第二百三十話「人間って、強いね」
「け、怪我をされてる方はいらっしゃいませんか!」
「瓦礫に巻き込まれた人がいたら、救助するわよ!」
血生臭い臭気の漂う村内で、ロミとララは事後処理に追われていた。
突如乱入してきて、瞬く間に巨大な魔獣を屠った三人に、村人達は警戒心を露わにしていたが、ロミの神官服と、身分を示す印章が大きな助けとなっていた。
ロミは広場に集まった住民たちの中から治療の必要な者を見つけると、治癒魔法を施す。
ララはサクラや村の男衆と協力して、アームズベアに破壊された家屋を回って救助活動に当たっていた。
「手を貸してくれるのはありがたいが、あんたら、一体何なんだ?」
村の男の一人が、ララに話しかける。
楽々と倒れた柱を持ち上げる彼女を見て、敵か味方か判断が付かずにいるようだった。
「どこにでもいるごく普通の旅の三人娘よ。まあ、今は少し用事があってこの村に来てるんだけど、それはまあもうちょっと落ち着いてからかな」
柱をどかし、瓦礫に埋もれた人がいないか確かめながらララは答える。
「女だけで旅してるってだけでも随分珍しいが……。まあいいさ、用件とやらも後で聞こう」
「ありがと。それで、私の知ってるコパ村は少し前に滅んだはずなんだけど、貴方たちは?」
「移民だよ。俺たちは元々故郷を追われた身だった。理由は飢饉だったり災害だったり、今回みたいな魔獣の襲撃だったり色々だけどな。そんなこんなで安住の地を求めて離合集散しながらキャラバンみたいに旅をしていて、廃村だったここを見つけたのさ」
「へぇ、そういうことが」
何も考えず事情を聞いてしまったララは、思わず表情を翳らせる。
しかし、そんな彼女を男は軽快に笑い飛ばし、肩を軽く叩く。
「お嬢さんが気を揉むこたねえよ。俺らみたいな奴は割と多いぞ。だからガリアル王国では廃村なら自由に住み着いて良いことになってるしな」
「そっか。逞しいのね」
「そうじゃなきゃ俺たち人間なんて生きていけないからな」
そう言って、男はにっと歯を見せて笑った。
彼にも、周囲で懸命に作業を進めている村人の一人一人にも、壮絶な過去があるのだろう。
ララはぼんやりとした目で彼らを見つめ、ぱちんと頬を叩いて気合いを入れた。
「嬢ちゃん、この柱持ち上げてくれ」
「了解!」
人間重機と化したララは今まで以上に張り切って、倒壊した家屋の撤去を進めて行く。
「そういえば、アームズベアにとどめ刺したあの姉ちゃんは?」
「イール? あっと……、あそこで休んでるわね」
ふと、男がララに尋ねる。
異常な程の生命力を持ち、受けた傷も瞬時に回復させたあのアームズベアを倒したのは、イールだ。
邪鬼の醜腕をララ達も知らない姿へと変貌させて、熊の心臓を直接握りつぶした。
彼女は村の外れの木陰で、薄く目を閉じて休んでいた。
「悪く言ってるわけじゃないが、ありゃあ凄かったな……」
「そうね。私も初めて見たわ」
石をどけながら、世間話は続く。
「俺たちゃ故郷を追われた身だからな、たまにああいう奴もいるんだ」
「ああいう奴?」
「邪神の加護なのか呪いなのか知らないが、人ならざる力って奴を持った奴さ」
「ああ、そういえば……」
ララはオビロンの言葉を思い出す。
彼女だけでなく、他にも邪鬼の醜腕を持つ者はいるという。
大抵の場合はその力に耐えきれず、また迫害の対象となって幼くして灯火を消す者もいるというが、希にそれらと上手く付き合うことができる人間もいるらしい。
「あれだけ派手な腕だ。随分苦労したんだろうな」
「普段は籠手で隠してるんだけどね」
「そりゃそうか。だが、今回のは良かったのか?」
「今回の? 最後のトドメの時の話かしら」
男は頷く。
「ありゃあどう考えてもまずい。力が増してるんじゃないのか?」
「そ、そういうことがあるの……?」
「俺も詳しくは知らんがな、ああいうのは往々にしてそういうもんだ」
男の言葉に、ララは表情を曇らせる。
熊を倒した後、イールはいつもと同じ涼しそうな表情だった。
木陰で休んでいるのも、戦闘で疲労したからだと思っていたが、平時の彼女ならあの程度で息を上げるはずもなかった。
「ちょ、ちょっと様子見てきてもいいかしら」
「勿論。あの姉ちゃんは仲間なんだろ? 行ってやれ」
「ありがとう! えーっと……」
「サムズだ」
「ありがとう、サムズ!」
にっと拳を突き出し親指を上げる男に、ララはぺこりとお辞儀すると、その場から駆け出す。
木陰で幹に背を預けて休むイールの所へ走る。
彼女は片眼だけ開けて、泣きそうな顔のララを見た。
「イール! あの、その、腕……」
「大丈夫。今はそんなに痛まない」
「さっきまで痛んでたってことよね!? ごめんなさい、私気付かなくて……」
「いいんだよ。あたしが自分でやったことだ」
微笑むイールとは対照的に、ララは唇を噛みしめる。
「ロミを呼んで来るわ」
「まだ救助者がいるだろ」
「でも――」
「あたしは大丈夫さ」
それでもなお身を翻すララの手を、イールが掴む。
女性らしい、しなやかで細い手だ。
ただ傭兵としての歴史が、厚い皮に刻まれている。
「イール……」
彼女の右手を見る。
巨大化していた腕は元に戻っていた。
しかし、未だドクドクと強く脈打ち、色もより鮮明な赤へと変わっている。
まるで火竜の腕のようだ。
「邪鬼の醜腕の能力の一つだ。一時的に全身を強化、特に腕はかなり強化される。魔法抵抗力も上がるし、再生力も上がる」
ララを見上げながら、イールは静かに言った。
「日頃から魔力を吸わせてやってるんだから、たまには使わないとな」
「でも、反動も大きいんでしょ?」
「まあ、それなりだ。とりあえず今日は使い物にならないと思っててくれ」
眉を顰めて彼女は困ったように言う。
「……村の人、感謝してたわ」
「そうか。印象悪くしたと思ったが……」
「みんな、色んな事情で故郷を追われた人達なの。だから、イールみたいな人もいたみたい」
ララはイールの隣に腰を下ろす。
小高い丘の上からは、村の様子がよく見える。
広場ではロミが治癒魔法を掛けて回っており、村の女達がその補助に奔走している。
崩れた建物も、サムズ達が懸命に片付けていた。
「人間って、強いね」
「……人間は弱いからな。強くならなきゃいけないのさ」
思わず口から飛び出た言葉。
イールは唇を細くして、ララの白い髪を数度撫でた。
 




