


 剣は確実にその女の首を一閃した。

 しかし、手に伝わったのは、まるで水を切ったかのような軽い感触だ。

 事実、少女の首元から鮮血は吹き出さず、水のように波打っている。

 人の形をした、人ならざるモノだった。


「ロミ、拘束を」

「は、はい!」


 イールの短い指示に応じてロミが詠唱を開始する。

 それと共にイールはまた一歩踏み出し、ディジュに肉薄する。


「化け物め!」

「あはひっ!!!」


 剣はディジュの身体を素通りする。

 服だと思っていたものでさえ彼女の身体の一部だったのか、切れる様子もない。

 切断は意味をなさないことを瞬時に判断し、イールは剣を投げ捨てる。


「これならっ!」


 そう言って伸ばすのは、異形の右腕。

 魔力を根刮ぎ奪い成長する邪鬼の腕が、ディジュの身体を穿つ。


「ぜんぜん、痛くなぁぁい!」


 しかしディジュはケラケラと笑うのみだ。

 それどころか、どっぷりと手首まで浸かったイールの腕を固定し、動きを封じる。


「動けないねぇ、どうしようねぇ」


 ニタニタと狂気を孕んだ笑顔を浮かべ、ディジュがイールを見上げる。

 イールは必死に藻掻くが、先ほどまでの手応えのなさから一変してまるで泥の中に埋めたかのように動けない。


「行きますっ!」


 そこへ、黒い腕が殺到する。

 ロミの魔法だ。

 それはディジュの腕や足を掴まんと手を伸ばし――


「むぅりぃだぁよぉ」


 あえなく泡を立てて突き抜ける。

 ディジュの全身が、水のようだった。


「くぅっ」


 ロミは悔しそうに悲鳴を上げる。

 イールがディジュと繋がっている為、雷撃や凍結の魔法が使えない。

 そうなれば、彼女諸共になってしまうからだ。


「あはっ! あひひっ! どうしよぉ!」


 奇声を上げ、ディジュが笑う。

 イールの腕を固める脇腹は、段々と硬度を増していた。

 彼女の腕を圧迫し、破壊すらできそうなほどの力だ。


「どぉしよぉ! どぉしよぉ!」


 イールが歯を食いしばり、ディジュの土色の瞳を睨む。

 そして――


「おまたせー」


 そんなとぼけた声が、ディジュの背後から聞こえた。

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