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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第六章【合わせ鏡の双子】

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第二百五十二話「コイツが犯人ね」

「洞窟内は予測不可能な危険が潜んでいます。対策はしすぎるということもないでしょう」


 血と脂と土の臭いの立ちこめるアームズベアの塒跡で、ロミが言う。

 彼女は神官服の中からチョークや魔石の欠片、その他ララには分からない魔法触媒をいくつも取りだしては足下に並べた。


「防御障壁魔法を何種類か掛けておきます。これで、最低限の防御は可能な筈です」


 そう言って、彼女は焦燥したララを安心させるように微笑む。

 白杖が構えられ、イールとララをロミの双眼が捉える。

 魔力を励起させる言葉が渦を巻き、三人を取り囲む。

 それは世界の法則を書き換え、神の御技を再現する。

 パリパリと音を立て、極薄の障壁が何重にも彼女達を覆った。

 視界は良好だが、目の前に何かがあるという実感を持てるのを、ララは不思議に思う。


「ありがとう、ロミ。ナノマシンは他人を保護することはできなくて」


 ララは申し訳なさそうにしながらロミに感謝する。

 彼女の備えるナノマシンは、あくまで自衛手段を主な目的とするテクノロジーだ。

 ララ本人を守ることに関しては他の追随を許さない高性能を誇るが、それをイールやロミに与えることはできない。


「いいんですよ。誰でもできることとできないことがありますから」


 ロミはそう言ってララを慰める。

 その側で、イールがおもむろに両手剣を鞘から引き抜いた。


「それで、順番はどうするんだ?」


 洞窟の幅はお世辞にも広いとは言い難い。

 二人並んで歩くのもギリギリ、理想は一人ずつ一列になっての行軍だ。


「サクラを先行させて、先頭が私。二番目にロミで最後をイールでどうかしら」

「索敵能力で言えばララの方が適任か……。それじゃあたしは殿になるよ」

「わたしも了解です。障壁の維持と周囲の警戒をします」


 短い話し合いの元、三人と一機のフォーメーションは定まった。

 ララの指示によって、サクラは一足先に洞窟の奥へと飛び込んでいく。

 ララはサクラから送られてくる情報と、自分で収集した周囲の情報とを分析に掛けながら進むことになった。

 だが、相手はララの監視網すらすり抜けた不可視の怪物である。

 今までの意気揚々とした雰囲気は鳴りをひそめ、ララは他の二人が見たこともないほどに集中力を高めていた。


「ララさん、すごく怖い顔してますね」

「今までみたいな順風満帆な進行じゃないからな。予想外の事態で緊張してるんだろう」


 ララの邪魔にならないよう、ロミとイールが小声で言葉を交わす。

 イールが出会ってから見てきたララは、どこかナノマシンに依る慢心があった。

 実際並の魔物は彼女の単なる自衛用の攻撃で地に伏し、あらゆる魔法よりも優れた事象を巻き起こしていた。

 だからこそ余計に、彼女は今回陥った不測の事態に対応しあぐねているのだろう。

 イールは誰よりも長く間近で彼女を見てきた経験から、胸の内でそのような考察を巡らせた。


「ロミ、今のところ変わったところは?」


 イールは最後方から二人の様子に気を配りつつ、ロミに尋ねる。

 彼女は振り返ると、少し宙に視線を揺らして答えた。


「現状、特に異常はありません。さっきの魔導具からの調査結果通り、ごく普通の洞窟ですよ」

「そうか……」


 ロミの報告を聞いて、イールは頷く。

 それが吉報なのかそうでないのかは彼女には判断が付けられなかったが。

 一見すると、確かに普通の洞窟だ。

 足下はそれなりに不安定で、左右の壁は不規則に隆起し、天井からは鍾乳洞が垂れ下がっている。

 イールが両手を伸ばせばすぐに壁に指が触れる程度の、細い洞窟。

 知らずに歩けば、自然が作り上げたものかと錯覚してしまうかも知れない。


「でも、やっぱりこの一定の傾斜度で下り続ける坂道とか、ほぼ一直線の道とか、よくよく考えると不自然な箇所はありますよね」

「だなぁ。どう考えても、自然にできたもんじゃない」


 再度ロミの声に頷いて、イールは天井を仰ぐ。

 不自然なほどに整った自然というのは、実際に囲まれてみると言いようのない不安感に苛まれる。

 自然の秩序から少しだけはみ出た違和感というのは、知らぬ間に心を疲労させるらしい。


「何も見えない……。異常がない。本当に私は見えてるの……?」


 誰に向けるでも無く、先頭を足早に歩きながらララが言葉を零す。

 忙しなく瞳を揺らし、しきりに周囲を確認する。

 まるで何かに追われている子供のようだ。


「ララ」

「ひっ!? な、なにかしら?」


 見かねてイールが呼び止めると、彼女は過剰な程に驚き細い肩を跳ね上げる。

 そんな様子を見て、イールとロミは顔を見合わせた。


「少し離れすぎだ。もう少し歩調を合わせてくれ」


