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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第六章【合わせ鏡の双子】

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第二百四十四話「……便利だなぁ」

「二つも魔石を持ってる魔獣なんて、珍しいわね」

「珍しいなんてもんじゃない。あり得ない話だぞ」


 信じられない、とイールが首を振る。

 後ろに控えていたロミ達も立ち替わりそれを見て、一様に驚いた様子だった。


「魔石が二つなんて……竜種でもそんな現象は確認されていませんよ」


 眉を下げ、途方に暮れたロミ。

 彼女は泣きそうな表情で言った。


「私たちも、こんなのは見たことないわね」


 ティーナを先頭にしたエルフ達も顔を見合わせうなずき合う。

 サムズはそんな彼らの反応に、少し安堵の表情を浮かべていた。


「やっぱり、あんたらも初めて見ることなのか」

「そうですね。そもそも魔獣は一体につき一つしか魔石を持ちませんから。大きさや純度、保有する魔力の量や質にこそ差はあれど、その原則は一切曲げられません」


 ロミは素早くメモにペンを走らせながら説明する。


「魔石が複数あった方が色々便利だと思うんだけどな。片方が壊れてももう片方が補えば安定するし」

「そう簡単な話じゃないのさ、魔石っていうのは。あたしも詳しくは知らないけど、随分昔に魔導国の研究所が合成魔獣を作ろうとしたとき、魔石を二つ以上移植された魔獣は悉く灰になったらしいぞ」


 アームズベアの死体に藁をかけ直しながらイールが言う。

 魔導国やら合成魔獣やらと聞き慣れない言葉が出てきたが、ララは一旦そこはスルーする。


「悉く灰に、ねぇ」

「一説には体内を循環する魔力濃度の許容量に問題があるとか。それと個々の魔石が放出する魔力には微妙な違いがあって、そこが食い違うと身体が拒絶反応を起こすとか。まあ、色々と言われていますが、真相は謎ですね」

「血液型みたいなものかしらね」


 魔法の世界も難しい、とララは嘆息する。

 一見すればアバウトな願望だけで様々な理論を通り越すことのできる夢のような事象かと思ってしまうが、その実科学とはまた別のベクトルによって雁字搦めな理詰めの技術である。

 オビロンの一件で魔法という技術にほんの爪先の先っぽで触れたララは、その事実を薄々ながら感じ取っていた。


「それで、これはやっぱり報告案件?」


 ララがなおもペンを猛然と走らせ続けているロミに話しかける。

 彼女は長い金髪を揺らして答える。


「当然、そうなりますね。レイラ様に報告しないと、怒られちゃいますよ」


 そうしてロミはすっくと立ち上がるとサムズの方へと視線を向けた。


「すみません、サムズさん。どこか、人に聞かれる心配の無い場所はありますか?」

「うん? ああ、それなら集会所にある部屋を使うと良い。村の奴らは畑か家で仕事してるし、聞く奴はいないはずだ」

「ありがとうございます。それじゃあ、お借りしますね」

「いいぞ。入り口を入ってすぐ左の部屋を使え」

 

