第二百二十八話「急いで追いかけて!」
その瞬間、ララはズボンのポケットに潜ませていたブローチが熱を持つのを感じた。
慌てて取り出し、手の上に載せると、それは淡く光を放つ。
「ちょっと待って!」
進んでいたケイルソードを呼び止める。
ケイルソードは振り向くと、ララの手に乗った青い水晶を見て訝しむ。
「それは精霊に貰ったって言っていた物か」
「ええ。これを持ってれば結界の外に出られるらしいんだけど」
彼女達の会話の間にも、光は徐々に強くなる。
そうしてそれは一点に収束すると、一条の光線となって先を指し示した。
「……これを辿っていけば良いのかしら」
「そういうことだろうな」
首を傾げるララに、イールが頷いた。
「案内はもういらないな」
それじゃあ、とケイルソードは踵を返す。
その服の裾を掴み、ララが慌てて引き留めた。
「ちょちょ、待って! 村に行く前に色々聞きたいことがあるのよ!」
「……なんなんだ」
ケイルソードは仏頂面で腕を組み、彼女を見下ろす。
「コパ村の事って、ケイルソードは何か知ってるの?」
「そんなに詳しくは知らないぞ。交流する予定なんて無かったからな」
「コパ村から迷い込む人間はいなかったのか?」
「いないな。とりあえず、俺の知ってる限りではない」
近隣にある村というだけであって、リエーナの村とコパ村は、特に交流があるわけではなかった。
恐らくは、コパ村の住民に至ってはリエーナの村の事すら知らないはずである。
「うむむ……。これ、村人になんて説明したらいいのかしら」
「近所にエルフの村があるんです。……ですかね?」
「そんなこと言って信じてくれる気がしないんだけど」
第一印象は大切だ。
しかしながら、今の段階では警戒心を最大にまで引き上げる未来しか予想できない。
現状、無策に等しい彼女達は、道すがら何か考えなければならなかった。
「……なんでお前らはそんなに行き当たりばったりなんだ」
そんな彼女達を見て、呆れた様にケイルソードが言った。
それに関しては返す言葉も無く、三人は気まずそうに目をそらす。
「俺もあまり人のことは言えないがな。とりあえず挨拶と説明は大切だぞ」
「ほんとに人のこと言えないな」
「黙れ!」
初対面の時、弓を構えられたイールが喉を鳴らす。
ケイルソードが眉間に皺を刻む。
「ですが、やっぱりそれしか無い気がしますね。まずは会話が肝心でしょうし」
「何かエルフの村っていう証拠があればいいんだけど」
「あたしらは全員人間だしな」
チラチラとケイルソードを見ながらララとイールが言う。
当のエルフは断固拒否の姿勢を取っていた。
「なぜ俺がわざわざ出向かねばならん。人間がこっちに来るべきだろう」
「結界張っておいてよく言うわね……」
あくまで不遜な態度のケイルソードにララは呆れたように言う。
「とにかく、俺は絶対に行かないからな。あっちが来い」
「これは説得も無理そうだ」
「しょうがないわねぇ」
腕を組み、意思を固めるケイルソードに、ララ達も早々に諦める。
そもそも、元からあまり期待はしていなかった。
ひとまずは彼女達三人だけで交渉に挑む必要があるだろう。
突然エルフが現れると驚かれる可能性もあったため、考えようによってはこっちのほうが良いかも知れなかった。
「それじゃ、行ってくるわ」
「精々気をつけるんだな。枝に引っかかっても知らんぞ」
ふん、とそっぽを向きながら、ケイルソードが言う。
その表情とは裏腹に道行きを案じる青年の様子に、ララが表情を緩めた。
「じゃあ、行ってくるわ」
そう言って、彼女達はケイルソードに見送られながら森の中へと分け入っていった。
鬱蒼と茂る森の中は、いくら精霊の導きがあるとは行っても獣道ですらない自然である。
ある程度旅慣れたとはいえ、まだまだ歩く経験に乏しいララは勿論のこと、ロミやイールでさえ苦労しながらの進軍だった。
「なかなか、道は遠そうね」
「もうちょっと歩きやすい道を選んで欲しかったな」
枝を押しのけイールがぼやく。
「恐らく村までの直線距離を指しているんでしょう。多少の迂回は必要だと思います」
「でも私たちこの案内がないと結界も抜けられないのよね」
ただの人間であるイールとロミ、それにナノマシンがあるとはいえ魔法的な知識はからきしのララの三人組である。
エルフならばまた事情は異なるのだろうが、彼女達には高度な魔法技術によって編まれた結界を見ることすら叶わない。
どこがエルフの森の境となるのかも分からない以上、できる限り導きの青い光線に忠実に、つまりは藪漕ぎしながら真っ直ぐに進む必要があった。
「サクラのマッピングのお陰である程度地形は分かるとは言え、これだけ茂ってるようじゃ殆ど意味ないわね」
「どんどん進むしかないだろうさ」
頭上でぷかぷかと浮遊しているサクラを一瞥し、ララがため息をつく。
精霊や、シルフィならばこの程度の森はすいすいと進めるのだろうな、と彼女は少し羨ましく思った。
「ん、そろそろ森を抜けそうね」
どれほどの時間を歩いただろうか。
先陣を切っていたララが足を止め、前方に目を凝らす。
木々の向こう側から差し込む光が大きくなっている。
枝葉の隙間からは緑ではなく青空が見え隠れし、道程の終焉が近づいていることを示していた。
「やっとか! ふぅ、疲れたな……」
ララの言葉を聞いたイールが、眉を上げる。
その後ろでは、杖に寄りかかるようにして立っていたロミが、顔に生気を蘇らせていた。
「とっとと出よう。窮屈なのは御免だ」
イールの声で、彼女達は歩き出す。
そうして、ついに終端を抜けて、彼女達は森の外へと躍り出た。
「うわぁ、明るい!」
「……ほんとに見覚えのある景色だ」
森の外に広がっていたのは、広大でなだらかな丘陵だった。
背の低い絨毯のような青草が風に揺れ、銀色の線を描いている。
蒼天には燦然と輝く太陽が浮かび、柔らかな綿雲が漂っている。
「あれがコパ村でしょうか」
そう言って、ロミが指を一点に向ける。
二人がそれの延長線を辿っていくと、遠くの方に黒い建物の影と、いくつかの煮炊きの煙が見えた。
「あそこらしいな。人もいそうだ」
「ほんとに目と鼻の先ね」
驚く程のご近所である。
「それじゃあ早速行って見ようか」
「そうね。っと、ちょっと様子が変じゃない?」
「うん?」
村の様子を見ていたララが怪訝そうに首を傾げる。
ナノマシンを起動して、視力を強化する。
「あれ、炊事の煙じゃない。火事よ!」
「なんだって!?」
ララの言葉にイール達が驚く。
「あれは……、また懐かしいわね!」
ララの目が、村の中に巨大な影を見つける。
「どうしたララ、何かいたのか」
「村が襲撃されてる」
「しゅ、襲撃!? 盗賊ですか? ま、まさか錆びた歯車ですか!?」
「違う。あれは魔獣よ。……アームズベアね」
村の中に建つ小屋が、六つの腕で破砕される。
質素な服装の村人たちが逃げ惑う様子が、ララの目には鮮明に映っていた。
「行ってくる! できるだけ急いで追いかけて!」
「分かった」
瞬間的に身体を強化し、ララは地面を蹴る。
猛然と駆ける彼女の背中を追い、イール達も走り出した。
 