 イールの指摘でようやく気付いたのだろう。

 ララは彼女達を置き去りにしていた。


「ご、ごめんなさい。私、気付かなくて……」

「怖くなるのも分かるが、もっと肩の力を抜いていいんだ」


 硬い表情で震える少女に視線を合わせ、イールは言葉を溶かすように語りかける。


「ララ。お前はナノマシンに依存しすぎだ。この世界のことは何でも、全部それで片付くと思ってるだろう?」

「そんな、ことは……」


 イールの指摘に、ララは反論ができなかった。


「あたし達から見てそれがさっぱり理解できない位、ララ側から見てもきっとあたし達の世界はさっぱりできないんだ。今まで少し上手く行きすぎてたんだ」

「でも、ナノマシンの精度はッ」


 涙を湛えて反駁するララの肩をそっと掴み、イールは微笑む。

 彼女の赤い髪が、ララの頬を撫でる。


「見る目が違えば、見る世界は違う。ララに見えなくても、あたし達なら見える物もあるかもしれない。あたし達は三人で一つなんだ。一緒に旅する仲間なんだから、もう少し頼れ」

「イール……」

「そうですよ。わたしもまだまだ若輩者ではありますが、魔法ならこの三人の中でも一番なんですから!」


 イールの言葉に続けて、ロミも腕を捲る。

 そんな二人の様子に、ララはいつしか緊張を解き、柔らかい表情を浮かべていた。


「……ごめんなさい。ちょっと視野狭窄になってたわ。ありがとう」

「そうそう。あたしらも散歩しに来てるわけじゃ無いんだ。やることはやるよ」


 憑きものが取れたような清々しい雰囲気を纏い、ララは頷く。

 先ほどとは打って変わって、調和の取れた緊迫感だ。


「今のところ、私の方にはめぼしい反応はないわ。サクラも同じ」

「目視でも特に何も見つからないな。とはいえ、この暗さじゃあそれほど奥は見られないけど」


 ララは他の二人と視線を合わせ、改めて現状を確認し合う。

 ララ、イールと続き、最後にロミの番となった時、彼女は険しい表情を浮かべる。


「ッ!」

「どうしたロミ?」

「何か反応が。微弱ですが確かに」


 早口で捲し立てながら、ロミは白杖を構えて周囲を見渡す。

 左右の壁はすぐそこに迫り、前方か後方のどちらかに絞られる。

 ロミに従いララとイールもすぐさま厳戒態勢を取る。

 静寂の中、彼女達は暗闇を睨み続ける。


「ロミ、反応は」

「消えました。でも油断しない方がいいと思います」


 狭い洞窟内。イールとララの長い得物は不利な地形だ。

 ララはナノマシンの励起準備を整える。

 そしてイールは、オビロンから下賜された、青刃のナイフを構える。

 洞窟の壁面に、三人の吐息が反響する。

 呼び戻されたサクラが、周囲を明るく照らしあげる。

 もはや、死角はない。


「……」

「……」


 沈黙があった。

 長くも短くも感じる不定形の時間が、冷たい空気と共に流れる。


「……空気?」


 はっとララが目を見開く。

 彼女は瞬時に目を閉じる。


「ララ? 何かあったのか」

「風を感じてる!」

「風……?」


 飲み込めないイールに構わず、ララは神経を集中させる。

 一瞬の微かな痕跡すら見逃さない。


「そういうことですか」


 ロミは彼女の行動の真意が分かったらしかった。

 ララに倣い、瞳を閉じる。

 遅れてイールも。


「……」


 完全な沈黙だった。

 どこからか、枝葉の擦れる音が響く。

 流水の泡立つ音が聞こえる。

 自然を織りなす万の音の糸は、緻密で鮮やかな協和音となって風を奏でる。


「……」


 その中に、少しだけ混ざる異質な存在。

 静謐な湖面に落ちた、一滴の滴のような、微かな存在。

 しかしそれは確かに、鏡のような水面に波を立て、波紋が浮き出す。


「そこっ!!」


 三人の声が一重に揃う。

 反射的に繰り出された各々の得物が交差し、硬い岩壁に突き刺さる。


『ア、アアア、アアァアアアッ!』


 剣と杖と斧と岩壁の交差する間から、亡者のような叫びが響く。

 大気を揺らすような大音響に耐えながら、ララが目を開く。

 そこには初め、何も見えなかった。

 透明ながら、しかしそこには確かに何かが存在していた。


「正体現しなさい」


 ララの声に反応したのか、じわりとインクが水に溶けるように、虚空に色がにじみ出す。

 灰色の、風化した死体のような姿だった。

 四肢が朽ち、それでもなお動き続ける呪われた存在だった。

 頭部は古い包帯によって覆い隠され、隙間から腐臭のする涎を流す大きな口と、爛々と赤く焼けただれたように光る二つの瞳が見える。


「こいつは……」

「ゾンビ? でも透明なゾンビなんて聞いたことありませんよ」

「なんにせよ、コイツが犯人ね」


 三人によって取り押さえられ、その異形のゾンビは身じろぎも取れない様子だった。

 一先ず、ララが特殊金属をその場で加工して簡易的な拘束具を作り、捕縛する。

 地面に転がり呻き続けるそれを見下ろし、三人は安堵のため息をついた。

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