 快く場所を提供してくれたサムズにお礼を言いつつ、ロミは小走りで集会所の入り口へと向かう。


「それじゃあ、俺たちも場所を移すか。いつまでも立ち話ってのも何だし、そもそも死体の側っていうのはな」

「それもそうか。それじゃあ、集会所に?」

「ああ。ロミの嬢ちゃんが使ってる部屋以外にも、いくつか部屋はあるからな」


 そうして、ララ達もサムズに率いられて集会所の中へと入る。

 簡素な構造の、いかにも急ごしらえといった様相の民家とは異なり、コパ村の集会所はそれなりに堅牢な作りの木造だった。

 柱も太い幹を一本贅沢に使用したしっかりとしたもので、床には丁寧に編まれた敷物が敷かれている。


「この集会所は俺たちがここに来て初めて作った建物なのさ」


 入り口の階段を上りながら、サムズが自慢げに胸を張る。

 故郷を追われ、流浪の民となったサムズ達のキャラバンが、廃村であったコパ村を第二の故郷と決めたのは、そう昔のことではない。

 まだまだするべきことは山積し、村人の生活も豊かではない。

 そんな彼らのシンボルとしても、この集会所は重要な意味を持つのだろう。


「個室が四つと広間が一つ、奥には炊事のできる土間と倉庫があるんだ」

「随分立派ね。前のコパ村よりもずっと豪華だわ」

「なんだ、ララ達は前の村を知ってるのか?」


 驚いた様子のサムズに、ララとイールは苦笑して頷いた。

 入り口を入ると、すぐに短い廊下が延びている。

 廊下の左右に二つずつ扉が付いていて、そのうちの一つをロミが利用しているようだった。

 一行は廊下を通り抜けて、奥にある広間にでる。

 中央に巨大な円形のテーブルが置かれ、簡単な造りの椅子がいくつか囲むように置かれている。

 サムズは適当な椅子に座るように促し、自分は更に暖簾で区切られた奥へと姿を消した。


「ケイルソードはここに来たことあるの?」

「ああ、ルクティーユ長老とな」


 物珍しそうに見渡すエルフ達の中で唯一平然とした様子のケイルソードに、ララが尋ねる。

 ケイルソードは数日前にルクティーユと村を訪問した時のことを簡単に説明した。


「あの時はこの村の人々の反応も芳しくなかった。皆、緊張と恐怖が入り交じったような表情をしていたな」

「まあ、あなたとルクティーユじゃねぇ……」


 その時の様子がありありと思い浮かぶのか、ララが目を細める。

 ケイルソードはそんなララの反応に、不本意そうに眉を寄せた。

 その隣では、ソールとティーナがくつくつと笑いを堪えていて、余計にケイルソードが眉間の皺を深める。


「また面倒なことになりそうだな」


 ララの隣に座ったイールが、椅子を引き寄せながら話しかける。


「アームズベアのこと? やっぱりそうなっちゃうのかな」


 イールが頷く。

 ララはそっか、と息を吐くと、今までずっと後方で沈黙していたサクラを呼ぶ。


「サクラ、さっきのアームズベアなんだけど、できるだけ詳細に記録しておいてくれない?」

『ご安心を。既に記録していますよ』

「そっか。頼れる相棒は好きよ」


 自慢げにライトを光らせるサクラを、ララは優しく撫でる。

 AIが自分で状況を判断して結論を出せるようになったのは、いつからだったろうと、ララは思わず歴史書の記憶を思い返した。


「ちなみに、サクラが知る範囲でも魔石を二つ持つ魔獣は?」

『残念ながらデータベースにはありませんね。とりあえず、最低でもカミシロには存在しないかと』

「そっかぁ……。突然変異の線も捨てがたいけど、ちょっと確率が低すぎるかな」


 端的に答えるサクラの言葉に、ララは思わずテーブルに突っ伏す。

 イールもまた、ロミが使っている部屋の方向を見て表情を曇らせていた。


「お待たせ。こんなもんしか無かったが」


 そこへ、お盆を抱えたサムズが戻ってくる。

 人数分の木のコップに注がれているのは、ララも随分慣れてきたルビの葉のお茶だった。


「わぁ、ありがとう!」


 テーブルに置かれたコップに早速口をつけ、渇いた喉を癒やす。

 僅かに渋みを感じる中に、深い味わいがある。

 初めこそ慣れなかったが、今では落ち着きすら感じる味である。


「ロミの嬢ちゃんはまだ戻って来てないのか?」

「もうちょっと掛かるかもね。色々準備が大変らしいし」


 自分もコップを方向けながらサムズが言う。

 ララの答え通り、ロミが戻って来たのは、それからもうしばらくしてからだった。


「お待たせして済みません」

「どうだった?」

「やっぱり、レイラ様に報告する案件でしたね。色々と指示を下されました」


 少し疲れた様子でロミは椅子に座り込む。

 待っている間、エルフの三人と話していたサムズが、何事かとやってきた。


「アームズベアのこと、なんか分かったのか?」

「いえ、そういう訳では。というより、その解明をしろと言われまして」

「そうだったのか……。まあ、俺たちに手伝えることだったら何でもやるからな」


 気前よく袖を捲るサムズに、ロミが深々とお辞儀を返す。


「それで、結局どうすることになったの?」

「可能ならアームズベアの足跡を辿れと。もし生活の拠点があれば、そこに何か手がかりがあるかも知れませんから」

「そっか。……なら、サクラ」

『了解しました!』


 ロミの言葉を聞いて、ララがサクラに目配せする。

 それだけで主人の意思をくみ取った人工知能は、早速勢いをつけて集会所を飛び出していった。


「……便利だなぁ」


 そんな様子を見て、イールがしみじみと言った。

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